7 / 21
1-6
しおりを挟む
(それにしても、なんというか……)
釈然としない。
リリオがクラスくらいの年齢の頃には、聖騎士の英雄性に憧れ、ひたすら銀の徽章を手にすべく努力したものだが。クラスは聖騎士に憧れるそぶりすら見せない。
「にしても、お前、ずいぶん聖騎士長サマを信頼してるんだな」
「当たり前だろ。聖騎士なら、普通はみんな聖騎士長を尊敬しているさ」
「それでもなんか、盲目的っていうかさあ……」
「……君がそう思うんだとしたら、個人的な理由も、意図せず入ってるのかもな」
「個人的な理由?」
ああ、と頷く。
「――僕は一家の落ちこぼれなんだ。なのに、何かと気にかけていただいたんだよ」
騎士養成機関を無事に卒業できたのも、ひとえに彼の口添えのおかげだった。
リリオの才能を見限っていた家族からは、勘当を受ける直前だったというのに。
「……レックス家は、代々優秀な聖騎士を輩出する家系なんだ。年子の弟も優秀で、僕より二年も早く騎士養成機関を卒業して聖騎士になった。でも僕は才能がなくてね」
「才能? というと、魔法の、か?」
「そうだよ。なんだ、君、本当によく知ってるな。頭がいい子だとは思っていたけど……」
聖騎士の真価とはすなわち、魔法である。
この世界に生まれ落ちれば、例外なく水、地、風、火、雷、無の六つの魔法属性のうちの一つを授かる。貴族であれば基礎的な魔法教育は受けるが、軍属や聖騎士でなければ攻撃魔法を磨く機会は普通、ない。
返せば、対外国の国防を担う軍人、【黑妖】討伐を担う聖騎士にとっては、強力な魔法を使えることこそ重要であるということになる。
だが――。
「僕の魔法属性は水なんだ。レックス家は代々『地』の属性を授かるのに」
「ああ……『水』って一般的に最弱の属性だと思われてるもんな。だから侮られてる、と」
同情したように言ったクラスにリリオは苦笑する。だが、すぐにクラスが続けた。
「いやでもさ、水魔法使いの中にだって、鍛えて鍛えて優秀な聖騎士になったやつもいるだろ? 歴代の【銘《いみょう》】持ちの中にだって、水の属性持ちはいたはずだぜ」
「才能があれば、そうかもしれない。……でも僕は才能がないんだ。鍛錬を重ねても、どうしても初級魔法がせいぜいで、上級魔法以上となると発動すら怪しい」
「オオ……そりゃまた……」
「弟はとっとと飛び級をして聖騎士になった。父も昔は【銘】持ち候補になったこともあった優秀な聖騎士だ。……家族が僕を落ちこぼれと呼ぶのは無理もないよ」
「……なんというか、肩身が狭そうだなお前」
クラスの目が完全に同情的になったところで、リリオは「でも」と明るい声を作る。
「聖騎士様が何くれと気にかけてくださったんだ。魔法が使えなくても魔力は多いから、きっとこれから伸びるはずだとおっしゃって……」
――聖騎士長を、尊敬している。
それは勿論だが、リリオは何より彼に感謝をしていた。
「結果的に、聖騎士になっても大した魔法はできないんだけど。それでも、出来損ないの僕なんかを気にかけてくれるんだ。人格者であることは間違いないだろ?」
「はあ、なるほどな。にしても聖騎士長サマがねぇ……フーン……」
首を左右に捻るクラスが、納得のいってなさそうな顔で唸る。
まあ彼が聖騎士長様の偉大さを理解していないのも、それこそ『見たことがない』からであろうが、と――そう思ったところで、ふとクラスが怪訝そうな表情でこちらを見た。
「……つか、待てよリリオ。お前、なんで水属性なら、酒場になんていたんだよ?」
「え? それは、どうしてもこれからの任務が不安で、それを紛らわそうとしてお酒を……今朝到着したばっかりだったし、仕事は到着翌日からで構わないと聖騎士長様が」
「そうじゃねぇって。水の魔法使いは基本、酒に弱いだろ。下戸か、そうでなくても小さなコップに数杯飲んだだけで潰れちまう。あ、もしかして、弱いけど酒は好きってことか?」
