227 / 241
平和編
まにあわない
しおりを挟む短剣に力を込めた瞬間、ルバは背中に衝撃を感じよろめいた。カバンサの腕から足を離してしまい、カバンサは慌てて立ち上がり、ルバから離れた。床には警棒が転がっている。ルバの視線の先にはカザンがいた。
「サルファー……」
「腕、折ったんだろ。それで諦めろ」
「諦められるか。お前の兄貴を殺した奴だぞ」
カバンサが折れた腕を押えながら、カザンを見た。
「弟? 」
「いいから、こっちへ。僕の背中に来てください」
カバンサは戸惑いながら、カザンの背中へ逃げた。カザンは警杖を構え、正面のルバを瞳で捕まえる。カバンサはカザンの横顔を捕え、そこに記憶の面影を重ねた。
「君、スフェンの弟か? 」
カザンは肩を揺らした。
「黙って、動かずにいてください」
カザンは答えなかった。
「なぜ、そこまでするんだ、サルファー」
ルバは憐れみのように訴えかけた。
「憎しみを許すと死が正義になる。自由な死があったとしても、やむを得ない死はないと僕は信じたい」
「お前もそういう賢いことを言うようになったんだな」
「……もうひとつは、僕はルバと生活をしてみたい」
「え? 」
さすがのルバも戸惑った。
「公園のベンチで話したりとか、一緒に買い物に行ったり、ご飯を食べたり。そういうことが一緒にできるくらいに僕は大きくなった。だから、帰ってきて、ルバ」
ルバが目をそらす。そして目を瞑った。式場のドアの方を見る。複数の足音が聞こえる。ルバは肩を落とし、短剣を投げた。
「ルバ……」
「仲間がきたみたいだぞ」
式場のドアが開く。アシスとカラミンが入ってきた。カザンが二人の方を向くと、ローザが叫んだ。
「後ろ! 」
カザンは振り返る。最初に杖が見えた。その先を辿ると、カバンサの心臓に刺さっている。杖の先に隠し刃があったのだ。杖の逆を辿ると、ルバが微笑んだ。
「ごめんな、サルファー。やっぱ無理だ」
ルバが杖から手を離すと、膝をついてルバを見上げた。その背後には満月があった。まんまるい満月は実は楕円で、カバンサの目にはさらに歪んで見えた。だんだんと丸とは遠い形に滲んでいく、その中で、カバンサは自分の最初の名前を思い出そうとした。ずっと覚えているはずだった。だが、最後まで自分の本当の名を思い出すことができなかった。
ルバはつかさず胸からナイフを出すと、自らの心臓に刺そうとしたが、カザンが右手を伸ばし刃を掴んだ。少し滑り血が出る。左手を添え、さらに強くルバの心臓に届かないように強く握った。カザンは嗚咽を漏らしながら泣いた。泣いてもどうにもならない。だが、守り切れなかったことが受け止められず、ひたすら、しゃくりあげた。
「手を放してあげてください。最後の彼の願いです」
カラミンがルバに諭す。ルバはナイフからゆっくりと手を離すと、その場に座り込んだ。カザンもナイフを手放すと血だらけの手を床に着いた。
「ルバ、ごめん。ごめん」
カザンは謝り続けた。止めたかったのに、止められなかった。
過去にはもう、間に合わない。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる