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平和編

それぞれの午後

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 アベンチュレ国民局・九局フロア。
「わあ! もうお昼の時間から十五分も過ぎてる! ランチに出かけないと! 」
 バライトが飛びあがるように立ち上がった。
「局長、朝カフェラテのロングサイズをちまちま飲んでただけですよね? 」
 カルカがバライトのデスクにある放置された紙コップを睨む。
「そう見えただけだよー、カルカ。君は働き過ぎて目がしばしばしてるんだ。勘違いだよー」
 カルカは黙ってバライトのデスクにある早急に処理をしなければならない朝から一枚も減らなかった、書類を睨み続ける。
「何かいいたそうだね、カルカ。急いでるから噛み砕いて言って」
「もっと沢山働いてください。あと砂糖をフロアに零さないでください。飲んだ紙コップは捨ててください。仕事が山のようにあるのに逃、」
「長い! まったく噛み砕けてないし! 俺へのただの苦情じゃん! 」
「苦情じゃありません。憎しみです」
「え、もっとやだ。ちょっと去年、理性が大事だって話沢山したでしょ。君もそんな感じのこと言ってたでしょう? 」
「憎しみも理性ですよ」
「お昼いってきますー」
 アザムが逃げるように九局フロアを出て行く。
「あ、待って俺も行く! 」
 バライト局長が叫んだが、エレベーターの扉が開いても、姿を現さなかった。エレベーターに乗ると、アザム一人だった。操作人がドアを閉める。そして、ポケットから紙を出すとアザムに渡した。
「いつもありがとうございます。一階まで」
 操作人は何も言わない。城人達はエレベーターの中だと操作人の存在を忘れてぽろっと喋ってしまう事がある。その内容を九局は操作人から買い取っている。たまに九局員と入れ替わっていたりするのを他の局員は誰も知らない。
 五階で止まると、ラリマが乗ってきた。
「あ、アザム。これから昼?遅いね」
「君も」
「一緒に食べに行くかい? 」
「やめとくよ」
「……そう」
 四階で止まると、リゴが乗ってきた。
「あ、アザムにラリマ。これから昼。遅いね」
「君もね」
 ラリマが言う。
「一緒に食べに行こうよ」
 リゴが誘う。
「いいよ」
 ラリマが頷く。ふたりはアザムを見る。
「俺は、やめとくよ」
「……そう」
 その後三人は、無言だった。


