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7話 眠れる王妃――Sleeping queen
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連れてこられたのは、王宮のすぐ隣にある神殿だった。
全て白で統一されているそこは、病的なまでに神秘的で美しい。
早朝だからか神殿内にいる人は少なくて、しんとした静けさが少しだけ怖いくらいだ。
(な、なんか、めちゃくちゃ緊張する……)
王子様に案内されて、神殿の中を歩くって……これどんな状況?
ドキドキしすぎてきょろきょろしてしまう。はたから見たら、挙動不審すぎて不審者だろう。
「ここだ」
アルベルト殿下が、ひときわ大きな白い門の前で立ち止まる。
朝だとはいえ、神殿も奥まで行くと辺りは大分暗くなる。そのせいか、門にかけられた燭台に、ロウソクの炎が灯っていた。
……綺麗だけど、それが逆になんだか不気味で、わたしはそっと自分の腕を抱く。
殿下は、無言のまま扉を押して開くと、そのまま中に入っていった。
(うわあ。中はもっとすごい)
まるでおとぎ話のお城みたいだ。
……まあ、となり、本当にお城だけど。
豪華な祭壇に、壁のたくさんのランプ。大きなステンドグラス。
ただ、吹き抜けの高い天井にある天窓から差し込んでくる光は、祭壇の上の『何か』を照らしているようだった。
でもここからじゃよく見えない。なんだろ、あれ。
――ガラスの、棺?
「……まさか。ここって、お墓なの?」
「ああ」
「で、殿下っ」
突然耳に届いた答えに、びっくりしてのけ反ると、彼はわたしの手を取ると、ずんずんと祭壇をのぼっていく。
え、え、わたしまで勝手にのぼっていいの?
「正確には、父王の墓と、母王妃の『寝室』だけどな」
「し、寝室っ?」
お、お墓のとなりに寝てるのっ? と呆然としかけて……わたしはハッとした。
もしかして……アルベルト殿下のお母さんは、【呪い】をかけられているのだろうか。
だとしたら、今、彼はご両親がいなくて、一人ぼっちだってこと……?
「……この国には王がいない。八年前、結界がもろくなっている箇所から【デス】の侵攻を許して、王が殺されて王妃が【呪い】をかけられてから。……オレも、その時に【デス】に襲われて魔力を得た」
祭壇をのぼりきると、そこにはやっぱりガラスでできた棺があった。
おそるおそる覗き込んでみると……そこに横たわっていたのは、白いドレスをまとった綺麗な金髪の女の人。
まさか、このどう見ても二十代にしか見えないこの人が……殿下のお母さん?
「カンナ。なんで【スザク】には名前がついているか、だったよな?」
「あ、は……はい」
「国王と王妃を殺したからだよ。赤い目の【デス】は【スザク】以外にいない。それに他の【デス】よりずっと強いから、区別する必要があったんだ」
……発見したら、何よりも優先して倒すために。
そう言った彼の声の冷たさに、ぞっとする。
……隊長さんが、なんで身元がはっきりしなくて怪しいわたしですら、家庭教師にしよ うとしたのか、やっとはっきりわかった気がした。
きっと、言葉の通り、『人材不足』なんだ。
アルベルト殿下が本気で強くなりたいと願っているのに、一級魔法を使えるのがわたし以外に二人しかいないのであれば、それは完全な『人材不足』だ。
……彼は、本気でご両親の仇うちを望んでいるのだ。
「で、でも……殿下。王妃様はまだ、眠られているだけなんでしょう? それならまだ、助けることができるかも、」
「いや、無理だ」
「……え?」
無表情のまま首を振った殿下に、わたしはどきっとして硬直する。
彼はわたしに背を向けると、低い声で言った。
「……殺されたも同然だ。オレたちはまだ、【呪い】を解く方法を知らない」
「そんな」
うそでしょ?
