上 下
13 / 21

2-4

しおりを挟む
まさかの。

 クラスが師父であったと知った時に次ぐ衝撃に、リリオはうっかり卒倒しそうになる。今日はなんとも心臓が止まりそうなことばかり起きる日である。

 ……第一公女アイリスと言えば、エルメンライヒ公妃が既に鬼籍に入っていることもあり、この公都では最も高貴な女性である。

 それを――師父が、連れ回していたと言うのか。それも正体を偽って。
 一体、何故?

「あ、の……」それでもなんとか、聞きたいことを聞こうと口を開く。「公女様は、光の加減で黒にも銀にも見える、鋼色の髪をしていると耳にしたことがあるのですが」
「ああ、これは染めているんです。あの……」

 ――似合っていませんか? 

 などと可憐な公女にちょっと不安そうに問われ、似合ってないいですと答えられる男が果たしていようか。否、いるはずがない。というか普通に似合っている。

 リリオがなんとか「まさか、とてもお似合いです」と絞り出すと、アイリスは
「よかった」と花が綻ぶように笑った。やっぱり可愛い。

「――それで、リリオ様とおじい様はどうしてお知り合いに?」
「えっ? そ、それは」

 簡単である。

 スリ犯だと間違われて酷い目に遭いそうだった少年を助けたら、本当にスリ犯だったのである。……そうだそういえばこの少年(偽)はスリ犯だったのだったな。
 しかし、それをそのまま彼女に伝えていいものか。アイリスは純粋にクラスを慕っているようであるのに――。

「あー。それね。クソムカつく商人の財布をこう、『借りて』やったら捕まって。やべーなと思った時、俺を憐れんで助けて下さったってわけ」

「……」

 言った。そのまま言った。人の気遣いを無視して。
   ――と、言うか。

「クソむかつく、って……完全に私情じゃないですか。そんな身勝手な……」
「身勝手なじゃないスリがあんのかよ」
「開き直らないでいただけます?」

 やっぱりこの人が師父様だというのはなんかの間違いなんじゃないのかな。
 呆れ果てたリリオが呆れ果てた声でそう言うと、アイリスが椅子を倒して勢いよく立ち上がった。「……スリ? おじい様、スリをなさったんですか!」

「おいおいイリー声がでけーよ」
「でかくもなります! 反省してください!」
「アッ ハイ すいません」

 気圧された様子の師父(スリ)をよそに、亜麻色の髪の美少女は、真っ青な顔で壁に寄りかかった。どうして……と蚊の鳴くような声で呟き、ぷるぷると小刻みに震える。

「しかも皇都の聖騎士様にまでご迷惑をおかけして……本当に申し訳ございません……」
「いえ、そんな」深々とお辞儀をする少女に、慌ててリリオは言う。「顔を上げて下さい。この公都で最も高貴なレディにそう深く頭を下げられては、困ってしまいます」
「本当にごめんなさいリリオ様……」
「しょうがねーじゃん。アイツほんっとむかついたんだもん。意味もなく従業員えげつねえ折檻しててさ。胸糞わりい脅し方しやがる、あの糞狸」

 ――小さくなっている公女の横で、当のスリの態度がでかい。気持ちはわからないでもないけどしょうがないはずがない。
 この人は本当にあの伝説の名医なのだろうか――と、リリオがまたも疑いを持ち始めたところで、卓に料理が運ばれてきた。なんとも間の良いことである。

 三人は揃って食前の挨拶をし、もそもそと食事を始めた。

 ……確かにあの商人にはリリオも好感を抱けなかった。
 富める者は貧しい者や弱い者に優しくあるべきだ。また特権階級の貴族や聖騎士であればそれは義務である。クラスの正体を知らず、ただの貧民街の子供だと考えていたのなら尚更、罰も苛烈すぎてはならなかったはずだ。……それを、腕を折るなどと。罪があると確定したわけでもないのに。

「この都もたった数か月で随分様変わりしたよな。エルメンライヒ公はあんな悪徳商人があそこまでのさばってるのを見逃すような男じゃなかったはずだ」

 まるで人が変わったみてーだ。

 そう呟くクラスに、アイリスが言葉もなく俯く。クラスの表情は殆ど変わらないながらもどこか寂しげであり、この都市の様相を憂いているのがよくわかった。

 ――確かに。
 麗しの公都エルメル。しかし今やここは、強力な黑妖が異常なほど出没している都市となっている。音に聞くかの公都とは、まさしく都市《ひと》が変わったようだった。

「で……でも、それは財布をすりとっていい理由にはならないんじゃないですか」
「そりゃそうだな」
「なら」
「でもムカつくやつはムカつくし、ぶん殴りたいやつは殴ることもある。俺は正論に生きてるわけじゃないんでね」

 かぶりを振ったクラスに、今度こそ呆れた。
 あまりに自由な生き方だ。まるで本当に十二歳のきかん気の子どものようである。

 ……そういえば伝説では、クラスの出身地や親兄弟といった素性が明らかにされていたものはなかったような気がする。師父ほどの伝説的な名医ともなれば、その生い立ちも伝説に語られていてもおかしくはないような気がするが。

 そんなことを考えていると、「なあお前」と声をかけられる。

「確か聖騎士長の命令で公都を調べに来たんだったな。命令に不自然さは感じなかったか? 違和感、疑問、って言い換えてもいいぜ。
 何かおかしい、と感じたことは?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...