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12 茜くんの真意 下
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「あ、ひな。お疲れ。」
茜くんは私の姿を認めると、ひらひらとこちらに向かって手を振った。
「ちょちょちょ、ちょっと! どうして学校まで来てるの……⁉」
「ああほら、朝、ひな元気なさそうだったからさ。なんかトラブルでもあったのかなーって思って、心配でさ。」
慌てて駆け寄ると、茜くんはあっけらかんと言う。心配してくれたのはありがたいけど、茜くん今、家出中でしょ⁉ 目立つことしていいの?
「ほら親友の、理子ちゃんだっけ? その子とケンカでもしたのかと。それで帰り道を一人さびしくとぼとぼ歩くのはカワイソーかなって思って、迎えに来た。ひな、クラスでしゃべる子はいても、あんまり仲良い友達はいなそうだし……。」
「余計なお世話だよ⁉」
まあ図星だから言い返せないんだけど!
もう、茜くんてば、時間が経つにつれて私の扱いがぞんざいになってる気がする!
「えーと、……ひなちゃん、知り合い?」
「あ……うん! ごめん、直樹くん!」
まもなく追いついてきた直樹くんに尋ねられ、慌てて返事をする。
茜くん登場の衝撃で、一緒に帰宅することがすっかり頭から飛んでた。我ながら失礼すぎる。
「この人が篠崎茜さん。ほら前説明した蒼の従兄で、私の幼なじみの。」
「ああ、あの……。道理で、蒼によく似てるな。」
直樹くんがすっと目を細める。つぶやいた声は心なしか低い。
茜くんはにこっと笑って、「よろしく」と言うが――あれ、なんか、目が笑ってなくないか?
「佐古直樹クン、だっけ? 聞いてるよ、ひなと蒼のクラスメイトなんだって。うちのひながお世話になってます。」
「はじめまして、佐古です。僕もひなちゃんから聞いてます、居候の人だとか。……お言葉ですけど、蒼はともかく、彼女は『うちの』じゃないのでは?」
「幼なじみで今は同じ家に住んでるんだし、別にいいだろ?」
(え、ちょ、ちょっと……。
く、空気悪くない……⁉ なんで⁉
もともと直樹くんの頬は茜くんにいい感情を持ってなさそうだったけど――まあ、男女が同じ家に住んでいるっていうのがおかしいって思う人もいるだろうし――なんだか茜くんの雰囲気の頬も剣呑だ。
「それから、迎えに来たと言っていましたけど、別に必要ないですよ。今日は僕が彼女と帰るし、家まで送っていくので。」
「え⁉」
初耳! 同じ方向だから途中までってことじゃなかったの⁉
「必要ないはこっちのセリフかな。別にお前に送ってってもらわなくても、ひなとオレは帰る家も同じわけだし。それにちょうど帰りにスーパーに寄ろうかと思ってたんだよな。」
「ちょっと、茜くん……。」
茜くんは笑ってるようにみえるけど、やっぱり目は全く笑っていない。
そもそもスーパーへの買い出しはつい最近行ったばかりじゃないか。
「――なんでもいいけど、遠慮してくれる?」
茜くんの声が、冷ややかになる。
「は……? なんであなたにそんなこと決められなきゃいけないんですか?」
「これ以上ひなを困らせるなって言ってるんだ。……いいか、オレは幼なじみで、ひなの親が認めた居候で、しかもこの学校の関係者じゃないから、たとえウワサになっても、いくらでもごまかしがきく。よく知らない他校の先輩とウワサになるのと、同級生とウワサになるの、どっちが長引くかくらい簡単に想像できるだろ?」
当然後者だ、と茜くんは淡々と言う。よく知らない年上のやつとウワサになったところで、広まり方なんてたかが知れてる、と。
「ひなは蒼に告白したばっかりだろ。そのうえでさらにお前に告白なんてされたら、そりゃあ当然反感を買うに決まってる。ベタベタしはじめたりしたら、尚更だ。お前、話聞いてると、けっこう女子から人気あるんだろ?」
「別に僕らはベタベタしてなんか……。」
「当人たちの意識の問題じゃないんだよ、こういうのは。見てる側がどう感じたかが重要なんだ。『蒼に告白して振られたら、今度は佐古くんに乗り換える気? ふざけんな。』って思われたら終わりなんだよ。」
