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20 本当のこと4
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「何、言って……、」
「ん、なに? どうかした、ひなちゃん? 顔、強張ってるけど。」
――行かないの、レストラン。
そう言って、直樹くんがぱちりと目を瞬かせる。本当に、きょとんと。
そしてややあってから、ああ、と何かに気がついたかのようにぽんと手を打った。
「蒼の好きな人、ってことか。……ごめんごめん。そうなんだよ、もともと蒼が好きなのはひなちゃんだったんだ。ひなちゃんと蒼は両想いだったんだよ。あの手紙の時もさ。」
「は……?」
「でもさ、蒼は僕のために手紙をわざわざ音読してみせてまで、『こいつのことなんて好きじゃないです』って示してくれてさあ、本当優しいよね。僕が精一杯不安そうな顔をしてみせてたからかな? 筆箱をこっそりカバンから抜いておいたから、僕はひなちゃんが教室に戻ってくるだろうってわかってたけど……まあ、蒼はそんなこと知らなかっただろうしね。」
――何を言われているのか、わからない。
意図せず、呼吸の間隔が短くなってくる。
久保さんの顔色も、紙のように白い。
「それにしたってお人好し過ぎると思わない? 『僕は宮野さんのことが好き』『幼なじみの蒼に協力して欲しい』って言っておいたら、あんなことまでしてみせるってさ。……まあ多分、友達への誠意と恋心の板挟みで頭が真っ白になってたんだろうけど。でなかったらあの、口は悪いけどお人好しの蒼が、好きな子からのラブレターを『気持ち悪い』なんて言うはずないもんなあ。」
あれは傑作だったな、と、彼は声を上げて笑った。
そしてそのまま、階段を下り始める。
「でも、ひなちゃんは蒼じゃなくて僕の頬を選んでくれるんだもんな? すごい嬉しいよ。」
――ほら、早く行こう。
そう言った彼の笑顔に、たまらなくなった。
私は地面を蹴ると、彼の腕を思い切り掴んで身体をこちらに向かせ、その顔を引っぱたいた。
その途端、笑顔だった直樹くんの顔から、表情が抜けた。……すとん、と。音がしたかのようだった。
「……は? なんのつもり?」
「――私はあの時、忘れ物を取りに教室に戻った。あの時の忘れ物は筆箱だった。筆箱をカバンからわざと抜いたなら、あの時の光景を見せるつもりだったってことだよね。蒼が、自分のために私の手紙を回し読みするところを。」
茜くんは正しかった。
私はもっと、きちんと周りを見るべきだった。
「あなたは、蒼の好きな人を奪ってやりたかっただけで、私のことなんか好きでもなんでもなかった。」
騙していたんだ、最初から。……いや、彼は、騙しているつもりですらなかったのかもしれないけど。
でなければ、全てを話してなお『僕を選んでくれるんでしょ?』とは言わないはずだから。
私はずっと、彼の気持ちに『気づけなかった』と思っていた。当たり前だ。彼がほしかったのは、『蒼の好きな人』であって、『私』じゃなかったんだから。
いや。――そんなことは、別にいい。
「私を騙してたのは構わない。あなたの好意がまったくのからっぽだったってことに気づかずに、ふらふらふらふらしてた私が愚かだっただけ。蒼とちゃんと話をしようとせずに、逃げてたのが悪かっただけ。……でもね、」
蒼はあなたのために自分の気持ちを捨てた。
そのあとも、きっとあなたのことを応援してた。
「蒼を騙して利用したことだけは、絶対に許さない……!」
ぎゅ、と掴んだうでに力を込めると、彼はほんのわずか眉間に皺を寄せた。
「今さら、そんなこと言っていい人ヅラ? ひなちゃん、僕のことを好きになれるかもしれないとかなんとか言ってたじゃん。」
「私がどっちつかずな卑怯者だってことなんて、私が一番わかってる。でも、それでも……お前の方がよほど卑怯だ、臆病者!」
「……は?」
「騙して利用して、搦手を使って、そうでもしなきゃ蒼に勝てないから! 私を使って蒼を傷つけようとした! それが卑怯以外のなんだっていうの!」
そもそも、とつけ加える。
「たしかに蒼は天才肌だけど、勉強にしたって部活にしたって、なんにも努力してないわけないだろ! 蒼は不器用で意地っ張りだから、自分が努力してるところを他人に見せたりしないだけ! ……それを、自分がうまくいかないことの言い訳するなっっ‼」
思い切り、さけぶ。
言い切ってにらみつけると、彼は顔を険しくさせ、チッ、と大きな舌打ちをした。
そして、
「離せよ。」
私の手を、思い切り振り払った。
そして――私は、バランスを崩した。履きなれないヒールが、段差につっかかって身体が傾く。
歩道橋の階段のてっぺん。
ショッピングモールのエレベーターとは比べ物にならない高さで。
「え、」
ぐらりと傾ぐ私を見て、目を見開く直樹くんと視線がぶつかる。
やけに、視界にうつるものがゆっくり動く。
(あれ、これ、私、)
――死ぬ?
この歩道橋で?