そう漏らしたはずの声は言葉にならない。わたしはただ、祭壇を下りていく殿下の後ろ姿を見つめることしかできなかった。
向けられた背中からにじみ出る悲しみに、ぎゅっとこぶしを握りこむ。
「……だからオレたちにできるのは、二度と両親や他の犠牲者たちのような人間を出さないように、結界を守り【デス】を討伐し続けるしかない。……だけど、何の理由でか、また結界がもろくなったのは……ある意味ではチャンスでもあるんだ」
国民を守るためには、【デス】が結界を通り抜けるような事態は、起こってはならない。
でも、結界が強くては、【スザク】を倒して、仇うちをすることはできない。
……ジレンマだ。
「オレは、まだ王にはなれない」
わたしは殿下の肩にのしかかる、大きすぎる荷物が一瞬だけ見えた気がした。
大きな覚悟を持って、騎士団に所属しているのかも。
(なら、わたしは?)
帰る方法もわからず、そればかりか【呪い】を解く方法さえ見当もつかない状態で。
魔法とか魔力とか、この世界のこともほとんど知らないなんて。
おばあちゃんと、おじいちゃんを救う方法を考えることすらできないのに、わたしはあの王子様の家庭教師なんてできるの?
(……あきらめたくない。わたしは、二人を救う方法を見つけて、絶対に日本に帰るんだ。……でも)
だれか、助けて、なんて言ってみても。
ここでは、誰も手など差し伸べてはくれないのだ。
*
(アルベルト殿下の授業まで、あと少しか……)
……神殿から部屋に帰ってきてから今までの、記憶がほとんどない。
いつのまにか朝食を食べ終わってたかと思うと、気づいたらベッドに寝っころがっていた。
たぶん、殿下に【呪い】を解く方法がわからない、と言われたショックで頭の中がぐちゃぐちゃになってしまったんだろう。
正直、今もショックは消えていない。
だって、まさか、国王陛下や王妃様が……アルベルト殿下のお父さんとお母さんがいないなんて、思わなかったんだ。
……しかも、それをやったのが、わたしのおばあちゃんとおじいちゃんを眠らせた【デス】だなんて。
「あー……もう、どうしよう」
しかも、英語とか、何を教えればいいわけ?
人に教えたこととかないから、全然やり方がわからないよ。
本当にどうすればいいっていうんだろう。授業みたいに、教科書やプリントがあるわけでもないのに。
思わずため息をついた時、コンコンと扉がノックされた。
もしかしたら執事さんが、時間を知らせに来たのかも……とわたしはあわててベッドから下りる。
「は、はい! どうぞ!」
乱れた髪の毛をあわてて直してから言うと、小さく音を立てて扉が開かれる。
そして、入ってきた人を見て……わたしは硬直してしまった。
な、なんで……、迎えに来るのがこの人なのっ?
「やあ、カンナ。授業の準備はできてるか? ……そろそろアルの部屋に、君を案内する時間なんだが?」
「たっ……隊長さん!」
騎士団の隊服を着て、おだやかにほほえむ隊長さん。
王立魔法騎士団の隊長格であると同時に、アルベルト殿下の従兄である隊長さんが直々にお出迎えという状況に、頭が痛くなる。
……どう考えても、一家庭教師が受ける待遇じゃないよね、これ。
神聖言語学者(わたしは『もどき』だけど)が、この世界で貴重な存在だとはいえ、ここまでする必要はあるのだろうか。
(う……この笑顔の裏に、何かありそう……)
初めて会った時から、なんとなく腹黒そうだとは思ってたけど……何を考えてるのかが全く読めないのが特に怖い。
極めつけに、彼は一級魔法の使い手として、多分世間的にも『聖人の家系の家庭教師』であるわたしとも同じくらいの力があると思われているはずだ。
……アルベルト殿下に適当な授業をしないか、見張りされたりしたらどうしよう。
その場で斬り捨てられる予感しかしない。
「どうかしたのか?」
「い……イイエっ」
何も決めてません……なんて言えるわけがなくて、わたしはとりあえずベッドの上に会ったひいおばあちゃんの本と、机の上のペンだけ手にする。
……その場しのぎで、どうにかするしかない。