「……っ!」
直樹くんが息を呑む横で、私は硬直する。
……茜くんの言うことは正しい。実際に私は反感を買ったし、すでに呼び出されて文句を言われてもいる。
当人たちの問題なんだから放っておこう、と思える人ばかりじゃないんだ――直樹くんのことが好きだったりしたら、なおさら。
「ごり押しでこいつと距離を詰めたりなんかしたら、ど唸るかわかるだろ? 頭がいいお前がそのあたりに気付けてなかったとは思えない。それなのに、わざわざこうやってあえてひなと仲良くしようとしてるってことは、」
茜くんが声を低める。
大股で一歩、直樹くんに近づく。
「――お前、ひなのことなんて、別に好きでも何でもないんじゃないのか?」
直樹くんが、目を大きく見開いた。
私は慌てて「ちょっと!」と声を上げた。
様子がおかしい。ショッピングモールで蒼とばったり会ったときだって、もう少し冷静だったはずだ。それを――。
「どうしたの茜くん! なんでそんないきなり喧嘩腰なの⁉」
「……。」
「わ、私が言うことじゃないかもしれないけど……弱ってたり、落ち込んでるころに近づいて距離を詰めるっていうのは、恋のための戦略って言うじゃない。こと恋愛の話なんだから、少しぐらいズルいことなんて、誰だってすると思う……!」
私が言っても、茜くんはひややかな目で直樹くんを見つめているばかり。
そして直樹くんはというと、彼は戸惑うような、動揺したような表情で茜くんを見返していた。
……そのまましばらくの間、あたりは重たい沈黙で満ちていたけれど――ややあってから直樹くんが口を開いた。
「たしかに、僕の考えは足りなかったのかもしれない。でも、僕の気持ちまで部外者に否定されるいわれはない。そうでしょう?」
「……そうかもな。でも、口は出させてもらうぞ。オレは居候を許可してもらう代わりに、ひなの母親からひなについて頼まれてるんだ。トラブルの種はなるべく潰しておきたい。」
「それで迎えにまで? 過保護すぎる気がしますが。」
「それこそ、部外者に口出しされる謂われはないな。……ひな、行くぞ。」
「わっ! え、ちょ、茜くん⁉」
ぐい、と手を引かれて、慌ててついていく。
困って直樹くんを見ると、こちらの視線に気づいた彼は、強張っていた表情をゆるめ、困ったような笑みを浮かべて見せた。……こうなったらしょうがないよな、という感じの笑みだ。
「残念だけど、今日は居候のお兄さんに譲るよ。じゃあねひなちゃん。」
「え、あ……うん。またね!」
手を引かれたまま応えて、私はそのまま茜くんの後を走ってついていく。
茜くんは無言で歩き続け、こちらを振り返ろうともしない。早く歩きすぎないように配慮してくれてはいるけど、何も話さない時間が肌に刺さって痛い。
(怒ってる……?)
いや、というより……警戒してる?
蒼の時は、たぶん茜くんは怒っていた。それはおそらく、蒼が私をこっぴどく振ったことを知っていたからだ。
でも、これは、あの時とは少し違うように思う。どこがどう違うのかというと、くわしくは言えないけど――。
「あ、かねくん、なんであんなふうな態度だったの? 私別に、直樹くんに迷惑かけられてないよ? むしろ私が迷惑かけてるくらいで、」
「……。」
「茜くんらしくないよ……。本当にどうしちゃったの?」
俯いて、言うと。
ずんずんと歩いていた茜くんが、不意にぴたりと足を止めた。
はっとして顔を上げれば、彼は眉間にしわを寄せてこちらを見ていた。
「――『茜くんらしい』って、何? ひな。」
「えっ?」
予想外の問いに、目を瞬かせる。
「オレらしさ、って言うけどさ。……そもそもひなはオレについて何を知ってるんだ? 十年近く離れて暮らしてて、数日一緒に生活しただけなのに。何を知ることができるんだ?」
「そ、それは……!」
言葉に詰まる。
知ってるよ、とは言えなかった。
――知ってるよ、茜くんの目的。やりたいこと。好きな人の死の真相を暴くこと。彼女を殺した犯人がいるなら、それを見つけ出したいと思ってること。
諦めきれない恋のために、消化できない思いのために、必死になってるんだろうってこと。
(言えるわけない……!)
