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(それにしても、なんというか……)

 釈然としない。

 リリオがクラスくらいの年齢の頃には、聖騎士の英雄性に憧れ、ひたすら銀の徽章を手にすべく努力したものだが。クラスは聖騎士に憧れるそぶりすら見せない。

「にしても、お前、ずいぶん聖騎士長サマを信頼してるんだな」
「当たり前だろ。聖騎士なら、普通はみんな聖騎士長を尊敬しているさ」
「それでもなんか、盲目的っていうかさあ……」
「……君がそう思うんだとしたら、個人的な理由も、意図せず入ってるのかもな」
「個人的な理由?」

 ああ、と頷く。


「――僕は一家の落ちこぼれなんだ。なのに、何かと気にかけていただいたんだよ」


 騎士養成機関を無事に卒業できたのも、ひとえに彼の口添えのおかげだった。
 リリオの才能を見限っていた家族からは、勘当を受ける直前だったというのに。

「……レックス家は、代々優秀な聖騎士を輩出する家系なんだ。年子の弟も優秀で、僕より二年も早く騎士養成機関を卒業して聖騎士になった。でも僕は才能がなくてね」
「才能? というと、魔法の、か?」
「そうだよ。なんだ、君、本当によく知ってるな。頭がいい子だとは思っていたけど……」

 聖騎士の真価とはすなわち、魔法である。

 この世界に生まれ落ちれば、例外なく水、地、風、火、雷、無の六つの魔法属性のうちの一つを授かる。貴族であれば基礎的な魔法教育は受けるが、軍属や聖騎士でなければ攻撃魔法を磨く機会は普通、ない。

 返せば、対外国の国防を担う軍人、【黑妖ノワール】討伐を担う聖騎士にとっては、強力な魔法を使えることこそ重要であるということになる。
 だが――。

「僕の魔法属性は水なんだ。レックス家は代々『地』の属性を授かるのに」
「ああ……『水』って一般的に最弱の属性だと思われてるもんな。だから侮られてる、と」

 同情したように言ったクラスにリリオは苦笑する。だが、すぐにクラスが続けた。

「いやでもさ、水魔法使いの中にだって、鍛えて鍛えて優秀な聖騎士になったやつもいるだろ? 歴代の【銘《いみょう》】持ちの中にだって、水の属性持ちはいたはずだぜ」
「才能があれば、そうかもしれない。……でも僕は才能がないんだ。鍛錬を重ねても、どうしても初級魔法がせいぜいで、上級魔法以上となると発動すら怪しい」
「オオ……そりゃまた……」
「弟はとっとと飛び級をして聖騎士になった。父も昔は【銘】持ち候補になったこともあった優秀な聖騎士だ。……家族が僕を落ちこぼれと呼ぶのは無理もないよ」
「……なんというか、肩身が狭そうだなお前」

 クラスの目が完全に同情的になったところで、リリオは「でも」と明るい声を作る。

「聖騎士様が何くれと気にかけてくださったんだ。魔法が使えなくても魔力は多いから、きっとこれから伸びるはずだとおっしゃって……」

 ――聖騎士長を、尊敬している。
 それは勿論だが、リリオは何より彼に感謝をしていた。

「結果的に、聖騎士になっても大した魔法はできないんだけど。それでも、出来損ないの僕なんかを気にかけてくれるんだ。人格者であることは間違いないだろ?」
「はあ、なるほどな。にしても聖騎士長サマがねぇ……フーン……」

 首を左右に捻るクラスが、納得のいってなさそうな顔で唸る。

 まあ彼が聖騎士長様の偉大さを理解していないのも、それこそ『見たことがない』からであろうが、と――そう思ったところで、ふとクラスが怪訝そうな表情でこちらを見た。

「……つか、待てよリリオ。お前、なんで水属性なら、酒場になんていたんだよ?」
「え? それは、どうしてもこれからの任務が不安で、それを紛らわそうとしてお酒を……今朝到着したばっかりだったし、仕事は到着翌日からで構わないと聖騎士長様が」
「そうじゃねぇって。水の魔法使いは基本、酒に弱いだろ。下戸か、そうでなくても小さなコップに数杯飲んだだけで潰れちまう。あ、もしかして、弱いけど酒は好きってことか?」
「いや? そもそも僕は酒に強いぞ。これはもはやうわばみと言ってもいいくらいだと、以前酒をごちそうしてくださった聖騎士長様は仰って……」
「はー……? そりゃまた、奇妙な話だなー」
「……奇妙なのは君だろ。水属性持ちが酒に弱い、なんて話は聞いたことないよ」

 仮にそれが真実だとしても、それこそ奇妙な話だ。

(クラスは、頭は確かにいいが平民、それも貧しい下層の民のはず)

 どうしてそんな境遇の少年が、貴族であるリリオの知らない魔法のあれこれまで知っているのか。

 そこまで考えたところで、ふとクラスが足を止めた。

「どうした? クラス」
「いや……あれ、妙じゃねーか?」
「妙?」

 大きな両の瞳で一点を見つめるクラスの視線を追う。その先にいたのは、こちらに向かって疾走する乗合馬車オムニバスだった。二頭立ての立派な誂えは、ここらのような飲み屋街より公都の中心街を走っている方が似合うようである。

「乗合馬車は一定の路線を時刻表に従って走るモンだろ。なのに、路線から外れてる」

 しかも見ていると、道にところどころ見える客を無視して走っている。
 さらに――遠いのでクラスの目では見えないだろうが、リリオにはわかる。件の馬車は、窓をカーテンで覆い、中を見せないようにしていた。

「満員なだけか……?」
「いや。この時刻に満員になんかならねーよ。あの種類の乗合馬車は金持ち用だしな。それに路線を外れて走ってるのも変だ」
「なら、まさか」

 ――あの乗合馬車を走らせているのは、正規の御者ではない?
 強奪か、あるいは、盗難か。人目を盗んでの盗難ならば目的は? 正規の御者を追い落としての強奪だとしたら、中に乗っているのは……乗せられているのは?

「……おい、お前、あの馬車止められるか?」
「えっ」 ぎょっと目を剥く。「そ、それは……どういう意味で?」
「物理的にだ。聖騎士として呼び止めて止まるとは思えないだろ、あの怪しい馬車が」

 疾走中の馬車を、物理的に!?
 リリオは顔を引き攣らせる。普通の聖騎士ならば魔法で可能かもしれないが――。

「無茶な事言わないでくれ! そもそも、もし何もなかったらどうするんだ! ごめんなさいじゃ済まないんだぞ!」
「じゃあどうするんだよ! あれが人攫いが強奪した馬車ならどうするつもりだ! 何かあってからじゃおせーんだぞこの馬鹿!」
「っあのな君は少しは年上に対して敬意というものを――」


 ――ドッッッ、と。 
刹那、大地が鳴動した。


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