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「……聖騎士長様のご命令に疑義を唱えろということですか? 一介の聖騎士である僕が、無礼だと思います」
「そういういい子ちゃん発言が聞きたいんじゃねーよ」
クラスがあからさまに眉を顰め、面倒臭そうに手を振った。
「俺はお前の考えていることを言え、って言ったんだ。色々おかしい、って思ってることはあるんだろ?」
リリオはむ、と眉を顰めた。「ついさっきも同じようなことを申し上げたと思うのですが、おかしいなんてことはありません。聖騎士長様のご命令なんですよ」
聖騎士長は血筋ではなく実力と人望で選ばれる。選別に厳しい基準を設けられているからこそ、それを満たして選ばれた聖騎士長は、聖騎士たちにとって尊崇の対象だ。
何より今代の聖騎士長は、史上唯一、単騎で災厄級《カタストロフ》を三体討伐したという記録を持っている偉人としても知られている。
【黑妖《ノワール》】を狩るその剣は天を切り裂く雷のごとく、そして【黑妖】の血で雨を降らすとして付けられた【銘《いみょう》】は――【神立】。
前線で剣を振るっていた頃の彼は、【銘】に相応しく苛烈な剣士であったという。
直接の恩を受けたリリオは、彼を殊更尊敬している聖騎士のうちのひとりだ。故に聖騎士長を疑うことは、リリオにとっては有り得ないことだった。
「……なら俺が勝手に疑問を呈するけどな」
クラスが頬杖をつき、こちらを見た。その目にははっきりと呆れが滲んでいる。
何に呆れられているのかがわからず、リリオは唇を引き結ぶ。
「どうして聖騎士長はひよっこ聖騎士であるお前をわざわざ単騎で派遣した? まあ派遣自体の目的は【黑妖】増加の原因を探るために、ということなんだろうけど……」
まさかこれが新人一人に任せるのに適切な任務だとは言わないな?
言外にそう言われ、リリオはぐ、と押し黙る。
――たしかに、リリオは任務についてほとんど何も知らされていなかった。聖騎士長からは黑妖が異常に増えているということだけを聞かされてここに来たのだ。
「【黑妖】の増加に関する原因の仮説とか、渡される情報が何かしらあるだろ普通。けどお前の様子を見てると、ここの現状について詳しいことは何も知らされてなさそうだ」
「それは……」
「ちなみに、人が住むところまで災害級《ディザストロ》が出たのは珍しいことではあるが、実はこの数か月じゃあ初めてなわけじゃない。知ってたか?」
知らない。そういった報告も受けていない。
「初めてじゃ、ないんですか……?」
「ああ。だろ、イリー?」
「ええ。この三か月で西の集落リーゼラで飛竜型が一体、中心街で大蛇型一体、狼型一体の計三体が確認されています。特にリーゼラの飛竜型は甚大な被害を出しました。民を襲って喰らい、二十名ほどの死傷者を出し、討伐されないまま姿を消しました」
「そんな……」
……災害級《ディザストロ》の出現
。
あの飛竜型は奇跡的に倒せたが、普通災害級は、【銘】持ちの聖騎士が『緊急』として急行される水準の【黑妖】だ。
にも関わらず、今までに何度かあったはずの災害級の襲来の報告がなぜ上がってきていないのか?