……だいたい、ノートを盗み見ただけで、彼の思いを『知っている』とはならないだろう。わかったようなふりをすることができるだけだ。
茜くんの苦しみも覚悟も、茜くんのものだ。
「お前と暮らしてる今のオレが、本当のオレだって、どうしてわかるんだ?」
「あ、茜くん……?」
「……どんなやつでも、多かれ少なかれ何かを偽って生きてる。オレは佐古ってやつがあんまり信用ならない。……思慮深い頬のあいつなら、もう少し考えて動くことくらいできたはずだ。なのに、ひなが告白してすぐに告白した。たしかにそれも両想いになるための戦略といえばそうなのかもしれないけど、オレはあまり納得できない。」
そう言って、茜くんが私に背を向ける。
それに。……あいつなら、もう少し考えて動くことくらいできたはずだ、って――。
「どうして、わかるの? 直樹くんが頭がよくて思慮深いって……。」
「……わかるよ。見ればわかる。」茜くんは、小さいけれど力のこもった声で言った。「……それに、蒼が直情型で意地っ張りだからな。ああいうのが親友の方がバランス取りやすいだろ?」
「それは、そうかもだけど……。」
――でも、なら。
どうして茜くんは、私が直樹くんに告白されたって、知ってたんだろう?
私が、直樹くんに告白されたという話をしたのは、理子だけだ。
久保さんたちは、私たちが二人で空き教室にいたってところを目撃した子から情報を聞き、また、私たちが名前で呼び合っていたから、直樹くんが私のことを好きだと告白した、という推測を立てた。――もしもこれが、蒼への告白からしばらく時間が経っていた場合、きっと告白をしたのは私の頬と思われていただろう。
……理子と茜くんがひそかに連絡を取り合っている? ありえない。そもそも、連絡を取り合っていたとして、それを隠す理由がない。直樹くんと茜くんが連絡を取り合っていたとは、もっと思えない。
話を聞いたとすれば相手は、グループの女子からある程度事情を聴いているだろう蒼かもしれないけど――蒼も別に、茜くんと親しい雰囲気じゃなかったはずだ。ショッピングモールであれほどギスギスしてたわけだし。
(なら、なんで……?)
私は、ふたたび歩き出した茜くんの背中を見上げる。
……茜くんが何を考えているのかがわからなくて、不安だった。
茜くんは私の姿を認めると、ひらひらとこちらに向かって手を振った。
「ちょちょちょ、ちょっと! どうして学校まで来てるの……⁉」
「ああほら、朝、ひな元気なさそうだったからさ。なんかトラブルでもあったのかなーって思って、心配でさ。」
慌てて駆け寄ると、茜くんはあっけらかんと言う。心配してくれたのはありがたいけど、茜くん今、家出中でしょ⁉ 目立つことしていいの?
「ほら親友の、理子ちゃんだっけ? その子とケンカでもしたのかと。それで帰り道を一人さびしくとぼとぼ歩くのはカワイソーかなって思って、迎えに来た。ひな、クラスでしゃべる子はいても、あんまり仲良い友達はいなそうだし……。」
「余計なお世話だよ⁉」
まあ図星だから言い返せないんだけど!
もう、茜くんてば、時間が経つにつれて私の扱いがぞんざいになってる気がする!
「えーと、……ひなちゃん、知り合い?」
「あ……うん! ごめん、直樹くん!」
まもなく追いついてきた直樹くんに尋ねられ、慌てて返事をする。
茜くん登場の衝撃で、一緒に帰宅することがすっかり頭から飛んでた。我ながら失礼すぎる。
「この人が篠崎茜さん。ほら前説明した蒼の従兄で、私の幼なじみの。」
「ああ、あの……。道理で、蒼によく似てるな。」
直樹くんがすっと目を細める。つぶやいた声は心なしか低い。
茜くんはにこっと笑って、「よろしく」と言うが――あれ、なんか、目が笑ってなくないか?
