王子様の家庭教師

雨音

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8話 初めての授業――The first lesson

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 隊長さんに送ってもらった殿下の私室の前で、わたしは唖然とする。
 開いた口がふさがらない。呆れというか驚きで。いややっぱり呆れで。
(何ここ……どこかのお屋敷の正門? ここ、お部屋の扉だよね?)
 【デス】の影響で鎖国体制を取っていても、レーウェンテッドは資源が豊かでとれる作物も豊富だっていうけど、それにしたって大きくないか、この部屋。
 絶対、この部屋体育館くらい広いよ、多分。
「それじゃあ俺はここで。頼んだぞ、カンナ」
「はい……」
 苦笑いでうなずき、わたしは殿下の部屋の門扉をノックする。
「アルベルト殿下。わ、わたしです。カンナです」
「……ああ。入ってくれ」
「し、失礼します」
 びくびくしながらも中に踏み入れると、まず目に入ったのは殿下の机の上に積まれている大量の本。彼自身も、わたしにちらりと視線を向けただけで、すぐに呼んでいた本に目を落としてしまった。
 部屋のはじには、騎士団の隊服を着た、がたいのいい騎士たちが仁王立ちしている。
 肩の徽章はユリの形だ。魔法騎士団第二部隊……つまり彼らは、王族を守る近衛隊の騎士たちだということ。
 つまりこれって見張られてるんだよね、やばい……なんて思いつつ、わたしはイスに腰かけている殿下に近寄っていく。
「え、ええと……殿下、何の本を読んでいるんですか?」
「……これか?」
 おずおずと声をかけてみると、ようやく彼はわたしを見てくれた。
 ほっと息をついてうなずくと、殿下は一言、「資料だ」とだけ答える。
「資料……?」
「【デス】についての研究資料だ。数少ない【呪い】がひとりでに解けた例や、【デス】がなぜ魔力を授けるきっかけになるのかどうか、とかのな」
「【呪い】が、解けた例……?」
 そんなのあるんだ、とわたしは思わずひいおばあちゃんの本をぎゅっと抱きしめる。
 ……それなら、おばあちゃんたちも救える可能性も、ゼロパーセントじゃないってことだよね?
 諦めないでいい理由をもらったような気がして、わたしはぐっとお腹に力を入れる。
(やっぱり、わたし、頑張って二人を助けるんだ……)
 誰にも助けてもらえない世界にいるのなら、一人でやってみせる。
「……どうかしたか?」
「あ、い、いえ」
 わたしが黙ってしまったことに気づいたのか、アルベルト殿下が本を置いてこちらを見上げてくる。
 わたしはあわてて笑顔を作ると首を振った。
「そ、それじゃあ……さっそく、授業を始めたいと思います」



