206 / 241
平和編
最悪だ
しおりを挟む
「それで? カンダを手に入れた神の団とやらは、今夜にでも神を起こせると? 」
シプリンはできる限り飄々と尋ねた。シラーはいや、と答える。まだシズはアベンチュレを出ていないことをシラーはわかっていた。
「早くて再来週じゃないですか? 満月の夜が神を起こすのに条件はいいそうです」
安心できるほど時間はなかった。
「そんなに不満か? インデッセはこの世が」
シプリンは尋ねる。シラーはこの尋問ではじめて、すぐに返事をしなかった。
「恵まれている者だから反しているものを否定できるんですよ」
シラーは冷たく答える。そして抑えていた熱が口を動かした。
「四ヵ国条約もしょせん綺麗事だ。見たくないもの、聞きたくないものを統一しようとしている。悪いものをわかりやすくまとめ見せるのが豊かで和やかと決めつけている。精神的貧富、潜在的精神格差。それを歴史の運命でごまかされてきた。綺麗事でごまかされてきたんだ」
感情的になってきたシラーにシプリンはなぜか安心した。素直にすべて喋られる気よりずっと話やすかった。シラーが言う通り、四ヵ国条約は良くも悪くもであることはシプリンも理解はしていた。結果として、インデッセの民の生活の糧を奪った。四国が足並みをそろえるために、インデッセを貧しくさせた。未来の事を考えて百年前の人間がそうした。けれど、歴史が創り上げてきた規則や技術、思想が役立たずになる未来もあるということだ。それをシラーに見せられている気がシプリンにはした。
「綺麗は平和の基準だ。満たそうとしなければ湧き水もでない。湧き水でも必要さ」
「平和に価値はあるのか? 」
その質問をシプリンに投げかけたときのシラーの瞳には、あふれるばかりの生気に満ちていた。この男はこの問いを何度も何度も自らにしてきたのだろう。そして未だに答えを受け入れるつもりもなく、スパイとして身を削ってきたのだ。
「価値を付けるのよ。それに平和がタダだったことは、今まで一秒だってなかった。退屈も平和も高級品。痛風になっておかしくなってから、それを平和のせいにする。幸福を飼い慣らさないとみじめになる。それだけだ」
社会がいくら発展しても、人間はいつだって思考に技術が追い付かない。いつまでたっても「終わり」の反対は「つづく」ということだ。
「こんなことをいうのもあれだが、神さんを信じるのは勝手にすればいい」
シプリンがそんなことをいいだし、ハクエンはぎょっとし、口を出した。
「おい、シプリン」
「いいんだ。こいつはもうここから出られない。私の可愛い部下をこともあろうか、銃で殺そうとしたんだからな。言わせて。神が悪いんじゃない。信仰が悪いんじゃない。思い通りいかないことに神頼みを利用するんじゃないって言ってるのよ。神様使ったって、人殺しは人殺しよ。あなたたちが感じているのは神の心ではなく、人間の心よ。それともあなた、本当に神様のためだと? 」
「……神の為じゃない。名誉のためだ」
シラーの声が変わった。
「名誉? 」
シプリンが問う。
「この世で身を亡ぼす要因は何だと思いますか? 」
問いを問いで返してきたシラーに、シプリンは黙ったままだった。シラーは泣きそうな顔で答えを教えた。
「優しさですよ」
シラーは死んだ父を思い描く。シズが生まれた日の父の失態を拭う為に、シラーは今までやってきた。父の名誉を取り返す為に、自分の仕事を遂行した。もう自分の役割は終わりだ。シズを身ごもっていたイーリスを逃がした父を散々に言ってきた奴らを見返したかった。父が逃がした人間を自分が捕まえる、考えによってはそれは皮肉なのかもしれない。シラーは正直、戦争はどうでもよかった。大事なのは、血のプライドだった。
俯いて黙ったシラーからハクエンはセッシサンに目配せをする。セッシサンは尋問室を出る。するとそこにはバライトがいた。
「やっぱりいましたか、九局長」
「銃の事で脅してきたか? ユオ・オーピメンを機密手配人にしないように」
「さすが。お見通しで。もしかして廊下まで声が漏れてました? あははっ」
セッシサンがおどけてみるが、それはなんの慰めにもならない。
「インデッセはあれを再来週には目覚めさせることができるそうです。次の満月の夜に」
「思ったより時間があるな」
バライトは次の満月が何日かすぐには出てこなかった。
「頼もしい。これから作戦会議、というより知恵の出し合いをしようと思うんですが。極秘なんで、八局棟の中で。来ます? 」
「うちがいなきゃ話にならないだろう。うちは極秘のプロだ」
バライトが鼻を鳴らす。
「そうですね。そんなプロの九局さんから見て現状はどうですか? 」
セッシサンが煙草を咥えながらバライトに尋ねる。するとバライトは突然高笑いをはじめた。セッシサンは驚き、マッチを落としそうになった。バライトはひとしきり笑うと真顔になって答えた。
「最悪だ」
シプリンはできる限り飄々と尋ねた。シラーはいや、と答える。まだシズはアベンチュレを出ていないことをシラーはわかっていた。
「早くて再来週じゃないですか? 満月の夜が神を起こすのに条件はいいそうです」
安心できるほど時間はなかった。
「そんなに不満か? インデッセはこの世が」
シプリンは尋ねる。シラーはこの尋問ではじめて、すぐに返事をしなかった。