「佐古直樹クン、だっけ? 聞いてるよ、ひなと蒼のクラスメイトなんだって。うちのひながお世話になってます。」
「はじめまして、佐古です。僕もひなちゃんから聞いてます、居候の人だとか。……お言葉ですけど、蒼はともかく、彼女は『うちの』じゃないのでは?」
「幼なじみで今は同じ家に住んでるんだし、別にいいだろ?」
(え、ちょ、ちょっと……。
く、空気悪くない……⁉ なんで⁉
もともと直樹くんの頬は茜くんにいい感情を持ってなさそうだったけど――まあ、男女が同じ家に住んでいるっていうのがおかしいって思う人もいるだろうし――なんだか茜くんの雰囲気の頬も剣呑だ。
「それから、迎えに来たと言っていましたけど、別に必要ないですよ。今日は僕が彼女と帰るし、家まで送っていくので。」
「え⁉」
初耳! 同じ方向だから途中までってことじゃなかったの⁉
「必要ないはこっちのセリフかな。別にお前に送ってってもらわなくても、ひなとオレは帰る家も同じわけだし。それにちょうど帰りにスーパーに寄ろうかと思ってたんだよな。」
「ちょっと、茜くん……。」
茜くんは笑ってるようにみえるけど、やっぱり目は全く笑っていない。
そもそもスーパーへの買い出しはつい最近行ったばかりじゃないか。
「――なんでもいいけど、遠慮してくれる?」
茜くんの声が、冷ややかになる。
「は……? なんであなたにそんなこと決められなきゃいけないんですか?」
「これ以上ひなを困らせるなって言ってるんだ。……いいか、オレは幼なじみで、ひなの親が認めた居候で、しかもこの学校の関係者じゃないから、たとえウワサになっても、いくらでもごまかしがきく。よく知らない他校の先輩とウワサになるのと、同級生とウワサになるの、どっちが長引くかくらい簡単に想像できるだろ?」
当然後者だ、と茜くんは淡々と言う。よく知らない年上のやつとウワサになったところで、広まり方なんてたかが知れてる、と。
「ひなは蒼に告白したばっかりだろ。そのうえでさらにお前に告白なんてされたら、そりゃあ当然反感を買うに決まってる。ベタベタしはじめたりしたら、尚更だ。お前、話聞いてると、けっこう女子から人気あるんだろ?」
「別に僕らはベタベタしてなんか……。」
「当人たちの意識の問題じゃないんだよ、こういうのは。見てる側がどう感じたかが重要なんだ。『蒼に告白して振られたら、今度は佐古くんに乗り換える気? ふざけんな。』って思われたら終わりなんだよ。」
「……っ!」
直樹くんが息を呑む横で、私は硬直する。
……茜くんの言うことは正しい。実際に私は反感を買ったし、すでに呼び出されて文句を言われてもいる。
当人たちの問題なんだから放っておこう、と思える人ばかりじゃないんだ――直樹くんのことが好きだったりしたら、なおさら。
「ごり押しでこいつと距離を詰めたりなんかしたら、ど唸るかわかるだろ? 頭がいいお前がそのあたりに気付けてなかったとは思えない。それなのに、わざわざこうやってあえてひなと仲良くしようとしてるってことは、」
茜くんが声を低める。
大股で一歩、直樹くんに近づく。
「――お前、ひなのことなんて、別に好きでも何でもないんじゃないのか?」
直樹くんが、目を大きく見開いた。
私は慌てて「ちょっと!」と声を上げた。
様子がおかしい。ショッピングモールで蒼とばったり会ったときだって、もう少し冷静だったはずだ。それを――。
「どうしたの茜くん! なんでそんないきなり喧嘩腰なの⁉」
「……。」
「わ、私が言うことじゃないかもしれないけど……弱ってたり、落ち込んでるころに近づいて距離を詰めるっていうのは、恋のための戦略って言うじゃない。こと恋愛の話なんだから、少しぐらいズルいことなんて、誰だってすると思う……!」
私が言っても、茜くんはひややかな目で直樹くんを見つめているばかり。
そして直樹くんはというと、彼は戸惑うような、動揺したような表情で茜くんを見返していた。
……そのまましばらくの間、あたりは重たい沈黙で満ちていたけれど――ややあってから直樹くんが口を開いた。
「たしかに、僕の考えは足りなかったのかもしれない。でも、僕の気持ちまで部外者に否定されるいわれはない。そうでしょう?」
「……そうかもな。でも、口は出させてもらうぞ。オレは居候を許可してもらう代わりに、ひなの母親からひなについて頼まれてるんだ。トラブルの種はなるべく潰しておきたい。」
「それで迎えにまで? 過保護すぎる気がしますが。」
「それこそ、部外者に口出しされる謂われはないな。……ひな、行くぞ。」
「わっ! え、ちょ、茜くん⁉」
ぐい、と手を引かれて、慌ててついていく。
困って直樹くんを見ると、こちらの視線に気づいた彼は、強張っていた表情をゆるめ、困ったような笑みを浮かべて見せた。……こうなったらしょうがないよな、という感じの笑みだ。
「残念だけど、今日は居候のお兄さんに譲るよ。じゃあねひなちゃん。」
「え、あ……うん。またね!」
手を引かれたまま応えて、私はそのまま茜くんの後を走ってついていく。
茜くんは無言で歩き続け、こちらを振り返ろうともしない。早く歩きすぎないように配慮してくれてはいるけど、何も話さない時間が肌に刺さって痛い。
(怒ってる……?)
