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平和編
まにあわない
しおりを挟む短剣に力を込めた瞬間、ルバは背中に衝撃を感じよろめいた。カバンサの腕から足を離してしまい、カバンサは慌てて立ち上がり、ルバから離れた。床には警棒が転がっている。ルバの視線の先にはカザンがいた。
「サルファー……」
「腕、折ったんだろ。それで諦めろ」
「諦められるか。お前の兄貴を殺した奴だぞ」
カバンサが折れた腕を押えながら、カザンを見た。
「弟? 」
「いいから、こっちへ。僕の背中に来てください」
カバンサは戸惑いながら、カザンの背中へ逃げた。カザンは警杖を構え、正面のルバを瞳で捕まえる。カバンサはカザンの横顔を捕え、そこに記憶の面影を重ねた。
「君、スフェンの弟か? 」
カザンは肩を揺らした。
「黙って、動かずにいてください」
カザンは答えなかった。
「なぜ、そこまでするんだ、サルファー」
ルバは憐れみのように訴えかけた。
「憎しみを許すと死が正義になる。自由な死があったとしても、やむを得ない死はないと僕は信じたい」
「お前もそういう賢いことを言うようになったんだな」
「……もうひとつは、僕はルバと生活をしてみたい」
「え? 」
さすがのルバも戸惑った。
「公園のベンチで話したりとか、一緒に買い物に行ったり、ご飯を食べたり。そういうことが一緒にできるくらいに僕は大きくなった。だから、帰ってきて、ルバ」
ルバが目をそらす。そして目を瞑った。式場のドアの方を見る。複数の足音が聞こえる。ルバは肩を落とし、短剣を投げた。
「ルバ……」
「仲間がきたみたいだぞ」
式場のドアが開く。アシスとカラミンが入ってきた。カザンが二人の方を向くと、ローザが叫んだ。
「後ろ! 」
カザンは振り返る。最初に杖が見えた。その先を辿ると、カバンサの心臓に刺さっている。杖の先に隠し刃があったのだ。杖の逆を辿ると、ルバが微笑んだ。
「ごめんな、サルファー。やっぱ無理だ」
ルバが杖から手を離すと、膝をついてルバを見上げた。その背後には満月があった。まんまるい満月は実は楕円で、カバンサの目にはさらに歪んで見えた。だんだんと丸とは遠い形に滲んでいく、その中で、カバンサは自分の最初の名前を思い出そうとした。ずっと覚えているはずだった。だが、最後まで自分の本当の名を思い出すことができなかった。
ルバはつかさず胸からナイフを出すと、自らの心臓に刺そうとしたが、カザンが右手を伸ばし刃を掴んだ。少し滑り血が出る。左手を添え、さらに強くルバの心臓に届かないように強く握った。カザンは嗚咽を漏らしながら泣いた。泣いてもどうにもならない。だが、守り切れなかったことが受け止められず、ひたすら、しゃくりあげた。
「手を放してあげてください。最後の彼の願いです」
カラミンがルバに諭す。ルバはナイフからゆっくりと手を離すと、その場に座り込んだ。カザンもナイフを手放すと血だらけの手を床に着いた。
「ルバ、ごめん。ごめん」
カザンは謝り続けた。止めたかったのに、止められなかった。
過去にはもう、間に合わない。
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