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平和編
プライドの月
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どこで間違えたかなんて陳腐なことは考えない。間違いなどなかった。理解を多く得られなかっただけだ。カバンサは式場のベンチに腰をかけて満月を見上げていた。伝記の序章になるようなきっかけは思い出せない。ただ、じわじわと腑に落ちないことが増え、真っ当を正すには、自分が存在もしていない長すぎる過去を眺めなければならなかった。ないものねだりをしているわけではない。失ったものを取り戻そうとしているだけだ。あるものはある、ないものはない、ただそれだけだ。平等も平和も正しい世界のはずだ。カバンサはずっとそう思っている。それを純粋と呼んでもいいだろう。カバンサは聡明だった。四つの国の帳尻を合わせたかった
だから間違いだらけの世界に悲しみ、怒るようになった。世界の純粋を否定されるのが、自分の精神が否定されるのと同じくらい許せなくなった。いつからだろう。ベグテクタのバーで上司に自分を否定されてかれだろうか。そんなにも自分はあの夜に固執していたのかは、カバンサはわからなかった。あの夜の日は、「プネ・カバンサ」でさえなかったのだから。
聞き慣れない足音に振り返る。影からゆっくりと足元から出て来る。
「誰だ」
カバンサは立ち上がる。身を包んでいるのは神の団のものだった。やがて満月の明りが、ルバ・ソーの顔を照らした。カバンサはすぐに分かった。そして絶句した。
「覚えていますか、俺のこと。先生? 」
ルバは立ち止まり、カバンサを見据えた。
「お、お前、ルバ、か? 」
「死んだと思ったんだろう? お前が雇った山賊野郎に殺されたと思ったんだろう? 」
ルバは持っていた杖を床に投げると、腰から短刀を出した。カバンサは目を見張る。月光が刃を煌めかせた。
「お前そんなもの、どこで」
「自分で作ったんですよ。この四年の間にとても器用になりましよ。アルガー塾に入れたぐらいですからねぇ。頭も器量もそこそこなんですよ、俺」
陽気に皮肉るが、ピエロのような微笑みも浮かべなかった。
「自分の人生を人のせいにするのは自分でもどうかと思う。それでも、お前が塾でスフェン達を洗脳しなければ、俺達はもっと、」
「もっと、なんだ? 」
カバンサが尋ねる。
「人生があった」
カバンサは吐き捨てるように笑った。
「そうだろうな。もし俺が塾を開いていなくとも、神の団は過去からずっとあった。カサヌにスパイは潜りこんでいた。俺が塾を開かなかったら、九十七期生の悲劇はなかったと言い切れるか? 」
「……言い切れないだろうな」
ルバは冷静だった。長年の憎しみの相手でさえ、ルバの心と決意は乱せなかった。
「お前がスフェン達の死に無関係なのはあり得ない。大元の原因だ。それが結果だ。他の過去なんて知らない。俺が憎んでいるの過去も未来も全部、お前だ、アルガー」
「何が過去を知らないだ! お前は過去にとらわれている! 俺と一緒だ! 」
カバンサは甲高い声で叫んだ。
「違う」
ルバは無感情に教えてやった。
「俺がどうにかしたいのは、俺の心だけだ。お前は自分と違う心を持っている人間すべてを、どうにかしたいと思っている、ただのあほうだ」
「そんなことはあり得ない! 」
駄々をこねる子のように喚いた瞬間、カバンサの脳裏にアラゴ・ラレイの顔がよぎった。
(私は世界を変えるとか口にする人間を信用できないんだ)
尊敬している上司だった。認められたかった。見返したかった。あなたの信用にあたる人間だと、証明したかった。
(国はね、君のプライドのためにあるんじゃないよ)
「プライドのために世界を変えようとしてなにが悪い! 世はプライドでできている! 」
カバンサはルバに向かって叫んだのではない、頭の中のラレイに訴えた。
「正しさが幸福でなければ、偽りを選んできたのはお前らだ! 後ろめたさがあるくせに、やましさがあるくせに、意味が分からないふりをする。答えがない事はうやむやにする。信じることは快楽だよ。『信じる』は『答え』だからね。問題が解けるとすっきりするだろう? 答えを求めているくせに、自分では出さない!だから、俺が答えを出してやったんだ! 答えを! 」
「すぐに答えを出すのは無知な人間がすることだ。それをあんたは知っていたはずだ。お前は矛盾だらけだ。名前も顔も変えても過去はなかったことにならない」