いや、というより……警戒してる?
蒼の時は、たぶん茜くんは怒っていた。それはおそらく、蒼が私をこっぴどく振ったことを知っていたからだ。
でも、これは、あの時とは少し違うように思う。どこがどう違うのかというと、くわしくは言えないけど――。
「あ、かねくん、なんであんなふうな態度だったの? 私別に、直樹くんに迷惑かけられてないよ? むしろ私が迷惑かけてるくらいで、」
「……。」
「茜くんらしくないよ……。本当にどうしちゃったの?」
俯いて、言うと。
ずんずんと歩いていた茜くんが、不意にぴたりと足を止めた。
はっとして顔を上げれば、彼は眉間にしわを寄せてこちらを見ていた。
「――『茜くんらしい』って、何? ひな。」
「えっ?」
予想外の問いに、目を瞬かせる。
「オレらしさ、って言うけどさ。……そもそもひなはオレについて何を知ってるんだ? 十年近く離れて暮らしてて、数日一緒に生活しただけなのに。何を知ることができるんだ?」
「そ、それは……!」
言葉に詰まる。
知ってるよ、とは言えなかった。
――知ってるよ、茜くんの目的。やりたいこと。好きな人の死の真相を暴くこと。彼女を殺した犯人がいるなら、それを見つけ出したいと思ってること。
諦めきれない恋のために、消化できない思いのために、必死になってるんだろうってこと。
(言えるわけない……!)
……だいたい、ノートを盗み見ただけで、彼の思いを『知っている』とはならないだろう。わかったようなふりをすることができるだけだ。
茜くんの苦しみも覚悟も、茜くんのものだ。
「お前と暮らしてる今のオレが、本当のオレだって、どうしてわかるんだ?」
「あ、茜くん……?」
「……どんなやつでも、多かれ少なかれ何かを偽って生きてる。オレは佐古ってやつがあんまり信用ならない。……思慮深い頬のあいつなら、もう少し考えて動くことくらいできたはずだ。なのに、ひなが告白してすぐに告白した。たしかにそれも両想いになるための戦略といえばそうなのかもしれないけど、オレはあまり納得できない。」
そう言って、茜くんが私に背を向ける。
それに。……あいつなら、もう少し考えて動くことくらいできたはずだ、って――。
「どうして、わかるの? 直樹くんが頭がよくて思慮深いって……。」
「……わかるよ。見ればわかる。」茜くんは、小さいけれど力のこもった声で言った。「……それに、蒼が直情型で意地っ張りだからな。ああいうのが親友の方がバランス取りやすいだろ?」
「それは、そうかもだけど……。」
――でも、なら。
どうして茜くんは、私が直樹くんに告白されたって、知ってたんだろう?
私が、直樹くんに告白されたという話をしたのは、理子だけだ。
久保さんたちは、私たちが二人で空き教室にいたってところを目撃した子から情報を聞き、また、私たちが名前で呼び合っていたから、直樹くんが私のことを好きだと告白した、という推測を立てた。――もしもこれが、蒼への告白からしばらく時間が経っていた場合、きっと告白をしたのは私の頬と思われていただろう。
……理子と茜くんがひそかに連絡を取り合っている? ありえない。そもそも、連絡を取り合っていたとして、それを隠す理由がない。直樹くんと茜くんが連絡を取り合っていたとは、もっと思えない。
話を聞いたとすれば相手は、グループの女子からある程度事情を聴いているだろう蒼かもしれないけど――蒼も別に、茜くんと親しい雰囲気じゃなかったはずだ。ショッピングモールであれほどギスギスしてたわけだし。
(なら、なんで……?)
私は、ふたたび歩き出した茜くんの背中を見上げる。
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