【完結】ヤンキー少女、異世界で異世界人の正体隠す

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過去編

城の人々と、ミトスの運命

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〔ミトスとシズが入れ替わる四か月前〕

 貿易会社の男と挨拶をしてから約三週間後、インデッセの王ヨールが叔母と一緒に店に訪問することになった。
「ヨール王の叔母にあたる、ジェーダ様はね比較的よく来られるの。ジェーダ様はね、刺繍の名手って呼ばれているの。作品集も出されていらっしゃるくらいなのよ。けれどヨール王までくるなんて。あの美しい雪髪の美青年を近くで見られるなんて、まあ、大変よ! 」
 店の奥さんはヨール王の訪問が決まってから何日経っても興奮をおさめることができなかった。ミトスはヨール王の訪問が貿易会社の男と関係がある気がしてならなかった。「神の団」とインデッセ王が関係がミトスすれば、インデッセの王がアベンチュレの国民局にスパイを潜りこませていることになる。アベンチュレだけではない、オードにもベグテクタにも。ずっと求めていた目的と接近できる。ミトスにとってそれは幸運だった。


「インデッセにくるのは嫌がってますか……。やっぱり。え?ああ、彼はインデッセが嫌いという噂を聞いていたんで。ベグテクタならいい?どれくらいベグテクタに?一か月か一か月半?一か月ですか……。少し考えます。俺の名前は言わないで。はい」
 深夜、ミトスは店の寮を抜け出し、昼間の女の姿とは似ても似つかないだらしがない男の恰好で、酒場の電話から話していた。受話器を置くと考える。時間がない。任務をほったらかしてベグテクタへ行くか。気持ちが傾いたが、ミトスにはアンドラ王子への忠誠心があった。「神の団」がヨール王の指示のもと動いているのか。それは絶対に突き止めなければいけない。どうするか。ミトスはポケットから銀貨を出す。それを上へあげる。コイントス。手の甲で受け止めると、手のひらで押さえる。
「表」
 手を避けると裏だった。それをミトスはそっと表に返す。まだ自分が知らないどうにかなる方法があるんじゃないか。メトと出会い、ミトスはそんな望みを薄く持つようになっていた。

 ヨール王と叔母のジェーダが群れのような付き人を連れて、店へやってきた。奥さんは縫子達に朝から何度も何度も、身だしなみの注意をした。ジェーダがいつも訪問する時のように、姿を見せてもいつものように作業をして欲しいとのお達しだった。けれど、それは無理な話でヨール王が姿を見せた途端、皆が作業をとめ、王を直視しないが舞い上がる空気が沸き立ち、そわそわした。
「仕事の邪魔をして申し訳ない。けれど自国の生産品について王として勉強しないといけないので、邪魔をするよ」
 そうヨール王が微笑めば、女子達は顔を赤らめた。ミトスも俯いて、それらしくする。ヨール王は部屋を回り、時々縫子に話しかけた。その王のそばを離れない男がいた。シメント色の髪を後ろに束ねている。顔は細面で、狐のような雰囲気だった。ヨール王はその男を「カバンサ」と呼んだ。ミトスはそのカバンサという男が何かひっかった。言葉でうまく説明できないが、「異物感」があった。二人がミトスのそばで立ち止まる。ミトスも刺繍をする手を止めた。
「青い小鳥の刺繍だね。とても上手だ」
 ミトスは少し王を見ると、申し訳なさそうに俯いた。奥さんが飛んで来る。
「申し訳ありません、ヨール王。パイラは病気で喋られないんです」
 奥さんが、ミトスが無礼ではないことを説明した。ヨールは少し驚き、ミトスに謝った。
「それはすまない。パイラさん、あなたの刺繍をもっとよく見せていただけないか? 」
 ミトスは戸惑いを見せ、遠慮がちにそっと刺繍をヨール王に渡した。ヨール王は優しい微笑みでそれを眺め、褒めた。
「私はこの刺繍がとても好きだよ」
 ミトスはここでヨール王の顔をやっとちゃんと見た。そして微笑む。妖艶過ぎてはならない。恥じらいを漂わせつつ、シャボン玉のような色香を飛ばす。あどけなさ過ぎない可憐さ。そういう仕草と微笑をミトスは息を吸うようにすることができた。人前に出るときは神経を指の先まで研ぎ澄まし続けている。相手を魅了するために一秒たりとも無駄にしない。ヨール王の瞳が少し揺れる。
「ありがとう」
 ヨール王は刺繍をミトスへ返す。
「君の出身は? 」
「アベンチュレです」
 奥さんが張り切って応える。
「そうかい。インデッセを楽しんで。それでは」
 ヨール王はミトスから離れていった。
 次の行動は早かった。ヨール王が店を訪問した二日後、店は休みでミトスは本屋へ出かけその帰り、ミトスの横に車が停まった。窓が開く。カバンサだった。
「悪いけれど、車に乗ってくれませんか?お話があります」
 丁寧だけれど威圧感がある口調であった。ミトスはちゃんと困ったような表情を見せて、ゆっくりと頷いた。
 車に乗ると、カバンサは前置きなしに口を開いた。
「王があなたのことを気に入ったようです。なので、これから時々王のお相手をお願いしたい」
 さすがのミトスも内心驚いた。そして素直に驚いた仕草をし、考えた。目的は何だ。あまりにも簡単に近づき過ぎている。スパイであることがばれた可能性もある。喋る必要がないため、ミトスは冷静に相手を探ることができた。
「悪いですが、素性は調べさせてもらいました。養子だそうで」
 パイラの戸籍は実在する。本物のパイラは病死している。パイラは養子に出されており、養母もパイラが亡くなる数日前に事故死していた。パイラは自宅療養をしていたため、顔をあまり知られていなかった。パイラの死んだ事を隠し、それをミトスの身代わりとして利用していた。
「本当の家族について何か知っている事は? 」
 頷くべきかどうか迷い、ただ不思議そうに数度、ミトスは瞬きをした。質問の意図をもう少し引き出したかった。
「例えば、双子でミトスか」
 双子。ミトスは相手が「ミトス・スイド」の存在を知っていることを直感した。それは、自分がスパイであることを暴こうとじわじわせめてきているのか、それとも「スイド家」が避けていた「インデッセの人間」としてなのか。ミトスは賭けに出た。頷いた。その瞬間、カバンサは目を見開き、そして微笑を浮かべた。ねっとりと、不気味な微笑であった。ミトスはカバンサがただの城人ではないことを察した。
「我々の目を盗み、養子に出すとはスイド家の人間は恐ろしい」
 我々。スイド家。ミトスは欲が出た。鞄からメモと鉛筆を出し書くと、カバンサに見せた。
【スイド家? 】
 なぜ自分達の家族に興味があったのか。
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