「恵まれている者だから反しているものを否定できるんですよ」
シラーは冷たく答える。そして抑えていた熱が口を動かした。
「四ヵ国条約もしょせん綺麗事だ。見たくないもの、聞きたくないものを統一しようとしている。悪いものをわかりやすくまとめ見せるのが豊かで和やかと決めつけている。精神的貧富、潜在的精神格差。それを歴史の運命でごまかされてきた。綺麗事でごまかされてきたんだ」
感情的になってきたシラーにシプリンはなぜか安心した。素直にすべて喋られる気よりずっと話やすかった。シラーが言う通り、四ヵ国条約は良くも悪くもであることはシプリンも理解はしていた。結果として、インデッセの民の生活の糧を奪った。四国が足並みをそろえるために、インデッセを貧しくさせた。未来の事を考えて百年前の人間がそうした。けれど、歴史が創り上げてきた規則や技術、思想が役立たずになる未来もあるということだ。それをシラーに見せられている気がシプリンにはした。
「綺麗は平和の基準だ。満たそうとしなければ湧き水もでない。湧き水でも必要さ」
「平和に価値はあるのか? 」
その質問をシプリンに投げかけたときのシラーの瞳には、あふれるばかりの生気に満ちていた。この男はこの問いを何度も何度も自らにしてきたのだろう。そして未だに答えを受け入れるつもりもなく、スパイとして身を削ってきたのだ。
「価値を付けるのよ。それに平和がタダだったことは、今まで一秒だってなかった。退屈も平和も高級品。痛風になっておかしくなってから、それを平和のせいにする。幸福を飼い慣らさないとみじめになる。それだけだ」
社会がいくら発展しても、人間はいつだって思考に技術が追い付かない。いつまでたっても「終わり」の反対は「つづく」ということだ。
「こんなことをいうのもあれだが、神さんを信じるのは勝手にすればいい」
シプリンがそんなことをいいだし、ハクエンはぎょっとし、口を出した。
「おい、シプリン」
「いいんだ。こいつはもうここから出られない。私の可愛い部下をこともあろうか、銃で殺そうとしたんだからな。言わせて。神が悪いんじゃない。信仰が悪いんじゃない。思い通りいかないことに神頼みを利用するんじゃないって言ってるのよ。神様使ったって、人殺しは人殺しよ。あなたたちが感じているのは神の心ではなく、人間の心よ。それともあなた、本当に神様のためだと? 」
「……神の為じゃない。名誉のためだ」
シラーの声が変わった。
「名誉? 」
シプリンが問う。
「この世で身を亡ぼす要因は何だと思いますか? 」
問いを問いで返してきたシラーに、シプリンは黙ったままだった。シラーは泣きそうな顔で答えを教えた。
「優しさですよ」
シラーは死んだ父を思い描く。シズが生まれた日の父の失態を拭う為に、シラーは今までやってきた。父の名誉を取り返す為に、自分の仕事を遂行した。もう自分の役割は終わりだ。シズを身ごもっていたイーリスを逃がした父を散々に言ってきた奴らを見返したかった。父が逃がした人間を自分が捕まえる、考えによってはそれは皮肉なのかもしれない。シラーは正直、戦争はどうでもよかった。大事なのは、血のプライドだった。
俯いて黙ったシラーからハクエンはセッシサンに目配せをする。セッシサンは尋問室を出る。するとそこにはバライトがいた。
「やっぱりいましたか、九局長」
「銃の事で脅してきたか? ユオ・オーピメンを機密手配人にしないように」
「さすが。お見通しで。もしかして廊下まで声が漏れてました? あははっ」
セッシサンがおどけてみるが、それはなんの慰めにもならない。
「インデッセはあれを再来週には目覚めさせることができるそうです。次の満月の夜に」
「思ったより時間があるな」
バライトは次の満月が何日かすぐには出てこなかった。
「頼もしい。これから作戦会議、というより知恵の出し合いをしようと思うんですが。極秘なんで、八局棟の中で。来ます? 」
「うちがいなきゃ話にならないだろう。うちは極秘のプロだ」
バライトが鼻を鳴らす。
「そうですね。そんなプロの九局さんから見て現状はどうですか? 」
セッシサンが煙草を咥えながらバライトに尋ねる。するとバライトは突然高笑いをはじめた。セッシサンは驚き、マッチを落としそうになった。バライトはひとしきり笑うと真顔になって答えた。
「最悪だ」
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜
シュガーコクーン
ファンタジー
女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。
その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!
「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。
素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯
旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」
現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる