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平和編
国王の苦み
しおりを挟むリズムの悪い二人分の階段を下りる音が、隠し通路の中に響く。ヨールに腰を支えられ、左腕を首に回してシズは支えられていた。はたから見れば助けられているように見えるだろう。ボロボロになった白いドレスの右側は、血で染まっている。それが肌にあたって、シズは気持ち悪かった。
「王様はここまできてもなんで神様に固執できる? 戦争をすることに、こだわるのか? カバンサのせいか? 」
それとも、もう引き下がれない悪あがきか。藁にもすがる思いなのか。
「ずっと、私の心には苦みがある」
ヨールは、シズの腰を強く引き寄せて来た。押しのけてやるにしても、ひとりでは歩くのが辛い。シズの視界が霞んでいる。
「初めからあったわけではない。勉強をするにつれて、多くの人と関わるにつれて、その苦みの雫は私の心に落ちてきた。ぽつり、ぽつりと。それは水溜りとなり、やがて染み込んだ。私の心には苦みの染みがある」
「その苦みの原因はなんだ? 」
「簡単にいえば劣等感だろう。弱い国の王であることの劣等感だ。けどそれだけじゃない」
最後の曲がり角を曲がると、出口の明かりが見える。
「明確に言葉にできないこのふつふつした感情だ。そういうのを救うのが神だろう? 」
人間はどいつもこいつも救われたいらしい。そう思う、シズも人のことを言えないが。鏡泉に着くと、ヨールから腕を離し、肩を押した。
「四十秒座らせろ、死ぬ」
ヨール王は腰に回していた手を緩めた。シズは尻餅をつくように、床にへたり込んだ。
「時間稼ぎかい? 」
「そんなんじゃねぇよ」
ずっとシズはそわそわしている。けれど皮肉にも刺された痛みのおかげで、自我を前みたいに簡単に失うことはなかった。だが、違う意味で意識は失いそうだった。
「さっきあんた、インデッセを弱い国だと言ったな。じゃあ、神に救いを求める理由は、インデッセを強い国にしたいってことにでもなるんじゃないか? 」
ヨールは顔を手で覆った。そして肩を震わせた。喉を鳴らす。笑っている。
「ご名答だよ、シズ」
顔から手を離すとヨールは、シズを見下ろす。
「強い国になりたい。この世界でいちばん強い国になりたい」
子どもの夢のような、いたってシンプルなことを神様に願っている。
「強くなるのに必要なのは存在感だ。誰にも無視できない存在であることだ。それに神は、ダイアスは打ってつけだろう? みな、存在に振り回されている。存在が最低基準。国や国境などはきっちりしているようでぼんやりとしている。この世の『境界線』と呼ばれる類のものは、すべてぼんやりしている。波際みたいなものだ。だから存在感を出さなくてはいけない。だからこの世界では誰もが存在に価値を置く。存在がこの世の強さだ」
「たとえ、それで強い国の力を手に入れても、それはヨール王の力とは無関係なものになると思うぜ」
ヨールの眉が微かに動いた。
「国が強くなってもあんたの心の苦みの染みは消えないさ」
階段を駆け下りて来る音が聞こえる。隠し通路からじゃない。中庭の方の階段からだ。駆け下りて来たのは、カル・セドニだった。
「カンダ! 」
セドニがこっちへ走ってくるが、ヨール王が銃口を向けた。セドニは一瞬それが何か分からず立ち止まり目を凝らした。
「これは銃だ」
ヨールが警告すれば、セドニは顔を歪めた。
「シズ、もう休憩時間はおしまいだ。泉に血を垂らせ、じゃないとそなたの国の仲間の命がなくなるぞ」
シズは舌打ちをする。足に力を入れて立ち上がるが、ふらついた。シズはふんばって、足の裏で地面を掴む。
「やめろ、カンダ。ヨール王、もうここで、おしまいにしましょう。今なら引き返せる」
「引き返すところなどどこにもない! 」
ヨールが叫ぶ。
「人も、時も、進むことしかできないのだよ。七局のカル・セドニだったな。アベンチュレに行ったときと、あと他国研修にも来たな」
「まさか、名前を覚えていただけているとは」
「そういう風に教育されてきた。王族は皆、そうだろう」
同情はしないが、この人にもこの人なりにここまでになった理由があるのだろう。理由なんてなんの意味にもならないが、ならないからこそややこしいことになる。
「十二年戦争があるずっと前、この世界には人の心に神がいました。心に神を宿すときに、ひとつだけ決まり事がありました。宗教は盾であり、けして矛にしてはいけない」
セドニは一歩、前へ出た。
「昔、祖父から聞かされました。祖父は父から聞いたそうです。戦争に一度行くともう帰ってこられません。心なのかどうなのか私は知りません。戦争は民を騙す詐欺です。結局憎しみの温床になる。生まれと育ちで憎しみを決めてしまう。あなたはそれを誰よりも理解していらっしゃるはずだ。信仰は不条理への盾だそうです。あなたは矛を求めている。恐怖ではなく崇拝による支配だ。神は矛にはならない」
「その盾さえも奪ったのはお前達だろう! 」
ヨールは嘆いた。感情のダムが決壊する。
「先代の王は愚かな部分はあっただろう。だが、オードがあそこまでインデッセを踏みつぶさなければ、ダイアスがもし神になったとしても、盾でいられたはずだ。ダイアスがいなくなっても、信仰さえ残しておけば、信仰心を糧に生きて我が民も、心に強い盾を持てただろう。今より、ずっと。スピネ王は確かに神を矛にした。だが、民は純粋に盾にしていた。責任転嫁とでもいいたいだろう? だが我が国は弱かった。弱いものが何かにすがるのは道理であろう」
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