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平和編
いつもいる
しおりを挟むヨールは声も身振りも演技のように振る舞った。それはまるで舞台の中央を求めているかのようだった。
「それが四ヵ国条約だ。平和のために、正義の為に、だ。純粋を踏みにじって何が正義だ! 」
「その純粋を踏みにじって利用しようしているのはあんたも同じだろう」
シズが王の背中に言葉を投げる。ヨール王は振り返らない。
「あんたの憎悪はきっと純粋だったんだろう。綺麗な憎しみだったんだろう。けど怒りを掛け違えた。他人の正義を否定はしたくない。けど、あんたの今の行動は腹いせだ。運命に逆らえない腹いせだ」
シズはゆっくりと歩く。そして、ヨールの前に来た。
「カンダ! 」
「動かないでください! 」
シズが背後にセドニに叫ぶ。
「シズ、そなたにはわかるまい。ぼんやりとしているのに、消えることのない境界線のおそろしさを」
ヨールはシズの目を見ない。セドニに銃口を定め、瞳の狙いも揺るがない。銃なんて慣れてないもの、うまく撃てる確率は低いはずだ。けれど、セドニとヨールの距離は微妙に近い。当たらない保障はない。ヨールは積もった言葉を吐き出し続ける。
「境界線というのは、表面はぼんやりしているのに、溝は深い。境界線が深ければ深い程に過去を振り返らないといけない。条約は平等を謳っていながら、過去の過ちを背負わせ、永遠に懺悔を求める。それが平等なのか? 平等を目指すことを通じて大事にしてきた物はなんだ。自分が争ったわけではないのに、私の意思とは関係なく歴史に結びついていく。なにをしてもいいのになにもできない。戦後の後遺症は百年経っても消えない。それが戦争をした国の歴史だ。負けた国の歴史だ。悪者にされた国の歴史だ。この身で経験した重みではないのに、苦しくて、苦しいのだ。この苦しみを終わらせたい」
平和の基準が高くなるほど人は不平等になる。犠牲を平等にはできない。歴史による劣等感。拭いようのないこの無謀な罪悪感。案外、平等は望めば望むほど、人を狂わせてしまうのかもしれない。こんなにこんがらがって重いものが、ぼんやりと霧のようにしっかりあるのが国というものらしい。つけは永遠に続く。つけは天下の回りものってことだ。
「あんたがいう終わりはこの世の終わりみたいだな」
「君のいた世界では戦争で世界が終わったことがあるのかい? 」
シズは教えなかった。
「終わらないんだよ。戦争ぐらいで世界は終わらない! 戦争はリセットさ。平和にするためのリセットさ」
シズが声を荒げる。
「じゃあもうこの世の人間ぜーんぶ、殺しちまえ! みーんな、死んじまえばいいんだ! ひとり残らず、全員な! そしたら平和も不平等も歴史もクソもねぇ! それで苦しみも終わりだ! 」
そういうわけにはいかないのはシズも知っている。苛々してきた暴言だ。
「戦争したいのはあんたらの都合だろう? 神様巻き込むなよ。人を巻き込むなよ」
「じゃあ、何が私を終わらせてくれる? 時が終わらせる?時がいつ終わらせる? 時も人も終わらないではないか」
世界は滅亡してくれない。心の弱さをあざ笑うかのように、大地も海も空も強く、恵みと憂いを交互に寄越す。そんな世界を人間がどうこうできない。どんなに昔を求めても過去は手に入らない。覚えておけても手に入らない。シズが十八年生きたあの懐かしいと呼ぶには寂し過ぎる、長い記憶の世界に戻れないように。
「あんたが言うように、私達はどこにも引き返せないし、終われない。あんたの苦しみも、悲しみも恨みも。でもな、神でも金でもからだでも命でも、恨みの引換券にはならないぜ」
シズは誰か来ると思ったが、来ない。シズはもう限界だった。ここで倒れるわけにはいかない。
「憂いが銃弾で晴らせると思うなよ。怒りも悲しみも喜びも弾丸は突き抜けない」
流されるな。抗え。平和にだって抗え。シズは鏡泉に近づくと、ポケットに手を入れた。
「ヨール王、あんたは自分が神にどう思われるかより、人間が人間にどう思われているかの方を大事にしている。それに過敏になっている。神様なんて建前だ。あんたはただ、人間より強いものならなんでも欲しいだけだよ」
「おい、カンダ! 」
シズはセドニを振り返る。そして微笑んだ。セドニはシズが見たことがないくらい驚いた顔をしている。
「あんたはなんやかんやで私が大変なときにいるな」
「こんな時になんだ? 」
「心強いって言ってんだよ。あと、なにがあっても何もしないでくださいね」
「どういうことだ? 」
「ヨール王から銃を奪うとか、私の後に続くとかするなって言ってるんですよ」
まだ何か言いたげなセドニを遮り、シズはヨール王を見る。
「ダイアスはルリを愛していた。その魂がある私ならどんな頼みも本当に聞いてくれるのか? 」
「それは目覚めさせてみないと分からないな。望みがあるから私はシズを求めた」
望み。同じだ。望みがあるから求めている。シズはナイフを掴むと、袖から腕を抜き、カザンのジャケットを落とし、水面に背中を向ける。
「じゃあ、私が悪いが死んでくれと頼んだら、ダイアスは死んでくれると思うか ?」
ヨールはやっとシズを見た。シズは左手にナイフを持ち両手をを広げて鏡泉の中へ、落ちた。
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