あのノートに貼り付けられた新聞の中身が高速で頭をよぎる。事故。自殺。殺人。目撃証言。動揺して現場から逃げ出した女。
死んだはずの篠崎茜。二人目の篠崎茜。
(……もしかしてあの、新聞で、死んだ女子高生っていうのは、)
なら、彼が。
――『茜くん』が、どうあったって見つけ出したいとした、好きな人の死の真相というのは。
(ああ、でも、)
もう終わりだ。
死にたくないな。
……死ぬのは怖いな。
もう一回だけ、あと一回だけでもいいから、君の声が聞きたかった。
(蒼――)
「――ひな!」
「ん、なに? どうかした、ひなちゃん? 顔、強張ってるけど。」
――行かないの、レストラン。
そう言って、直樹くんがぱちりと目を瞬かせる。本当に、きょとんと。
そしてややあってから、ああ、と何かに気がついたかのようにぽんと手を打った。
「蒼の好きな人、ってことか。……ごめんごめん。そうなんだよ、もともと蒼が好きなのはひなちゃんだったんだ。ひなちゃんと蒼は両想いだったんだよ。あの手紙の時もさ。」
「は……?」
「でもさ、蒼は僕のために手紙をわざわざ音読してみせてまで、『こいつのことなんて好きじゃないです』って示してくれてさあ、本当優しいよね。僕が精一杯不安そうな顔をしてみせてたからかな? 筆箱をこっそりカバンから抜いておいたから、僕はひなちゃんが教室に戻ってくるだろうってわかってたけど……まあ、蒼はそんなこと知らなかっただろうしね。」
――何を言われているのか、わからない。
意図せず、呼吸の間隔が短くなってくる。
久保さんの顔色も、紙のように白い。
「それにしたってお人好し過ぎると思わない? 『僕は宮野さんのことが好き』『幼なじみの蒼に協力して欲しい』って言っておいたら、あんなことまでしてみせるってさ。……まあ多分、友達への誠意と恋心の板挟みで頭が真っ白になってたんだろうけど。でなかったらあの、口は悪いけどお人好しの蒼が、好きな子からのラブレターを『気持ち悪い』なんて言うはずないもんなあ。」
あれは傑作だったな、と、彼は声を上げて笑った。
そしてそのまま、階段を下り始める。
「でも、ひなちゃんは蒼じゃなくて僕の頬を選んでくれるんだもんな? すごい嬉しいよ。」
――ほら、早く行こう。
そう言った彼の笑顔に、たまらなくなった。
私は地面を蹴ると、彼の腕を思い切り掴んで身体をこちらに向かせ、その顔を引っぱたいた。
その途端、笑顔だった直樹くんの顔から、表情が抜けた。……すとん、と。音がしたかのようだった。
「……は? なんのつもり?」
「――私はあの時、忘れ物を取りに教室に戻った。あの時の忘れ物は筆箱だった。筆箱をカバンからわざと抜いたなら、あの時の光景を見せるつもりだったってことだよね。蒼が、自分のために私の手紙を回し読みするところを。」
茜くんは正しかった。
私はもっと、きちんと周りを見るべきだった。
「あなたは、蒼の好きな人を奪ってやりたかっただけで、私のことなんか好きでもなんでもなかった。」
騙していたんだ、最初から。……いや、彼は、騙しているつもりですらなかったのかもしれないけど。
でなければ、全てを話してなお『僕を選んでくれるんでしょ?』とは言わないはずだから。
私はずっと、彼の気持ちに『気づけなかった』と思っていた。当たり前だ。彼がほしかったのは、『蒼の好きな人』であって、『私』じゃなかったんだから。
いや。――そんなことは、別にいい。
「私を騙してたのは構わない。あなたの好意がまったくのからっぽだったってことに気づかずに、ふらふらふらふらしてた私が愚かだっただけ。蒼とちゃんと話をしようとせずに、逃げてたのが悪かっただけ。……でもね、」
蒼はあなたのために自分の気持ちを捨てた。
そのあとも、きっとあなたのことを応援してた。
「蒼を騙して利用したことだけは、絶対に許さない……!」
ぎゅ、と掴んだうでに力を込めると、彼はほんのわずか眉間に皺を寄せた。
「今さら、そんなこと言っていい人ヅラ? ひなちゃん、僕のことを好きになれるかもしれないとかなんとか言ってたじゃん。」
「私がどっちつかずな卑怯者だってことなんて、私が一番わかってる。でも、それでも……お前の方がよほど卑怯だ、臆病者!」
「……は?」
「騙して利用して、搦手を使って、そうでもしなきゃ蒼に勝てないから! 私を使って蒼を傷つけようとした! それが卑怯以外のなんだっていうの!」
そもそも、とつけ加える。
「たしかに蒼は天才肌だけど、勉強にしたって部活にしたって、なんにも努力してないわけないだろ! 蒼は不器用で意地っ張りだから、自分が努力してるところを他人に見せたりしないだけ! ……それを、自分がうまくいかないことの言い訳するなっっ‼」
思い切り、さけぶ。
言い切ってにらみつけると、彼は顔を険しくさせ、チッ、と大きな舌打ちをした。
そして、
「離せよ。」
私の手を、思い切り振り払った。
そして――私は、バランスを崩した。履きなれないヒールが、段差につっかかって身体が傾く。
歩道橋の階段のてっぺん。
ショッピングモールのエレベーターとは比べ物にならない高さで。
「え、」
ぐらりと傾ぐ私を見て、目を見開く直樹くんと視線がぶつかる。
やけに、視界にうつるものがゆっくり動く。
(あれ、これ、私、)
――死ぬ?
この歩道橋で?
あのノートに貼り付けられた新聞の中身が高速で頭をよぎる。事故。自殺。殺人。目撃証言。動揺して現場から逃げ出した女。
死んだはずの篠崎茜。二人目の篠崎茜。
(……もしかしてあの、新聞で、死んだ女子高生っていうのは、)
なら、彼が。
――『茜くん』が、どうあったって見つけ出したいとした、好きな人の死の真相というのは。
(ああ、でも、)
もう終わりだ。
死にたくないな。
……死ぬのは怖いな。
もう一回だけ、あと一回だけでもいいから、君の声が聞きたかった。
(蒼――)
「――ひな!」
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