「それならもう行こう。アルもきっと待ってるはずだ」
はい、とうなずいて、わたしたちは一緒に部屋を出る。
スタスタとよどみなく歩いていく隊長さんの背中を小走りで追いながら、王宮の初めて通る道をと見回した。
殿下の私室に近づくということは、王宮の中心に近づくということだからか、歩けば歩くほど、周りの装飾が豪華になっていっている気がする。
廊下の横幅はもはや道と言うより部屋だ。縦長すぎる部屋。
しかも、ダンスホールやサロンも近いのか、行き来するのがメイドさんや執事さん達だけじゃなくて、着飾った貴族のお嬢様らしき女の子たちの姿も見えるようになった。
「あら、あの方……ユリウス様だわ。相変わらずお美しくていらっしゃるのね」
「騎士様姿もステキ。きらめく金髪が太陽のようですわ」
(ひ、ひぇぇ……隊長さんの人気って、王宮でもすごいんだ……)
それも当然か、とわたしはそっとため息をつく。彼は王族に極めて近い公爵家のあととりなのだ。しかも騎士団きっての実力者。
人気が出ない方がおかしいよね。
「……ねえ、うしろの方はどなた? あまりお見かけしない人ね」
「もしかして、あの方がヴェーネレ家のご令嬢じゃないかしら」
(う、うわぁぁ……今度はわたしがウワサされてるよ……)
「と言いますと……殿下の家庭教師に就任された神聖言語学者の方ね」
「ああ……殿下とユリウス様をお救いしたっていう、あの『天才少女』の」
「……けれど、『天才少女』と騒がれているにしては、案外すごぉーく、普通のお方ですわね」
「そうね。ドレスもあまり目立たないですし」
(……言いたい放題か!)
というか、聞かれても構わないとすら思ってるに違いない。
聞けば、ヴェーネレ家は神聖言語学の名門とは言え、もはや残った血筋がわたしだけ(しかもそのわたしはニセモノ)という、貴族としての地位は低い家だ。
わたしに、一応は王子の家庭教師と言う立場があるために、表立ってバカにすることはできないからか、ヒソヒソ話の体をよそおっているんだろうけど……。
(貴族って怖い。てか、女って怖い)
足を止めて頭を抱えたくなるけど、ここでそんなことをしたら、もっとウワサがひどいものになるに違いない。
本格的に痛み始めた胃をのあたりをさすりさすり、わたしはみたびため息をついたのだった。
全て白で統一されているそこは、病的なまでに神秘的で美しい。
早朝だからか神殿内にいる人は少なくて、しんとした静けさが少しだけ怖いくらいだ。
(な、なんか、めちゃくちゃ緊張する……)
王子様に案内されて、神殿の中を歩くって……これどんな状況?
ドキドキしすぎてきょろきょろしてしまう。はたから見たら、挙動不審すぎて不審者だろう。
「ここだ」
アルベルト殿下が、ひときわ大きな白い門の前で立ち止まる。
朝だとはいえ、神殿も奥まで行くと辺りは大分暗くなる。そのせいか、門にかけられた燭台に、ロウソクの炎が灯っていた。
……綺麗だけど、それが逆になんだか不気味で、わたしはそっと自分の腕を抱く。
殿下は、無言のまま扉を押して開くと、そのまま中に入っていった。
(うわあ。中はもっとすごい)
まるでおとぎ話のお城みたいだ。
……まあ、となり、本当にお城だけど。
豪華な祭壇に、壁のたくさんのランプ。大きなステンドグラス。
ただ、吹き抜けの高い天井にある天窓から差し込んでくる光は、祭壇の上の『何か』を照らしているようだった。
でもここからじゃよく見えない。なんだろ、あれ。
――ガラスの、棺?
「……まさか。ここって、お墓なの?」
「ああ」
「で、殿下っ」
突然耳に届いた答えに、びっくりしてのけ反ると、彼はわたしの手を取ると、ずんずんと祭壇をのぼっていく。
え、え、わたしまで勝手にのぼっていいの?
「正確には、父王の墓と、母王妃の『寝室』だけどな」
「し、寝室っ?」
お、お墓のとなりに寝てるのっ? と呆然としかけて……わたしはハッとした。
もしかして……アルベルト殿下のお母さんは、【呪い】をかけられているのだろうか。
だとしたら、今、彼はご両親がいなくて、一人ぼっちだってこと……?