「いや? そもそも僕は酒に強いぞ。これはもはやうわばみと言ってもいいくらいだと、以前酒をごちそうしてくださった聖騎士長様は仰って……」
「はー……? そりゃまた、奇妙な話だなー」
「……奇妙なのは君だろ。水属性持ちが酒に弱い、なんて話は聞いたことないよ」
仮にそれが真実だとしても、それこそ奇妙な話だ。
(クラスは、頭は確かにいいが平民、それも貧しい下層の民のはず)
どうしてそんな境遇の少年が、貴族であるリリオの知らない魔法のあれこれまで知っているのか。
そこまで考えたところで、ふとクラスが足を止めた。
「どうした? クラス」
「いや……あれ、妙じゃねーか?」
「妙?」
大きな両の瞳で一点を見つめるクラスの視線を追う。その先にいたのは、こちらに向かって疾走する乗合馬車だった。二頭立ての立派な誂えは、ここらのような飲み屋街より公都の中心街を走っている方が似合うようである。
「乗合馬車は一定の路線を時刻表に従って走るモンだろ。なのに、路線から外れてる」
しかも見ていると、道にところどころ見える客を無視して走っている。
さらに――遠いのでクラスの目では見えないだろうが、リリオにはわかる。件の馬車は、窓をカーテンで覆い、中を見せないようにしていた。
「満員なだけか……?」
「いや。この時刻に満員になんかならねーよ。あの種類の乗合馬車は金持ち用だしな。それに路線を外れて走ってるのも変だ」
「なら、まさか」
――あの乗合馬車を走らせているのは、正規の御者ではない?
強奪か、あるいは、盗難か。人目を盗んでの盗難ならば目的は? 正規の御者を追い落としての強奪だとしたら、中に乗っているのは……乗せられているのは?
「……おい、お前、あの馬車止められるか?」
「えっ」 ぎょっと目を剥く。「そ、それは……どういう意味で?」
「物理的にだ。聖騎士として呼び止めて止まるとは思えないだろ、あの怪しい馬車が」
疾走中の馬車を、物理的に!?
リリオは顔を引き攣らせる。普通の聖騎士ならば魔法で可能かもしれないが――。
「無茶な事言わないでくれ! そもそも、もし何もなかったらどうするんだ! ごめんなさいじゃ済まないんだぞ!」
「じゃあどうするんだよ! あれが人攫いが強奪した馬車ならどうするつもりだ! 何かあってからじゃおせーんだぞこの馬鹿!」
「っあのな君は少しは年上に対して敬意というものを――」
――ドッッッ、と。
刹那、大地が鳴動した。
釈然としない。
リリオがクラスくらいの年齢の頃には、聖騎士の英雄性に憧れ、ひたすら銀の徽章を手にすべく努力したものだが。クラスは聖騎士に憧れるそぶりすら見せない。
「にしても、お前、ずいぶん聖騎士長サマを信頼してるんだな」
「当たり前だろ。聖騎士なら、普通はみんな聖騎士長を尊敬しているさ」
「それでもなんか、盲目的っていうかさあ……」
「……君がそう思うんだとしたら、個人的な理由も、意図せず入ってるのかもな」
「個人的な理由?」
ああ、と頷く。
「――僕は一家の落ちこぼれなんだ。なのに、何かと気にかけていただいたんだよ」
騎士養成機関を無事に卒業できたのも、ひとえに彼の口添えのおかげだった。
リリオの才能を見限っていた家族からは、勘当を受ける直前だったというのに。
「……レックス家は、代々優秀な聖騎士を輩出する家系なんだ。年子の弟も優秀で、僕より二年も早く騎士養成機関を卒業して聖騎士になった。でも僕は才能がなくてね」
「才能? というと、魔法の、か?」
「そうだよ。なんだ、君、本当によく知ってるな。頭がいい子だとは思っていたけど……」
聖騎士の真価とはすなわち、魔法である。
この世界に生まれ落ちれば、例外なく水、地、風、火、雷、無の六つの魔法属性のうちの一つを授かる。貴族であれば基礎的な魔法教育は受けるが、軍属や聖騎士でなければ攻撃魔法を磨く機会は普通、ない。
