【完結】ヤンキー少女、異世界で異世界人の正体隠す

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平和編

長い話の終わりに見た夢と心配

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へい‐わ【平和】
①やすらかにやわらぐこと。
おだやかで変りのないこと。
「―な心」「―な家庭」
②戦争がなくて世が安穏であること。
「世界の―」
――――『広辞苑 第六版』より

 シズが屋上に行くとカケルがいた。フェンスにもたれて文庫本を読んでる。シズは座っているカケルを覆うように立つ。
「なに読んでんだ? 」
 カケルは私に目をやったがすぐに文庫本に落とした。
「ミシマユキオ」
「知らん人だ」
「あ、そう」
 カケルは時々、本を読む。ひとり静かな場所を捜して読む。これ以上邪魔しちゃ悪いかと、屋上を出ようとシズはカケルに背を向ける。
「別にどっか行かなくてもいーぜ」
 カケルに呼び止められ、再びカケルを見る。文庫から顔を上げないまま変なことを聞いてきた。
「お前生まれ変わりって信じる? 」
「なんだよ。変な宗教にでも入ったのか? 」
 茶化しながらカケルの元にもどると隣に座った。
「今、そういう所読んでるから」
「カケルは信じるのか?」
「どっちつかずだな。静は? 」
 カケルは私にもう一度聞いた。
「どっちでもいいよ。前世があろーが、なかろーが。あったとしても覚えてないからどうしよもうねぇし」
「お前らしいな」
 カケルは笑って、そこで栞を挟んだ。
「面談なんて? 」
「進路希望にビートルズって書いたら怒られた」
 正確には書き間違えてビールズと書いたんだけど。
「そりゃそうだろ。静、お前そう言えばビートルズのメンバーひとりでも知ってんのか? 」
「一人分かる」
「誰だよ」
「コロンブス」
「なんでだよ」
「……ごめん、知ってるんだけど。あれなんだよ、あれだ」
「どれだよ」
「徳川家康じゃないのは確かだ」
「はあ? 」
「江戸時代よりあとだろ? それは知ってる」
「なんの話だよ」
「江戸時代って二百年あったんだって」
「ビートルズの話どこいったんだよ」
「二百年の間戦争なかったんだって。それって超凄いんだって」
「どーでもいいけどよ。戦争がなかったって言ってもずっと平和だったわけじゃねぇだろ」
「え? 」
「大塩平八郎の乱とか天草四郎のやつとか。なんか色々あるだろ」
「あ! 思い出した! リンゴ・スター! 」
「お前マジでふざけんなよ」


 シズが目を開ければまだ夜だった。まだ海の上だった。毛布を避けるとゆっくりと起き上がった。明り取りの窓からそそぐ月光と星明かりがこの部屋の唯一の明りだった。反対側のベッドでカーネスが背を向けて眠っている。
 カーネスが長い話を終えた後、少しの沈黙があった。シズは生まれ変わりということだけをぼんやりと考えていた。前にカケルと話したからだろう。夢にまで見てしまった。沈黙を先に破ったのはカーネスで、カーネスは私を睨んで言った。
「だから僕は君の存在が気に食わない。君がスイド家に産まれていなければとも思うが、そうでなかったらミトスもいない。けど、今ミトスが今までどんな思いで生きてきたか、向こうの世界でどうやって生きてるかと想像するとお前を殺したくなる。けど、殺せない。俺にはお前を殺せない。だからこそ気に食わない」
カーネスは シズが生きているのを憎んでいる。複雑に憎んでいる。けれど生きているのは仕方がない。、なんて言い返すことはしなかった。正直「神の血」が、自分に流れているとか言われてもやはり、シズはどこかおとぎ話だった。けど、もうそんなことでは許されないと分かっている。許されないほど人と思惑が動いている。
ラリマが撃たれた。銃で。あの銃はカルセドニー工場で製造されていた奴で間違いないだろう。部品ではなく、完成品として、シラーは持っていて、使った。
「ああ、疲れた……」
 思わずシズは独り言をつぶやく。とにかく自分の身をどうにかすることを考えなければならない。港に着いたら隙をついて一か八か逃げるか? いや、「神の団」がやろうとしていることをもっと知りたい。そしてアベンチュレに持ち帰る。シズは体力を温存しようと毛布を頭までかぶって再び寝ようとし目を閉じる。すると血を流し倒れるラリマの姿が脳裏によみがえり飛び起きた。頭を抱える。あの時もっと自分が動けていれば、とシズに後悔がよぎる。もう眠れそうにない。
 シズはベッドから降りると、柔軟体操を始めた。だらけたツケが回ってきている。見張りが固いであろうインデッセから逃げるなら、鍛えておかなければいけないとシズは思った。正直前世のこととか他人事だけれど、もしこれから何か良くないことが起きるなら、それはもう他人事にはできない。どうにかしないといけない。きっとそのダイアスというのは自分にしかどうにかできないと、シズは覚悟している。神を起こしたくないし、ほっとくにしてもそれでいいのか。今は全然分からない。あれだ、虎穴に入らざれば虎子を得ずって奴だった。
 柔軟をしても腹筋、腕立てをいくらしてもラリマのことがシズの頭からいなくなることはなかった。城の誰かが、シラーの正体を見破ってくれただろうか。ラリマは大丈夫だろうか。大丈夫じゃなかったら、困る。泣き崩れるウェルネルさんの姿を今でも、シズは鮮明に思い出せる。あの銃で人が死んではいけない。

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