【完結】ヤンキー、異世界で異世界人の正体隠す

平和編

自由な世界

　シズは立ち上がる。少し喋り過ぎた気がする。鏡泉の近くまで戻り、カザンに借りたジャケットを拾い、叩く。大分汚してしまった。クリーニングに出してから返さないと、とシズは思った。鏡泉の中に飛び込んだせいで、シズは濡れた身体が寒かった。ジャケットをはおり、シズが突き飛ばしてか、ら座ったままのセドニの前に行くと、手を出した。
「お前が飛び込んだのを見たのは三回目だ。もう勘弁してくれ」
「覚えておきます」
　セドニは少し笑うと、シズの手を掴んだ。引っ張って立ち上がらせるつもりだったが、セドニはほとんど自分の力で立ち上がった。
「シズ」
　呼ばれてシズが振り返る。
「自由な世界とはなんだ？ 」
　ヨールが問う。
「絶望が諦める理由にならないのが、自由な世界だと私は思います」
　狂気がある人だけれど、この人は良き王になりたかっただけだ。シズはそう思った。この先またこの人がどうなるか心配なのは変わりない。ただ今日はグラスを割っただけだ。ここまでやっても大きいことではないのだ。ただ、立ち止まって、気持ちを引き返すだけ。
「色々ありましたけど、お世話になりました」
　シズはダイアスの真似をして、礼を言った。セドニを振り返ると、頷いた。表の階段から地上に帰っていく。
　必要なのは、限りない発展や進化ではなくて、限りない悲しみを受け止める強さなのかもしれない。覚えて、忘れる。憎しみも平和も。そうやって生きていくしかない。価値観は人それぞれだ。けど、わかりにくいものをわかってくれる人もいる。そして、つらいことがないように、みんなに楽しい事があって、あるようにと、願っているはずだ。


「いた！シズ！」
　シズとセドニが塔の前まで行くと、アシスが走ってきてシズを抱きしめた。
「どうしたの？ びしょびしょじゃない？ 」
「ちょっと色々あってね」
「まあ、無事でよかった」
　ありがとう、と言おうとしてくしゃみをした。デュモルティがこっちへ走ってくる。
「ストムさん、無事で」
「デュモルティさんも、お怪我はありませんか？ 」
「ああ、かすり傷もしてない。だが……」
　デュモルティと呼ばれた男が顔を顰めた。
「できればこのまま穏便に済ませたかったが、死人が出た。少しうちの城人を呼ばせて貰う。これからの処理を少しそちらと相談したい」
　その言葉にシズがアシスを見る。
「アルガー塾長が死んだ。ルバ・ソーが殺した。オドーさん達はまだ塔の中」
「カザンは？ 」
「ちょっと怪我したけど、心配するほどのことじゃない」
「そうか……」
　シズはドレスを握りしめる。シズは頭ががんがんする。
「デュモルティさん、地下に、ヨール王が」
「え？ 」
　デュモルティさんという人は驚き、そして走って行った。ヨール王の所へ行ったのだろう。
「カーンーダー！ 」
　この空気に似合わない、でかい声が聞こえる。シズの痛い頭に響き、眉間に皺を寄せながら振り返るより先に鈍器がぶつかってきたような衝撃をシズはうけた。
「いつの間に外に出てたんだよ！ 捜したんだぞ！ 」
　リョークは若干泣いている。そしてはっとして、シズから離れた。
「カザンから聞いたけど、お前刺されたって」
「あ、そう言えば」
　アシスも聞いていたようだが、あまりにもシズが普通に歩いて来たから忘れていたようだった。
「ああ、それはもう平気」
　ジャケットを右袖だけ脱ぎ、止血に使っていたドレスの布をはずした。ふたりはきょとんとする。
「え？ そこ刺されたのか」
　リョークが右肩を指差す。
「ああ。治ったけど」
「治った？ 」
　アシスがなぜか馬鹿を軽蔑するかのような目でシズを見た。
「なんか、洗ったら治った」
　説明するほどシズの頭は働かず、アホなことを自分でいっているのもわかった。
「何言ってんだ、お前。それになんだその雑巾みたいな恰好」
「失礼だな、これは超いい生地の、」
　ドレス、と続けようとしたが、シズは眩暈がした。
「シズ？ 」
　アシスの心配する声が聞こえる。なんか朦朧とする。あ、悪寒がきた。超きた。これはあれだ。風邪もあるが、あれもある。傷口塞ぐのに血を使ったとか言ってたし。
「人生で一回これ、言ってみたかったんだ」
「はあ？ 」
　リョークが顔を顰める。
「血が足りねぇ」
　シズは一世一代の決め台詞を決めると、ブラックアウトした。