(これだけのことが起きてるのに、聖騎士長様は何もおっしゃらなかった……)
一体、どういうことなのか。
リリオの頭に明確な疑問が浮かんだが――しかし、それでも。
「きっと、何かお考えがあるんです」
偉大なる聖騎士長の言葉に間違いはない。あるわけはない。
……クラスは、そう答えたリリオの方をしばらくの間見ていた。
が、やがて「ああ、そう」とだけ言って目を伏せた。
「……僕からもお聞きしていいですか?」
自分の中に生まれたいたたまれなさと違和感を強いて無視して、リリオは口を開いた。
クラスがぱち、と目を瞬かせ、器用に片眉だけを上げてみせる。「……なんだよ?」
「師父様とアイリス公女が親しくされているのはわかりました。でも……何故城下町まで降りて、行動を共にされていたんです?」
アイリスは領主の娘であり、公爵令嬢だ。
エルメンライヒ唯一の公女となれば、貴族の娘としての教育や社交で忙しいはずだ。
かといって、お忍びで下町まで来たという訳でもなさそうだ。師父と二人で平民用の宿屋に泊まっていることから、護衛がついている訳でもないようである。
クラスの医療魔法の精度はたしかに凄まじいが、彼が戦闘において非力なのは、スリとして捕まっていた時の様子からして間違いないのでクラスがアイリスの護衛替わりということでもあるまい。……ということは、アイリス公女は明確な意図を持って正体を偽り、クラスに同行しているということなる。
この、様子のおかしい公都エルメルで。
「――危険から逃がすためだ」
「……え?」
「イリー……アイリスは正しく、城から逃げてきたんだ。『令嬢自ら公都の黑妖の増加の原因を探るため』って大義名分をわざわざ作ってな。それでしばらく公都の下町に潜伏してたんだ。名分とはいえ異変の調査もしたいし、そろそろ移動するつもりではあったが」
「……、は……?」
自然と、顔が強張る。――一体、どういうことなのだ。
何故、この都の領主の娘であるアイリスが、城から逃げ出さなければいけないのか。
アイリスが唇を引き結び、深く顔を俯ける。肩が小刻みに震え、身体が強ばっているのが見て取れた。――怯えているのだ。
「聖騎士リリオ・レックス。いいか、今から言うことは他言無用だ」
馬鹿正直なお前が誰かに漏らすとは思えないが、と。
そう口では言いながらも堅く表情を引き締めたクラスが、声を低める。ここには三人かいないはずだが……それでも、姿の見えない何かを恐れ、警戒するように。
「――死んだんだよ」
言葉が重く落ちる。清明な水に一滴落ちた黒い雫が、水全体を濁していくかのように、どろりと重たい空気がその場を満たす。
「――エルメンライヒ公爵家の継嗣、アイリスの兄が」
よりにもよって公城の中で、【黑妖】の呪いのせいだと思われる死を遂げたのだと。
クラスは強ばった声音で――しかし明瞭に、そう告げた。
この公都では何かが起きている。
そしてその何かは確実に、ここ――エルメルに住まう者たちを蝕んでいた。
「そういういい子ちゃん発言が聞きたいんじゃねーよ」
クラスがあからさまに眉を顰め、面倒臭そうに手を振った。
「俺はお前の考えていることを言え、って言ったんだ。色々おかしい、って思ってることはあるんだろ?」
リリオはむ、と眉を顰めた。「ついさっきも同じようなことを申し上げたと思うのですが、おかしいなんてことはありません。聖騎士長様のご命令なんですよ」
聖騎士長は血筋ではなく実力と人望で選ばれる。選別に厳しい基準を設けられているからこそ、それを満たして選ばれた聖騎士長は、聖騎士たちにとって尊崇の対象だ。
何より今代の聖騎士長は、史上唯一、単騎で災厄級《カタストロフ》を三体討伐したという記録を持っている偉人としても知られている。
【黑妖《ノワール》】を狩るその剣は天を切り裂く雷のごとく、そして【黑妖】の血で雨を降らすとして付けられた【銘《いみょう》】は――【神立】。
前線で剣を振るっていた頃の彼は、【銘】に相応しく苛烈な剣士であったという。
直接の恩を受けたリリオは、彼を殊更尊敬している聖騎士のうちのひとりだ。故に聖騎士長を疑うことは、リリオにとっては有り得ないことだった。
「……なら俺が勝手に疑問を呈するけどな」
クラスが頬杖をつき、こちらを見た。その目にははっきりと呆れが滲んでいる。
何に呆れられているのかがわからず、リリオは唇を引き結ぶ。
「どうして聖騎士長はひよっこ聖騎士であるお前をわざわざ単騎で派遣した? まあ派遣自体の目的は【黑妖】増加の原因を探るために、ということなんだろうけど……」
まさかこれが新人一人に任せるのに適切な任務だとは言わないな?