「……この国には王がいない。八年前、結界がもろくなっている箇所から【デス】の侵攻を許して、王が殺されて王妃が【呪い】をかけられてから。……オレも、その時に【デス】に襲われて魔力を得た」
祭壇をのぼりきると、そこにはやっぱりガラスでできた棺があった。
おそるおそる覗き込んでみると……そこに横たわっていたのは、白いドレスをまとった綺麗な金髪の女の人。
まさか、このどう見ても二十代にしか見えないこの人が……殿下のお母さん?
「カンナ。なんで【スザク】には名前がついているか、だったよな?」
「あ、は……はい」
「国王と王妃を殺したからだよ。赤い目の【デス】は【スザク】以外にいない。それに他の【デス】よりずっと強いから、区別する必要があったんだ」
……発見したら、何よりも優先して倒すために。
そう言った彼の声の冷たさに、ぞっとする。
……隊長さんが、なんで身元がはっきりしなくて怪しいわたしですら、家庭教師にしよ うとしたのか、やっとはっきりわかった気がした。
きっと、言葉の通り、『人材不足』なんだ。
アルベルト殿下が本気で強くなりたいと願っているのに、一級魔法を使えるのがわたし以外に二人しかいないのであれば、それは完全な『人材不足』だ。
……彼は、本気でご両親の仇うちを望んでいるのだ。
「で、でも……殿下。王妃様はまだ、眠られているだけなんでしょう? それならまだ、助けることができるかも、」
「いや、無理だ」
「……え?」
無表情のまま首を振った殿下に、わたしはどきっとして硬直する。
彼はわたしに背を向けると、低い声で言った。
「……殺されたも同然だ。オレたちはまだ、【呪い】を解く方法を知らない」
「そんな」
うそでしょ?
そう漏らしたはずの声は言葉にならない。わたしはただ、祭壇を下りていく殿下の後ろ姿を見つめることしかできなかった。
向けられた背中からにじみ出る悲しみに、ぎゅっとこぶしを握りこむ。
「……だからオレたちにできるのは、二度と両親や他の犠牲者たちのような人間を出さないように、結界を守り【デス】を討伐し続けるしかない。……だけど、何の理由でか、また結界がもろくなったのは……ある意味ではチャンスでもあるんだ」
国民を守るためには、【デス】が結界を通り抜けるような事態は、起こってはならない。
でも、結界が強くては、【スザク】を倒して、仇うちをすることはできない。
……ジレンマだ。
「オレは、まだ王にはなれない」
わたしは殿下の肩にのしかかる、大きすぎる荷物が一瞬だけ見えた気がした。
大きな覚悟を持って、騎士団に所属しているのかも。
(なら、わたしは?)
帰る方法もわからず、そればかりか【呪い】を解く方法さえ見当もつかない状態で。
魔法とか魔力とか、この世界のこともほとんど知らないなんて。
おばあちゃんと、おじいちゃんを救う方法を考えることすらできないのに、わたしはあの王子様の家庭教師なんてできるの?
(……あきらめたくない。わたしは、二人を救う方法を見つけて、絶対に日本に帰るんだ。……でも)
だれか、助けて、なんて言ってみても。
ここでは、誰も手など差し伸べてはくれないのだ。
*
(アルベルト殿下の授業まで、あと少しか……)
……神殿から部屋に帰ってきてから今までの、記憶がほとんどない。
いつのまにか朝食を食べ終わってたかと思うと、気づいたらベッドに寝っころがっていた。
たぶん、殿下に【呪い】を解く方法がわからない、と言われたショックで頭の中がぐちゃぐちゃになってしまったんだろう。
正直、今もショックは消えていない。
だって、まさか、国王陛下や王妃様が……アルベルト殿下のお父さんとお母さんがいないなんて、思わなかったんだ。
……しかも、それをやったのが、わたしのおばあちゃんとおじいちゃんを眠らせた【デス】だなんて。
「あー……もう、どうしよう」
しかも、英語とか、何を教えればいいわけ?
