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平和編
Hello
しおりを挟むカーネスと会ってから、顔を見てないから会ったというのもおかしいが、シズは毎日ベンチに来るようになった。待っているわけではない。それなりに元気になって院内だけだと退屈だった。それで外に散歩に出ると、結局シズはここに辿りついてしまう。今日は最近でいちばん暖かい。
足音が聞こえた。やっぱり太陽のブローチが欲しいとあいつ戻ってきやがったか、とシズが見るとセドニがいた。セドニは無言でシズに近づくと、無言で隣に座った。様子を伺いながら、シズは話しかけた。
「どうしたですか? 」
「病室にいないから捜しにきた。ふらふらしていいのか?」
「もう元気ですから」
セドニが急に睨んできた。
「まさか走ったりしてないだろうな? 」
「そこまで無茶しません」
セドニは疑いの眼差しをシズに向けながら、ため息を吐く。
「いろいろとお世話になりました」
シズは礼を伝えた。
「世話したつもりはない」
めんどくせぇ、こいつ、とシズは思う。でもまあ、いいか。終わったんだから。丸くおさまったとは言えないが。地球は丸いのに丸くおさまらない。ここでも地球って概念があるんだろうかとふと、シズは思う。
「地球ってわかります? 」
「知らん」
「丸い星です。この世界もきっと丸い星なんでしょうね」
「かたちなんてなんでもいいだろう」
この星の人達はそういうことにロマンとかこだわりがないんだろうか、とシズは偉そうな感想を持つ。
「本能と理性が調和したらいつか世界は丸くおさまるんですかね」
シズは平和らしいことを言ってみる。
「丸くおさまるってことはどういうことだ? 」
セドニが眉間に皺を寄せる。
「え、あー、なんか、完璧になるってみたいな? 」
シズは適当なことを言っている。
「世界が完璧に出来上がる頃にはこの星は滅亡してるだろう」
セドニそう切り捨てた。
「私、長生きするつもりなんですけど、大丈夫ですかね? 」
「人生なんてあっという間だ」
人生はあっという間だけれど、今日という日はそれなりに長いのだ。生きてきた日々よりも今日一日がずっと長い。未来は長い今日なんだ。終わりの反対って始まりじゃない。つづくなんだと、シズは最近つくづく思う。
「お前の病室を看護師に聞いたら、あのイケメンですねって言ってたぞ」
「え? どの看護師? 」
「こげ茶の髪の先がくるってしてて、眼鏡かけた」
その看護師はシズの胸、見たことがあった。
「褒めてるってことだよ。顔が良いってことだ。よかったな」
いい上司でも嫌な奴とシズは思った。
「私、女ですよ」
「そうだな。だから、惚れた」
「何言ってんですか」
え? と、シズはセドニの横顔を見てフリーズする。セドニは正面を向いたままだ。シズは空耳かもしれないと考えた。または、聞き間違い。惚れたじゃなくて、折れたとか言ったのか? 逸れた、とか。取れた、とか。漏れた、とか?漏れたは絶対ないか、とシズは冷静になる。
「お前、ヨンキョク辞めるんだってな」
「ああ、はい。ハクエン局長から聞いたんですか?」
「いや、セッシサン副局長」
「ああ、そっちですか。フェナのヘミモル村ってところで暮らそうかと」
昨日シズは、レアーメ宛に手紙を書いた。ヘミモル村で暮らしたいこと。できたら畑の仕事をしたいこと。
「まだどうなるかわかりませんけど」
「俺も国民局辞めて、フェナの部人なろうと思う」
シズは再びフリーズする。
「来年、空きがあるらしい」
「え? 正気ですか?」
「どういう意味だ」
セドニがムッとする。
「いや、普通そう思うでしょう! 国民局の七局って、花形ですよ! しかもあんた最年少副局長で次絶対最年少局長でしょ? めちゃくちゃエリートなんですよ? 」
「俺はただ仕事をしていただけだ」
セドニがシズの方を向いた。シズは緊張する。
「お前はひとりでもどこまででも、どんなこともやっていけるだろう。俺もある程度のことはひとりでこなしてきたし、この先もできるつもりだ。けど、お前に何かあった時、一番に助けにいっていい理由が欲しい。だから、色々片付いたらお前のところへ行きたい」
やっぱり空耳じゃない。惚れたって言ったんだ、とシズは認める。
「セドニ副局長さ、私達この間危機的状況で一緒だっただろう? 」
「そうだな」
「その、危機的状況で一緒だったら、心臓バクバクだっただろう? そのバクバクと恋愛の動悸がごっちゃになるっていう。あれ、吊り橋効果って奴? 知ってる? 」
「ああ。男女が一緒に吊り橋の上に来て、じわじわとロープをナイフで切っていくやつだろう?」
「私が知っている吊り橋効果よりクレイジー、それ。でもまあ、それは置いといて。だからさ、まあ、勘違いかもよ?」
セドニが黙った。怒っている。シズは弁解する。
「気分悪くしたなら、悪かった。けどそう言いたくなるぐらいあんたが手放そうとしているものは大きいってことだよ」
セドニは数秒、シズを見つめて正面に向き直った。何も言わない。セドニはショック受けた。シズは続ける。
「私はヘミモル村にたぶん行くんで。来年ってことは、六月くらいか。それまで今と気持ちが変わらなかったらさ、会いに来てよ。私待ってるからさ」
そう言うと、セドニはまた少しシズを見た。
「お前はずるいな」
カザンと同じことをシズはまた言われた。確かにずるいかもしれないと、シズは自認する。セドニは立ち上がる。
「いくら天気がいいと言っても冷える。中に戻るぞ」
「そうっすね」
シズもベンチから立ち上がり病室に戻る。
自分はセドニの中に、自分の世界を創るのだろうか。悪くないかもしれないとシズは思った。セドニの世界も、シズの中にあった。それは不思議で、正直シズは喜んでいる。けれどシズはずるいので、口にはしない。
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