返せば、対外国の国防を担う軍人、【黑妖】討伐を担う聖騎士にとっては、強力な魔法を使えることこそ重要であるということになる。
だが――。
「僕の魔法属性は水なんだ。レックス家は代々『地』の属性を授かるのに」
「ああ……『水』って一般的に最弱の属性だと思われてるもんな。だから侮られてる、と」
同情したように言ったクラスにリリオは苦笑する。だが、すぐにクラスが続けた。
「いやでもさ、水魔法使いの中にだって、鍛えて鍛えて優秀な聖騎士になったやつもいるだろ? 歴代の【銘《いみょう》】持ちの中にだって、水の属性持ちはいたはずだぜ」
「才能があれば、そうかもしれない。……でも僕は才能がないんだ。鍛錬を重ねても、どうしても初級魔法がせいぜいで、上級魔法以上となると発動すら怪しい」
「オオ……そりゃまた……」
「弟はとっとと飛び級をして聖騎士になった。父も昔は【銘】持ち候補になったこともあった優秀な聖騎士だ。……家族が僕を落ちこぼれと呼ぶのは無理もないよ」
「……なんというか、肩身が狭そうだなお前」
クラスの目が完全に同情的になったところで、リリオは「でも」と明るい声を作る。
「聖騎士様が何くれと気にかけてくださったんだ。魔法が使えなくても魔力は多いから、きっとこれから伸びるはずだとおっしゃって……」
――聖騎士長を、尊敬している。
それは勿論だが、リリオは何より彼に感謝をしていた。
「結果的に、聖騎士になっても大した魔法はできないんだけど。それでも、出来損ないの僕なんかを気にかけてくれるんだ。人格者であることは間違いないだろ?」
「はあ、なるほどな。にしても聖騎士長サマがねぇ……フーン……」
首を左右に捻るクラスが、納得のいってなさそうな顔で唸る。
まあ彼が聖騎士長様の偉大さを理解していないのも、それこそ『見たことがない』からであろうが、と――そう思ったところで、ふとクラスが怪訝そうな表情でこちらを見た。
「……つか、待てよリリオ。お前、なんで水属性なら、酒場になんていたんだよ?」
「え? それは、どうしてもこれからの任務が不安で、それを紛らわそうとしてお酒を……今朝到着したばっかりだったし、仕事は到着翌日からで構わないと聖騎士長様が」
「そうじゃねぇって。水の魔法使いは基本、酒に弱いだろ。下戸か、そうでなくても小さなコップに数杯飲んだだけで潰れちまう。あ、もしかして、弱いけど酒は好きってことか?」
「いや? そもそも僕は酒に強いぞ。これはもはやうわばみと言ってもいいくらいだと、以前酒をごちそうしてくださった聖騎士長様は仰って……」
「はー……? そりゃまた、奇妙な話だなー」
「……奇妙なのは君だろ。水属性持ちが酒に弱い、なんて話は聞いたことないよ」
仮にそれが真実だとしても、それこそ奇妙な話だ。
(クラスは、頭は確かにいいが平民、それも貧しい下層の民のはず)
どうしてそんな境遇の少年が、貴族であるリリオの知らない魔法のあれこれまで知っているのか。
そこまで考えたところで、ふとクラスが足を止めた。
「どうした? クラス」
「いや……あれ、妙じゃねーか?」
「妙?」
大きな両の瞳で一点を見つめるクラスの視線を追う。その先にいたのは、こちらに向かって疾走する乗合馬車だった。二頭立ての立派な誂えは、ここらのような飲み屋街より公都の中心街を走っている方が似合うようである。
「乗合馬車は一定の路線を時刻表に従って走るモンだろ。なのに、路線から外れてる」
しかも見ていると、道にところどころ見える客を無視して走っている。
さらに――遠いのでクラスの目では見えないだろうが、リリオにはわかる。件の馬車は、窓をカーテンで覆い、中を見せないようにしていた。
「満員なだけか……?」
「いや。この時刻に満員になんかならねーよ。あの種類の乗合馬車は金持ち用だしな。それに路線を外れて走ってるのも変だ」
「なら、まさか」
――あの乗合馬車を走らせているのは、正規の御者ではない?
