【完結】ヤンキー少女、異世界で異世界人の正体隠す

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平和編

呼ばれる魂

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「どういうことだ?」
 シズはカバンサ、もといアルガー塾長を機密手配人すると聞いていた。ベルは声を顰める。
「兄は銃の部品製造を隠蔽したことを脅しに、アベンチュレにカバンサを機密手配人にしないように圧力をかけているはずです」
 あのクソ野郎、とシズは腹が立った。自分が機密手配人になる可能性が分かっていたってことか。
「お前の兄ちゃん捨て駒じゃないか」
 シズは思わず、口にしてしまったと思った。
「ごめん」
 けれど、我に返りすぐに謝罪した。
「謝らないでください。事実です。兄は馬鹿なんです。だから自首してでも捕まっていると思います。こんな馬鹿なことは早く終わらせなきゃいけないんです」
「そうだな……」
 終わらせなければならない神様がいる限り、終わらない。
「シズ様は、私の兄をご存知ですか?ラブラド・シラーと申します」
 ベルが尋ねる。
「知らないよ。私もヨンキョクだったけど、国民局は死ぬほど人がいるからね」
 シズは知らないふりをした。
「そうですか」
 ベルは空になったカップをさげるとおやすみなさい、と部屋を出ていった。シズはネグリジェの首元のボタンを上から四つはずした。そして柔軟体操をして、スクワット、腕立て腹筋をいつものようし、少し落ち着いたら寝ようと、ソファに腰をかけた。そしたらまたうたた寝をしてしまったようで、真夜中に目が覚めた。背伸びをして立ち上がり、窓の外を見るとちらちらと雪が降っていた。
「ベッドで寝ないと風邪引くな」
 ベッドに入ろうとすると、そわそわした。昼間に感じたのと同じ奴だ。部屋を見渡す。すると、本棚に目が留まった。
 あ、ここから下に行ける。
 シズはそう思い、本棚を横に滑らせる。すると石段が現れた。吸い込まれるように下へ下へおりて行く。最初はゆっくりだったが、途中からシズは駆け出していた。出口は光のようだった。出ると、そこは外の景色が見え、半分地下になった場所だった。
 泉がある。シズはそこへまっすぐ歩いて行く。泉の縁で足を止める。泉を覗き見る。そこには、シズの顔が映る。シズは人差し指を口の中に入れる。そして噛む。人差し指から血が零れた。シズがそれを泉の中に落とそうとすると、身体が後ろに引かれた。
「やはり呼ばれてしまいましたね」
 ヨールの顔が目の前にあった。腕はシズの腰から前に回され、しっかりと捕まえられている。
「え? 」
 シズは自分の指先を見る。血が出ている。自分でやった記憶がある。けれど、自覚はなかった。
「ダイアスがあなたの魂を呼んだのです。そばに置き過ぎたようです。けれどここしかおけませんからね。用心させます」
「なんで、お前? 」
 城はこの塔から離れている。
「ここへ来て初めての夜ですから。なにかあるだろうと、近くに。それに隠し通路の扉が開くと、我々にわかるようになっているんですよ」
「……どうやって? 」
「そういう仕組みです」
 ヨールは手を握ると、血の出たシズの指をくわえて舐めた。シズに寒気が走った。そして指からゆっくりと口を離すと微笑を浮かべた。
「これが神の愛した血の味ですか」
 その微笑は不安になる甘さ。シズはヨールを押しのけると、距離をとった。
「あんたも、イカれてるな」
「そうですか? 自分ではあまりそう思いませんが」
 ヨールは微笑を崩さず、腕を後ろに回す。
「私はただこの国を美しくしたいのです。美しさとはある種の強さです」
 一歩一歩ヨールは靴音を鳴らして、シズの元へくる。
「その美しさとやらのために、神様起こして戦争するっていうのか? 戦争が美しいとでもいうのか? 」
「いえ、あれは悲惨なものです。どちらかと言えば汚いものでしょう」
「へえ、そういう感情はあるんだ」
 シズは鼻で笑う。ヨールは、シズの前すれすれで止まった。雪髪が夜の雪の風で揺れた。ヨールはだが、と続けた。シズの首に手を伸ばす。開けていたネグリジェの首元のボタンに手をかけると、上まできっちり閉めた。シズの息が詰まる。
「汚れないままでは、美しくなれない」
 そして力任せにシズの顎を掴むとさらに自分の顔に近づけた。シズは首を絞められている気分だった。
「まだダイアスを起こされては困ります。不備があってはいけないんです。完璧な日に起こさないと」
 満月の日が完璧な日。
「それにまだ私の妻になってなのですから。先代はダイアスの使い方を間違えたが、私は間違えない。あなたを私のものにし、ダイアスを私の物にする。今度こそ、インデッセの物にする」
 シズはヨールの手を叩き払う。
「好きでもない奴と結婚とか、てめぇにプライドはねぇのか」
「国が私のプライドだ」
 数秒、シズはヨールを睨むと背を向けた。隠し通路の出口から部屋に戻ろうとする。
「その通路を使って逃げようとしても無駄ですよ。すぐに我々に見つかる」
 シズは返事はしてやらなかった。階段をのぼりながら、ここを下ってきたときのことをシズは考える。あの時間、自分の身体も頭も、自分ではないようだった。身体がかってに動いた。ダイアスに会いに行こうと必死だった。シズはそんなことを望んでいない。
 私はシズ・カンダだ。ルリでもリチでもない。これからこれを、何度も心の中で唱えることになるだろう。私は絶対、私を手放したりはもうしない。シズは強く自分にそう誓った。

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