ルバはカバンサを蹴り飛ばした。倒れたカバンサの右腕を踏みつけると、骨が砕ける音が響いた。カバンサが絶叫する。ルバは抵抗されないように、左腕も踏みつけた。
「肉体は死ねても、過去は死なない。それはお前が一番分かっているだろう? 」
短刀の先を、カバンサの心臓の上に置いた。
「だからせめて、お前の心臓を殺す。死ね」
だから間違いだらけの世界に悲しみ、怒るようになった。世界の純粋を否定されるのが、自分の精神が否定されるのと同じくらい許せなくなった。いつからだろう。ベグテクタのバーで上司に自分を否定されてかれだろうか。そんなにも自分はあの夜に固執していたのかは、カバンサはわからなかった。あの夜の日は、「プネ・カバンサ」でさえなかったのだから。
聞き慣れない足音に振り返る。影からゆっくりと足元から出て来る。
「誰だ」
カバンサは立ち上がる。身を包んでいるのは神の団のものだった。やがて満月の明りが、ルバ・ソーの顔を照らした。カバンサはすぐに分かった。そして絶句した。
「覚えていますか、俺のこと。先生? 」
ルバは立ち止まり、カバンサを見据えた。
「お、お前、ルバ、か? 」
「死んだと思ったんだろう? お前が雇った山賊野郎に殺されたと思ったんだろう? 」
ルバは持っていた杖を床に投げると、腰から短刀を出した。カバンサは目を見張る。月光が刃を煌めかせた。
「お前そんなもの、どこで」
「自分で作ったんですよ。この四年の間にとても器用になりましよ。アルガー塾に入れたぐらいですからねぇ。頭も器量もそこそこなんですよ、俺」
陽気に皮肉るが、ピエロのような微笑みも浮かべなかった。
「自分の人生を人のせいにするのは自分でもどうかと思う。それでも、お前が塾でスフェン達を洗脳しなければ、俺達はもっと、」
「もっと、なんだ? 」
カバンサが尋ねる。
「人生があった」
カバンサは吐き捨てるように笑った。
「そうだろうな。もし俺が塾を開いていなくとも、神の団は過去からずっとあった。カサヌにスパイは潜りこんでいた。俺が塾を開かなかったら、九十七期生の悲劇はなかったと言い切れるか? 」
「……言い切れないだろうな」
ルバは冷静だった。長年の憎しみの相手でさえ、ルバの心と決意は乱せなかった。
「お前がスフェン達の死に無関係なのはあり得ない。大元の原因だ。それが結果だ。他の過去なんて知らない。俺が憎んでいるの過去も未来も全部、お前だ、アルガー」
「何が過去を知らないだ! お前は過去にとらわれている! 俺と一緒だ! 」
カバンサは甲高い声で叫んだ。
「違う」
ルバは無感情に教えてやった。
「俺がどうにかしたいのは、俺の心だけだ。お前は自分と違う心を持っている人間すべてを、どうにかしたいと思っている、ただのあほうだ」
「そんなことはあり得ない! 」
駄々をこねる子のように喚いた瞬間、カバンサの脳裏にアラゴ・ラレイの顔がよぎった。
(私は世界を変えるとか口にする人間を信用できないんだ)
尊敬している上司だった。認められたかった。見返したかった。あなたの信用にあたる人間だと、証明したかった。
(国はね、君のプライドのためにあるんじゃないよ)
「プライドのために世界を変えようとしてなにが悪い! 世はプライドでできている! 」
カバンサはルバに向かって叫んだのではない、頭の中のラレイに訴えた。
「正しさが幸福でなければ、偽りを選んできたのはお前らだ! 後ろめたさがあるくせに、やましさがあるくせに、意味が分からないふりをする。答えがない事はうやむやにする。信じることは快楽だよ。『信じる』は『答え』だからね。問題が解けるとすっきりするだろう? 答えを求めているくせに、自分では出さない!だから、俺が答えを出してやったんだ! 答えを! 」
「すぐに答えを出すのは無知な人間がすることだ。それをあんたは知っていたはずだ。お前は矛盾だらけだ。名前も顔も変えても過去はなかったことにならない」
ルバはカバンサを蹴り飛ばした。倒れたカバンサの右腕を踏みつけると、骨が砕ける音が響いた。カバンサが絶叫する。ルバは抵抗されないように、左腕も踏みつけた。
「肉体は死ねても、過去は死なない。それはお前が一番分かっているだろう? 」
短刀の先を、カバンサの心臓の上に置いた。
「だからせめて、お前の心臓を殺す。死ね」
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