強奪か、あるいは、盗難か。人目を盗んでの盗難ならば目的は? 正規の御者を追い落としての強奪だとしたら、中に乗っているのは……乗せられているのは?
「……おい、お前、あの馬車止められるか?」
「えっ」 ぎょっと目を剥く。「そ、それは……どういう意味で?」
「物理的にだ。聖騎士として呼び止めて止まるとは思えないだろ、あの怪しい馬車が」
疾走中の馬車を、物理的に!?
リリオは顔を引き攣らせる。普通の聖騎士ならば魔法で可能かもしれないが――。
「無茶な事言わないでくれ! そもそも、もし何もなかったらどうするんだ! ごめんなさいじゃ済まないんだぞ!」
「じゃあどうするんだよ! あれが人攫いが強奪した馬車ならどうするつもりだ! 何かあってからじゃおせーんだぞこの馬鹿!」
「っあのな君は少しは年上に対して敬意というものを――」
――ドッッッ、と。
刹那、大地が鳴動した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
カオスの遺子
浜口耕平
ファンタジー
魔神カオスが生みだした魔物と人間が長い間争っている世界で白髪の少年ロードは義兄のリードと共に人里離れた廃村で仲良く幸せに暮らしていた。
だが、ロードが森で出会った友人と游んでいると、魔物に友人が殺されてしまった。
ロードは襲いかかる魔物との死闘でなんとか魔物を倒すことができた。
しかし、友人の死体を前に、友人を守れなかったことに後悔していると、そこにリードが現れ、魔物から人々を守る組織・魔法軍について聞かされたロードは、人々を魔物の脅威から守るため、入隊試験を受けるためリードと共に王都へと向かう。
兵士となったロードは人々を魔物の脅威から守れるのか?
これは、ロードが仲間と共に世界を守る物語である!
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
侵略のポップコーン
進常椀富
ファンタジー
夏休みの中学生、鈴木翔夢は今日も知人の進常椀富が書いた自作小説を読まされた。
と、その場に風変わりな少女が現れる。
少女はメリコと名乗り、地球を侵略するという。
それは進常の書いた小説そっくりの事態だったが……。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
R18完結 聖騎士は呪いを引き継いだ魔法使いの溺愛執着ヤンデレストーカーになる
シェルビビ
恋愛
前世の記憶持ちのマナは異世界転生して18年の誕生日、不運な出来事で両目が失明した。
呪いにかかった聖騎士カーリックを救うため解呪したところ彼にかかっている呪いを受け継いでしまったからだ。国から一生贅沢してもいいお金と屋敷を貰って王都のはずれで静かに暮らしている。
先日聖騎士が屋敷に来たがマナは皿をぶん投げて追い払った。二度と顔を会わせることはないだろう。
今日も湧き上がる性欲を抑えるために部屋に戻って自慰をしている。
その光景を聖騎士が見ている事も知らず。
順番が滅茶苦茶ですいません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる