王子様の家庭教師

雨音

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3話 異世界――The another

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 ――潮のにおいが、する。
 ちかちかする目をこすりながら起き上がると、さあっと風が吹いた。

「……うそ、でしょ」
 目覚めたわたしがいたのは、浜辺だった。
 加えて背後にあるのは森で、わたしのすぐそばにあの本がある。
 そしてなんと、目の前には、
「……夢の中の、氷の壁……⁉」
 透きとおってとてもきれいな、巨大な氷の壁。何もかもがあの夢で見たものとそっくりだ。
 海岸沿いに、どこまでもどこまでも続いているみたいで、途切れ目が見つからない。
 氷の向こうにあるのはちゃんと海のようで、高くそびえたつ壁を越えて潮風が吹きこんできている。
「ひいおばあちゃんの、本……」
 わたしがここに来たのは、もしかしてこれが原因なのだろうか。
 【鍵】に近寄るな、っていうのは……まさかこの本自体が、この夢の中の世界に来るための【鍵】だったってこと?
 戸惑いながら、わたしが本を取り上げようとした、その時だった。
 ガサガサッ、と音がして、わたしはあわてて背後を振り返る。
(え、ちょ、待って……)
 そして……振り返って、それから息を呑む。
 ……だって。そこにいたのは、私と同じ年くらいの金髪の男の子だったからだ。
 びっくりして口があんぐり開いたまま閉じないくらい美形なのに、華奢な体にはなぜかバラの徽章がついた騎士のような隊服をまとい、剣を携えていた。
(が、外国人? ここって、日本じゃない……よね。っていうか、ここって、地球……なの?)
 絶対違う。氷の壁に覆われた島国なんて聞いたことないし、年中溶けない氷の壁なんてあったら、とっくに世界遺産に登録されてるだろう。北極じゃないんだから。
 それに今時、剣ってどうなの。
「う……あの、えっと……は、Hello!」
「……」
「ぼ、ボンジュール! ニイハオ! グーテンモルゲン!」
「…………」
 つ、通じないんですけど⁉ 
 本気であたふたし始めると、男の子が険しい表情で口を開いた。
「……お前は、いったいそこで何をしてるんだ? 結界付近は立ち入り禁止だぞ」
「!」
 ……日本語?
 わたしは、驚きのあまり目を見開いた。
 発音、イントネーション、ともにカンペキ。わたしのよく耳にしている言語だ。
 でもなんで、こんな金髪キラキラのイケメンが日本語を。
「質問に答えろ!」
「ヒッ」
 すらりと鞘から抜かれた剣が、のど元に突きつけられて、わたしは小さく悲鳴をもらしてしまう。
 銀色の光を反射する細剣はするどく、ついでにわたしを見るイケメンの視線もするどい。
 答え次第によっては、殺される……!
 そう考えてしまって、もう体も口も満足に動かせない。
「結界の補修に来たら、魔力の気配を感じたと思えば……。お前は何者だ? 人間だとしたら、なんでお前から魔力の気配がするんだ」
「へ? ま、まりょく……?」
 意図せず目が、点になる。
 ……と言うと、魔法の力のこと? 魔法の『魔力』?
 どこのファンタジー小説だ、なんて思ったけど、イケメンの真剣な瞳と……何より、突きつけられている剣のせいで、一言も発せない。
「この国で、この氷の結界に近寄ることが禁じられていることを知らないやつなんて、いない。これは【デス】の侵攻を防ぐ、唯一にして絶対の砦だからだ」
 デスの侵攻?
 聞き慣れない言葉だけど、そのデス、というのが何を指すのかは直感で理解する。
 きっとあれだ。……夢で見た、そしておばあちゃんとおじいちゃんをあんなにした、黒い『何か』。
 そして、夢のとおり、この巨大な氷河はその『何か』からこの島を守るために機能している。
「それなのに、なんでお前はここにいる?」
「わたし、は……」
 ひいおばあちゃんの本を抱いて、ぎゅっと目を閉じる。
 警戒心をたぎらせているこの子に、この本……【鍵】のせいで、ここにやってきてしまいました、なんて言い訳が通るとは思えない。……万事休すか、と思ったその時だった。

