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平和編
食欲
しおりを挟むアベンチュレ・国民局(シズが誘拐されて三日目の朝)
シプリン達がシラーを尋問している午前、カザンは一階の売店に来ていた。シズが再び消えてからカザンはあまり眠れなかった。ラリマも撃たれた。この一件は、最初のメト王女が手引きをした八局からのシズの逃亡と同じく極秘扱いで、一部の人間しか知らない。シズが誘拐されたという事実にカザンの胸はかき乱されていた。そして不謹慎だとわかっていながらも、シズを守りに行ったのであろうラリマに、嫉妬を抱いていた。カザンはそんな自分が恥ずかしく、情けなかった。今まで知らなかった感情がカザンにまとわりつき、不眠に加え、食事もまともに喉を通らなかった。けれど理由がどうであれ、カザンは今不調になるわけにはいかなった。いつでも動ける身体でいなくてはいけない。遠くへ行ったシズをいつでも追いかけられるようにしておかなければと思っていた。
カザンは百パーセント野菜ジュース二本と栄養バーを五本掴むとレジへ持って行き、財布を出す。
「これも一緒に」
ハッカ飴をレジに置くと、セドニがトレーに札を出した。カザンは驚く。
「セドニ局長」
カザンが慌てて自分の分を払おうとする。
「いい。ついでだ」
セドニは店員から釣りを受け取ると、財布とハッカ飴をポケットにしまい、野菜ジュースと栄養バーが入った紙袋をカザンに渡した。
「あ、ありがとうございます」
「ちゃんとしたものも食べろよ」
セドニは去って行く。カザンは呼び止めようとしたが、言葉がでなかった。今回のシズの事をセドニも知っているはずだった。コーサまでシズを迎えに行ったのもセドニだとカザンは聞いた。学生の頃のベグテクタ研修で、シズから聞いた話で、セドニはミトス・スイドの存在を知っていたといことをカザンは察しがついていた。それを知っていてセドニはシズを気に掛けていた。見張っていたのではなく、たぶん見守っていた。それについカザンは聞きたかった。聞きたいけれど、何か知ってしまいたくないことを、尋ねてしまいそうな変な不安があった。カザンはセドニの背中から目をそらした。
「カザン」
名前を呼ばれ、また目線を戻す。そこにはアザムが立っていた。アザムの向こうにエレベーターに乗ったセドニが見えた。アザムは振り返る。
「セドニ局長になんかあるのか? 」
カザンは首を振った。
「今少し話しただけです。アザム君も売店に? 」
「ああ」
アザムは喉を触りながら顔を歪めた。
「うちの局長に、死ぬほど甘いコーヒー飲まされて口直しを買いにきた」
「それなら、」
カザンは紙袋から野菜ジュースを出した。
「これ、どうぞ。果物の入ってないやつだから、苦いですよ」
「あ、それいつも買うやつ。でもいいよ。それお前のだろ? 自分で買うよ」
「二本あるので。それにこれはセドニ局長が買ってくださったものだから。遠慮なく飲んでください」
「セドニ局長が? 」
カザンは野菜ジュースをアザムに差し出す。
「じゃあ、遠慮なく」
アザムは受け取ると、ストローをさして飲んだ。
「ああ! アザムがカツアゲしてんぞ! 」
朝の門番から戻ってきたエンジジャケットをきたリョークが通りかかった。アシスも後ろにいる。
「人聞き悪いこというな」
「さっきセドニ局長が買ってくださったので。リョーク君とアシスさんも。栄養バーですけど」
「おー! サンキュ! 」
リョークは貰ってすぐに食べ始める。アシスは栄養バーを眺めてからいった。
「ランチ一緒にいこう」
「え? 」
「近くに栄養士がやってる、スープの店がある。スープなら食べやすいでしょう」
アシスはカザンの調子を見抜いていた。カザンは気まずくなった。
「おー! 行こう! あそこの一緒についてくるパンうまいんだよな!あ、アザムも行くか?」
リョークがアザムを誘う。アザムは黙って野菜ジュースを吸うと言った。
「スープは昼じゃなくて、夜の方がいいと思うよ」
「その方が身体にいいのか? 」
リョークが聞く。
「昼はランチに行く時間はないかもよ。じゃあ、カザンごちそうさま」
アザムは玄関へと歩いて行く。
「どこかお出かけ? 」
アシスが尋ねる。アザムは立ち止まり振り返る。
「八局棟。またあとで」
アザムは外へと出て行く。八局棟。またあとで。その二つの言葉で、シズのことであまりよくないことが起こっている事を三人は勘付いた。けれど誰も、シズの名前を口にしない。シズが再びいなくなって、どことなくこの三人の中でシズの名前は出しにくくなっていた。
「じゃあ夜行くか。リゴも誘うか? 」
リョークが提案する。
「夜も行けるかどうかわかりませんよ」
カザンが言った。
「あそこはテイクアウトができるから。夜食になるかもね」
アシスが栄養バーを齧りながらエレベーターの方へ行く。ふたりは黙ってその後ろをついていった。
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