 アベンチュレ国民局・四局フロア。
 カラミンがデスクに頭をつけてしな垂れていた。
「おい、もう午後の仕事始まってんだぞ」
 オドーがカラミンの頭をファイルで叩くが、起き上がる気配はない。
「どうかしたんですか? 」
 リョークが聞いた。
「なんか昼休みに昔振った女と遭遇したらしい」
「え! 詳しく聞きたいっす! 」
 リョークが食いつく。アシスも華麗に椅子ごと回ると、そのままカラミン達の傍まできた。
「なんで振った女に遭遇してショック受けてるんですか? 」
「オドー班性格悪いよ! カザンを見習いなさい! 」
 頑なに背中を向けて仕事をするカザンを指差した。
「興味も持たれてないってことだよ。一年も一緒なのにな」
「オドーひどい」
「カザンのことはどうでもいいので、続きを」
「ローズ、君も酷い」
 カラミンは嘘泣きをしながらまだデスクに伏せた。代わりにオドーが説明する。
「昔な、顔がやっぱり好きじゃないって振った女がいるんだよ。こいつそいつの名前もろくに覚えてなくてさ。そしたらその子、実はメト王女のメイドになってたんだよ」
 リョークとアシスが声をあげて驚く。
「メト王女のメイドって、アイドさんですよね。バリミアに話し聞いたことがあります」
「アイドじゃない、アメリーちゃんだよ! 」
 カラミンが顔を上げる。
「いや、アイドだよ」
 オドーが丸めた雑紙をカラミンに投げつけた。
「私、見かけたことありますけど、アイドさん可愛いじゃないですか。まあ、メト王女の結婚で、もうすぐオードにいっちゃいますけど」
 アシスが言った。
「昔はあんなに可愛くなかったの! あんなに可愛くなるなら名前ちゃんと覚えてた! 」
 リョークとアシスが冷たい目で、カラミンを見る。
「カラミンさん、さすがにフォローできないぐらい最低っす」
 リョークはゆっくりとデスクに戻る。
「いや、シンプルに最低でしょう」
 アシスも俊敏にデスクに戻った。
「お前、あの世で死ね」
 最後にオドーがとどめを刺した。
「みんなの憎しみが深すぎるー」
 カラミンはまた嘘泣きを始めた。そこにハクエン局長が四局フロアに戻ってきた。そしてカラミンの様子に気づいた。
「おいおい、誰だ? カラミン泣かしたの」
 カラミンはオドーとリョークとローズを順番に指さした。
「ガキかよ」
 オドーが呆れる。
「カラミン、こんなことでへこたれてたら副局長になんかなれないぞ! もう最年少記録更新はできないが、頑張れ! 」
 ハクエンは適当に慰めてデスクに戻る。カラミンは顔をあげる。
「最年少記録更新は無理ですけど、セドニさんが辞めたから現時点の副局長で最年少にはなれます! 」
「お前その前向きさのもっと人の為に使え」
 オドーがまた呆れた。カザンは書類を書く手を辞める。自分は四局をやめられなかった。ルバを止められなかった悔しさからだった。ルバは今も、八局が管理している、ごく一部しか知らない施設に収容されている。カザンはシプリン九局長を通して手紙を送っているが、返事はまだ一度もない。カザンはちゃんとシズが好きだった。けれど、志はそれぞれだった。一緒には生きていけない。自分にはできないことをセドニはやってみせた。カザンに嫉妬はない。どちらかと言えば、羨望だ。けれど、四局を続けていることをカザンは後悔できなかった。この気持ちを使命感と呼ぶにはまだ少し、自信がない。
「カザン」
 アシスに呼ばれ顔を上げる。
「バリミアが今、風邪ひいててさ、帰りにゼリー買って来てって頼まれたの。前においしいゼリーが売ってる店があるって言ってたよね?場所もう一回教えてくれない」
「いいですよ。地図書きます」
 カザンは病室でシズと一緒に食べた苺のゼリーを見ると今でも少し、胸が騒めく。まだ恋をしているとかではない。ただ、思い出すだけだ。



 キミドリアパート・バリミアの部屋。
「はっくしょん! 」
 バリミアは豪快なくしゃみをして、ティッシュで鼻を噛んだ。部屋のドアがノックされる。バリミアは寝室から出る。
「ジャモンだけど、スープ作ったけど食べれるかい? 」
「食べる! 」
 ドアの鍵を開けて、ジャモンを入れる。
「薬は効いたかい? 」
「朝より楽にはなった。ありがとう」
 バリミアはテーブルでスープをちょびちょび飲む。
「シズから手紙が来てね。元気になったら読んで。アシスちゃん達にも」
 ジャモンがテーブルにシズからの手紙を置く。
「ありがとう。また家賃入ってたの? 」
 ジャモンが困った顔をする。
「そうだよ。いらないって言ってるんだけどね」
「貰っときなよ。その方がシズも気持ちが楽なんだよ」
 シズはキミドリアパートを出ていってからも自分が住んでいた部屋の家賃をジャモンに送り続けた。それはもしかしたら来るかもしれない、ベルのためだった。けれど、ベルからシズ宛に届いた手紙で、ベルはインデッセでやっていく、ヨール王を支えていくと書いてあった。それでもシズはいつかのために、行ける場所があるということを覚えておいて欲しいと返事を書いた。ジャモンもシズの部屋として元から人に貸すつもりはなかったが、シズから家賃をもらい、使わず貯めている。
「小麦の収穫とその後の作業が終わったら、帰ってくるって。オードにも行くみたい」
「へぇ、楽しみね。それより、もうそんなに月日が流れているのに驚きだわ」
 バリミアは窓の外を見た。
「元気にやってるのかしらね、あのバカ」
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