【gr――grrrr――】

「!」
 短く息を呑んで、イケメン君がわたしに向けていた剣を、うなり声が聞こえた方向へ向ける。
 この声。わたしがおばあちゃんちで見た、あの『何か』と同じ声だ。
 ここまで、ついてきたんだ……!
 みるみるうちに目の前に黒いもやのようなものが広がっていき、その闇はやがて獣のような形になると、赤い二つの目を光らせる。
 恐怖で体がすくみ、逃げようとしても体は動かない。
 ……だけど、わたしより険しい顔をして、剣を構えたのが彼だった。
「出たな、【スザク】。……最近、目撃情報と被害情報が同時に入ってきてたが……どうやって結界を越えてきた⁉」
(すざく?)
 ……聞き返す間もなかった。
 剣を持った右手から白い光があふれ出したかと思うと、その光は一瞬で剣ごと包んでしまう。
「今日こそ、仕留めてやる……ハーデン!」
 イケメン君が光る剣をたずさえたまま突進していくと同時に、「スザク」と呼ばれた黒い『何か』も彼に向かっていく。
 だけど、ギイン、と金属質の音がして、剣先がすぐに黒い触手のようなものに止められてしまった。
(ハーデン……って、harden? 意味は確か、『硬化する』で……)
 ……さっき、確か彼はわたしに剣を突きつけながら、魔力がどうのとか言っていたはず。
 そして、彼が剣にまとわせた光は……夢の中で男の人が巨大な氷の壁を作った時に出ていた光と似ている。
 ……なるほど、そうか、ここは、とわたしは思わずつばを飲み込んだ。
(ここは、魔法が存在する世界……!)
 だとしたら、『ハーデン』と言うのは、魔法の呪文のようなものなんだろう。
 ……そしてほぼ間違いなく、この黒い『何か』が、人類の天敵として存在する世界でもあるのだ。
「危ない、避けろ!」
「え⁉」
 そう確信したその時、イケメン君が発したらしい悲鳴みたいな声に、わたしは思わず目を見開いた。
 次の瞬間、おじいちゃんの書斎で感じたような、闇に包まれるような感覚が襲う。
「クソッ!」
 彼は悔しげにそう吐き捨てると、光る剣……いや、『硬化された剣』で、わたしを覆う黒い『何か』を切り払う。
 闇はゆっくりとわたしから離れると、赤い目を光らせて上空からわたしたちを見下ろした。
「お前……やっぱり耐性持ちか」
「は?」
「なら、【呪い】で眠ることはないな。オレのうしろに隠れてろ」
 な、何言ってるの、この子? 
 耐性とか、呪いとか、眠るとか……いや、そんなことより。
 ……なんで、わたしと同じくらいの年の子供が、わたしを守ろうとしてるの?
「お……おい! 何してる⁉ うしろにいろって……」
「だって、わたしだって……戦えるかもしれない!」
 彼をさえぎってさけぶと、わたしは浜辺に落としたままのひいおばあちゃんの本を取りに行く。
 ――わたしはあの本……【鍵】で、この世界まで飛んできてしまった。
 だとしたら、魔法のことも、きっとあの本の中身が知っているはず。
 何より……わたしは、同じ年くらいの男の子に守られてじっとしてるような弱いヤツには、なりたくない!
「くっ、そっちに行ったぞ! 早く逃げろ‼」
 上空にいた黒い『何か』が、わたしが単独行動したのを認識したのか、ものすごい速さでこちらに迫ってくるのがわかる。
 ああもう、なんでさっきからわたしばっかり狙ってくるの⁉
 ……なんて聞いても、理解できるわけないか……!
「バカっ、だから言ったんだ! いくら耐性を持ってても、【スザク】に二回も襲われたら……今度は根こそぎ魔力を奪われて、死ぬぞ!」
 死ぬの⁉ とわたしは蒼白になる。
 そんなの聞いてない! しかももうわたし、二回襲われたんですけど!
(思い出して……夢で言ってた呪文みたいなもののこと!)
 何もしないまま頼りきりで、ちぢこまってるのもご免だけど、死ぬのはもっとご免だ。
 わたしは、おばあちゃんとおじいちゃんを助けなくちゃいけないんだから!

 そう本を強く抱きしめたその瞬間。
 本がじんと熱を帯びて、またひとりでに開かれた!
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