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「わ……わたし、ですか?」

 そう、この、亜麻色の髪の乙女である。

 額を切り、顔を血塗れにしていた時はわからなかったが――どこか恥ずかしげに頬を染めた彼女は、すわ花の精かと思うほどの美少女だった。年の頃は十五、六か。

 クラスが探していたのは彼女のことなのだろう。『イリス』は偽名のようだが。
 しかし彼女はクラスの姉ではありえない。何せクラスは八十五歳(たぶん)である。

「師父様と、一体どのようなご関係ですか?」

「孫だ」

「まご」

「俺の孫娘」

 そんな馬鹿な。
 リリオは蒼白になる。いやまあ思えば確かに彼女はクラスをおじい様と呼んでいたけれども。

「し、師父様……そのお姿で奥様とお子様がいらしたのですか」
「バカかお前は。実の孫の訳あるか」

 は? という目で見られた。
 納得がいかない。

「抱いて当然の疑問でしょう!」
「血は繋がってないって言ったろ。もっと頭を使え」
「あ……それは、まあ、そう言われればそうでしたけど」

 もう少し言い方が……と肩を落とすリリオに、少女が慌てて「どうかお気になさらず」と慌てて言う。

「おじい様はいつもお口が悪いのです」
「おい、イリー」
「いや……大丈夫です。気にかけてくれてありがとう」

 リリオが微笑むと、少女は頬をほんの少し赤らめて照れた様子を見せた。――可愛い。
 思わず見惚れそうになると、すかさずクラスが地を這うような声で「おい」と言った。

「俺の孫娘に色目を使うな」
「もう、おじい様!」
「あ、あはは……随分、師父様に可愛がられているんですね」
「はい。お母様の幼少の頃、おじい様が一時期お母様の面倒を見て下さっていたと。わたしも幼い頃から本当の孫のように可愛がっていただきました」

 見た目の年齢は追い抜いてしまいましたが、と小首を傾げる様子はいかにも可憐だ。
 ……何より、装いは決して華美ではないのに、仕草の一つ一つ、言葉遣いや発音の一つ一つに品がある。

「聖騎士様。この度は、お助けいただき、ありがとうございました。命を挺して庇っていただいて……わたしなどのために、お怪我まで」
「そんな、僕でお役に立てたのであれば、恐縮です。……改めて、僕はリリオ。リリオ・レックスといいます。あの……大丈夫でしたか? どうしてあの乗合馬車に」
「わ、わたし……おじい様とはぐれてしまった時に、何やら知らない男性に無理やり連れていかれてしまって」

 要は人攫いにあったらしい。
 暫くの間どこかに閉じ込められていたのが、そのうち馬車に乗せられ、そのままどこかに連れ去られてしまいそうになったのだろう。【黑妖《ノワール》】に襲われたのもその時のことか。

「目隠しをされていたのでよくわからないのですが……多分、犯行に使った乗合馬車はどこかで襲って強奪したのだと思います。怒声が聞こえてきていましたから」
「人さらいの下手人は御者、ですか」
「ええ。ですが、彼は【黑妖】の襲撃で……」

 リリオは唇を歪め、横転した箱場車の惨状と、その横に倒れた男の姿を思い出す。
 彼は確かに、【黑妖】の一撃目で死んでいた。

「……さぞかし恐かったでしょう」
「ええ、でも、わたしが鈍いせいでもあるので」
「そんなことはありませんよ」

 人攫いに遭った方に非があって堪るものか。
 彼女を孫娘のように可愛がっているというクラスなら、なおそう思うだろう。

「ありがとうございます、リリオ・レックス様。改めまして、わたしはアイリス……アイリス・エルメンライヒと申します。ここでは、イリスと名乗っております」
「これは、ご丁寧に。ありがとうございます」

 アイリス。リリオと同じ、フロラシオンの国花である菖蒲を意味する名前だ。
 そうか、アイリス・エルメンライヒ…………エルメンライヒ?

「……え?」

 その名が意味するところに思い当たり、リリオは蒼白になった。

「はい? どうなさいましたか、リリオ様」
「アイリス……公女? で、いらっしゃいますか?」

 はい、と少女――アイリスはふわりと微笑んでみせた。


「確かにわたしはエルメンライヒ公爵家が長女、アイリスと申します」
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