人に教えたこととかないから、全然やり方がわからないよ。
本当にどうすればいいっていうんだろう。授業みたいに、教科書やプリントがあるわけでもないのに。
思わずため息をついた時、コンコンと扉がノックされた。
もしかしたら執事さんが、時間を知らせに来たのかも……とわたしはあわててベッドから下りる。
「は、はい! どうぞ!」
乱れた髪の毛をあわてて直してから言うと、小さく音を立てて扉が開かれる。
そして、入ってきた人を見て……わたしは硬直してしまった。
な、なんで……、迎えに来るのがこの人なのっ?
「やあ、カンナ。授業の準備はできてるか? ……そろそろアルの部屋に、君を案内する時間なんだが?」
「たっ……隊長さん!」
騎士団の隊服を着て、おだやかにほほえむ隊長さん。
王立魔法騎士団の隊長格であると同時に、アルベルト殿下の従兄である隊長さんが直々にお出迎えという状況に、頭が痛くなる。
……どう考えても、一家庭教師が受ける待遇じゃないよね、これ。
神聖言語学者(わたしは『もどき』だけど)が、この世界で貴重な存在だとはいえ、ここまでする必要はあるのだろうか。
(う……この笑顔の裏に、何かありそう……)
初めて会った時から、なんとなく腹黒そうだとは思ってたけど……何を考えてるのかが全く読めないのが特に怖い。
極めつけに、彼は一級魔法の使い手として、多分世間的にも『聖人の家系の家庭教師』であるわたしとも同じくらいの力があると思われているはずだ。
……アルベルト殿下に適当な授業をしないか、見張りされたりしたらどうしよう。
その場で斬り捨てられる予感しかしない。
「どうかしたのか?」
「い……イイエっ」
何も決めてません……なんて言えるわけがなくて、わたしはとりあえずベッドの上に会ったひいおばあちゃんの本と、机の上のペンだけ手にする。
……その場しのぎで、どうにかするしかない。
「それならもう行こう。アルもきっと待ってるはずだ」
はい、とうなずいて、わたしたちは一緒に部屋を出る。
スタスタとよどみなく歩いていく隊長さんの背中を小走りで追いながら、王宮の初めて通る道をと見回した。
殿下の私室に近づくということは、王宮の中心に近づくということだからか、歩けば歩くほど、周りの装飾が豪華になっていっている気がする。
廊下の横幅はもはや道と言うより部屋だ。縦長すぎる部屋。
しかも、ダンスホールやサロンも近いのか、行き来するのがメイドさんや執事さん達だけじゃなくて、着飾った貴族のお嬢様らしき女の子たちの姿も見えるようになった。
「あら、あの方……ユリウス様だわ。相変わらずお美しくていらっしゃるのね」
「騎士様姿もステキ。きらめく金髪が太陽のようですわ」
(ひ、ひぇぇ……隊長さんの人気って、王宮でもすごいんだ……)
それも当然か、とわたしはそっとため息をつく。彼は王族に極めて近い公爵家のあととりなのだ。しかも騎士団きっての実力者。
人気が出ない方がおかしいよね。
「……ねえ、うしろの方はどなた? あまりお見かけしない人ね」
「もしかして、あの方がヴェーネレ家のご令嬢じゃないかしら」
(う、うわぁぁ……今度はわたしがウワサされてるよ……)
「と言いますと……殿下の家庭教師に就任された神聖言語学者の方ね」
「ああ……殿下とユリウス様をお救いしたっていう、あの『天才少女』の」
「……けれど、『天才少女』と騒がれているにしては、案外すごぉーく、普通のお方ですわね」
「そうね。ドレスもあまり目立たないですし」
(……言いたい放題か!)
というか、聞かれても構わないとすら思ってるに違いない。
聞けば、ヴェーネレ家は神聖言語学の名門とは言え、もはや残った血筋がわたしだけ(しかもそのわたしはニセモノ)という、貴族としての地位は低い家だ。
わたしに、一応は王子の家庭教師と言う立場があるために、表立ってバカにすることはできないからか、ヒソヒソ話の体をよそおっているんだろうけど……。
(貴族って怖い。てか、女って怖い)
足を止めて頭を抱えたくなるけど、ここでそんなことをしたら、もっとウワサがひどいものになるに違いない。
本格的に痛み始めた胃をのあたりをさすりさすり、わたしはみたびため息をついたのだった。
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