   *



 やることが何も決まってないとはいえ、考えたことはある。
 何を教えるにも、神聖言語……つまり英語を、アルベルト殿下がどのくらい理解しているのかがわからなければ、授業もへったくれもなくなってしまう。
 だから、まずは。
「はじめに、殿下の神聖言語のお力を見るために、試験をしたいと思います」
 わたしはそう言って、即席で完成させたプリントを机の上に置いた。
 まあ試験というよりは、ただ単に簡単な単語テストだ。
 家族の影響で、ふつうの子より英語は得意ではあるけど……すらすらと長文読解の問題が書けたりなんてしないし。
 実力を見るにも、単語テストあたりが妥当だろう。
 ……と、思ったのだが。
「……試験? というのは、この紙を魔法で燃やすか何かしろってことか?」
「……ハイ?」
 どこがどうしてそうなった。わたしは今度こそ開いた口がふさがらない。
(ま、まさか、王子様だから、テストなんてやったこと、ないのかも……? そもそも、テストの存在すら知らないってこと?)
「え、ええと……その紙に、いくつか神聖言語についての問題が書いてあるでしょう。それに答えを書き込んでいって……」
「は? ……教えるのは神聖言語なんだろ? 紙に書き込んで、それでどうするんだ? 声に出さなくちゃ魔法は使えないだろ」
「こ、これはペーパーテストですよ⁉ 魔法の実力試験的なものじゃないです!」
「ぺーぱーてすと?」
 けげんそうに眉を寄せるアルベルト殿下に、わたしは思わずこめかみをおさえる。
(ああぁぁっ、そうだ! 『ペーパーテスト』だって、英語だ!)
 日本以上に外国みたいな国なのに、日本以上に横文字が流通していないことに、戸惑ってしまう。
 そして、王子様が『ペーパーテスト』のような簡単な単語を理解してない現状。
 ……それで、わたしは彼の英語力と言うより、殿下とわたしの話がかみ合わない理由を理解した。
(そうか……アルベルト殿下は、神聖言語を、『会話のための手段』じゃなくて……『魔法を使うための道具』だとしか思ってないんだ)
 それもある意味当然なのかもしれない。なぜなら、魔力を持たない人間には、生活に神聖言語なんて必要ないからだ。
 だから彼らは、この国の騎士たちは、『戦いに必要な単語しか』覚えない。隊長さんは、より使える魔法の幅を増やすために、殿下にわたしをつけようとしたんだ。
 ここは日本じゃない。地球でもない。氷の壁に阻まれたレーウェンテッド王国の人たちには、他の国に行く機会もなければ、自国語以外の言葉を使う機会もないのだから。
(だったら……テストなんて、意味ないかな)
 わたしは息を吐いて、作ったばかりのプリントを手にすると、それをビリッ! と豪快に破いてしまった。
 これにはアルベルト殿下も呆気にとられたようで、驚いたように目を見開いている。
「……何のつもりだ?」
「少し、授業のやり方を変えようと思っただけです」
「授業のやり方を?」
「はい。……アルベルト殿下、あなたは日常の会話……今使っているこの言葉は、いったい『何のため』にあると思いますか?」
 そう言って、わたしは彼の深い青の瞳をじいっと見つめる。
 うろんげな目をしていた殿下だけど、それに少しだけ気圧されたように口を開いた。
「……何って。会話をするため、意思疎通をするためにあるに決まってるだろ。その他に何があるんだ?」
「そう、その通りです。言葉とは、お互いを理解し合うために、相手とうまくコミュニケーションをとるために必要なツールなんです!」
「は……? こみゅ? つーる?」
 意味が分からない、というように彼は首をかしげる。
 でも、ここで認識を変えてもらわなくては、わたしはこの先この人の家庭教師でいられる自信はない。
 ただ単に、殿下が『神聖言語に秀でた魔法使い』である家庭教師を望んでいるのなら、正直自分が本当に魔法を使えるのかさえ怪しいわたしは、彼にとって必要ない存在だろう。
(わからせてみせる! 英語はわたしたちの世界では十億人が使う、世界共通言語なんだから。たくさんの人が、日常的に使ってるんだから! わたしにとって英語……神聖言語は、『魔法の道具』なんかじゃないんだ!)
「……communicationと、toolです! えい……神聖言語で、意思の疎通、そして道具という意味ですっ!」
「は? 神聖言語?」
「ついでにいうと、さっきのpaper testだって神聖言語で、紙での試験って意味なんです! それだけじゃありません。door、window、curtain……、この部屋、この国のありとあらゆるものは神聖言語で表すことが出来るんですっ」
 面食らったように目を見開いたままの殿下に、わたしは人差し指を突き付ける。
「殿下っ。殿下にとって神聖言語とは、どのようなものですかっ⁉」
「そ、それこそ……魔法を使うための『つーる』だが……」
「覚えた単語をすぐ使うというお心遣い、立派です殿下! ではあなたはどうやって、魔法発動のための呪文を覚えたんですか⁉」
「それは……聖人が残した神聖言語の古文書を使いながら、ユリウスや父上に、呪文ごと教えてもらったけど……」
「つまり、昨日殿下が使ってらした『ハーデンス』という魔法も、『硬化する』という意味は知らないうえで、『なんとなく固くなる魔法』という認識で呪文を唱えたということですね⁉」
「あ、ああ……」
 わたしの態度の激変についてこれなくなったのか、殿下の面食らった表情が、だんだん引いた表情になっていくのがわかる。
 でもスイッチが入ったわたしはそんなもの気にせずに、強気で続けた。
「いいでしょう! それならわたしが、神聖言語もれっきとした『言語』であり、単なる『道具』ではないということを、とくと教えて差し上げます!」
 それにわたし個人の感情としても、ひいおばあちゃんの母国語(かもしれないもの)を、『道具』だとしか見られていないのは正直いい気持ちはしない。
 魔法とか、神聖言語とか言われたせいで、いまいち乗り気がしなかったけど……この家庭教師の仕事、なんだかやる気が出てきたよ!
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