言外にそう言われ、リリオはぐ、と押し黙る。
――たしかに、リリオは任務についてほとんど何も知らされていなかった。聖騎士長からは黑妖が異常に増えているということだけを聞かされてここに来たのだ。
「【黑妖】の増加に関する原因の仮説とか、渡される情報が何かしらあるだろ普通。けどお前の様子を見てると、ここの現状について詳しいことは何も知らされてなさそうだ」
「それは……」
「ちなみに、人が住むところまで災害級《ディザストロ》が出たのは珍しいことではあるが、実はこの数か月じゃあ初めてなわけじゃない。知ってたか?」
知らない。そういった報告も受けていない。
「初めてじゃ、ないんですか……?」
「ああ。だろ、イリー?」
「ええ。この三か月で西の集落リーゼラで飛竜型が一体、中心街で大蛇型一体、狼型一体の計三体が確認されています。特にリーゼラの飛竜型は甚大な被害を出しました。民を襲って喰らい、二十名ほどの死傷者を出し、討伐されないまま姿を消しました」
「そんな……」
……災害級《ディザストロ》の出現
。
あの飛竜型は奇跡的に倒せたが、普通災害級は、【銘】持ちの聖騎士が『緊急』として急行される水準の【黑妖】だ。
にも関わらず、今までに何度かあったはずの災害級の襲来の報告がなぜ上がってきていないのか?
(これだけのことが起きてるのに、聖騎士長様は何もおっしゃらなかった……)
一体、どういうことなのか。
リリオの頭に明確な疑問が浮かんだが――しかし、それでも。
「きっと、何かお考えがあるんです」
偉大なる聖騎士長の言葉に間違いはない。あるわけはない。
……クラスは、そう答えたリリオの方をしばらくの間見ていた。
が、やがて「ああ、そう」とだけ言って目を伏せた。
「……僕からもお聞きしていいですか?」
自分の中に生まれたいたたまれなさと違和感を強いて無視して、リリオは口を開いた。
クラスがぱち、と目を瞬かせ、器用に片眉だけを上げてみせる。「……なんだよ?」
「師父様とアイリス公女が親しくされているのはわかりました。でも……何故城下町まで降りて、行動を共にされていたんです?」
アイリスは領主の娘であり、公爵令嬢だ。
エルメンライヒ唯一の公女となれば、貴族の娘としての教育や社交で忙しいはずだ。
かといって、お忍びで下町まで来たという訳でもなさそうだ。師父と二人で平民用の宿屋に泊まっていることから、護衛がついている訳でもないようである。
クラスの医療魔法の精度はたしかに凄まじいが、彼が戦闘において非力なのは、スリとして捕まっていた時の様子からして間違いないのでクラスがアイリスの護衛替わりということでもあるまい。……ということは、アイリス公女は明確な意図を持って正体を偽り、クラスに同行しているということなる。
この、様子のおかしい公都エルメルで。
「――危険から逃がすためだ」
「……え?」
「イリー……アイリスは正しく、城から逃げてきたんだ。『令嬢自ら公都の黑妖の増加の原因を探るため』って大義名分をわざわざ作ってな。それでしばらく公都の下町に潜伏してたんだ。名分とはいえ異変の調査もしたいし、そろそろ移動するつもりではあったが」
「……、は……?」
自然と、顔が強張る。――一体、どういうことなのだ。
何故、この都の領主の娘であるアイリスが、城から逃げ出さなければいけないのか。
アイリスが唇を引き結び、深く顔を俯ける。肩が小刻みに震え、身体が強ばっているのが見て取れた。――怯えているのだ。
「聖騎士リリオ・レックス。いいか、今から言うことは他言無用だ」
馬鹿正直なお前が誰かに漏らすとは思えないが、と。
そう口では言いながらも堅く表情を引き締めたクラスが、声を低める。ここには三人かいないはずだが……それでも、姿の見えない何かを恐れ、警戒するように。
「――死んだんだよ」
言葉が重く落ちる。清明な水に一滴落ちた黒い雫が、水全体を濁していくかのように、どろりと重たい空気がその場を満たす。
「――エルメンライヒ公爵家の継嗣、アイリスの兄が」
よりにもよって公城の中で、【黑妖】の呪いのせいだと思われる死を遂げたのだと。
クラスは強ばった声音で――しかし明瞭に、そう告げた。
この公都では何かが起きている。
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