191 / 241
過去編
城の人々と、ミトスの運命
しおりを挟む〔ミトスとシズが入れ替わる半年前〕
「城人の制服? 」
隠れ家のアパートにやってきたプライトは驚いた。
「やっぱり無理ですよね、忘れてください」
ミトスは自分の発言を取り消し、申し訳なさそうに笑った。アンドラ王子に欲はないのかと聞かれた夜からふと、ミトスは考えてみた。そして思い付いたのが、城人の制服だった。正直城人にはなりたくなかったから制服に執着はない。最悪を想定したときに、それを着用したいと思った。
「それはスパイ活動でいるのか? 」
「いや、個人的に着てみたかっただけです。すいません、冗談みたいなものですから、忘れてください。それで、今日はチケットを?」
ミトスは無理矢理話を終わらした。
「ああ、これだ。あと新しいパスポート」
「ありがとうございます」
いつものように茶封筒を受け取る。出発は明後日だ。メト王女に会うのは今夜だ。当分は会えないだろう。いや、永遠かもしれない。半年後、ミトスは十八歳になる。死ぬ前には彼女に会いたいなとミトスは望んでいた。
「制服のことだが、考えておく」
プライトはミトスの願いをなかったことにしなかった。
「難しいと思うが」
「ありがとうございます、プライトさん」
条約を裏切っているのに変に律儀な人だとミトスは思った。人間らしいと言った方がいいかもしれない。プライトが去った後、ミトスはまたウヴァロに電話をかけた。
「まだ現れないですか……。俺、ちょっとインデッセの方へ行っちゃうんで、はい。また連絡します」
期待がつのっているのになかなかうまくいかない。ミトスは求めるように、彼女に会う夜に出かけた。
「そろそろミトスのこと何か知りたいわ」
メトはいつものようにねだった。ミトスはいつものように駄目だと言おうとした。けれど、今夜でもしかしたら最後かもしれないというのが頭を過った。コーネスともまだ会えない。
「俺の故郷には金の海があります」
唐突に故郷について語り出したミトスにメトは目を見開いた。驚いたが、口を挟まず、黙って耳を傾けた。
「小麦畑のことです。実った小麦が太陽の光に輝き、風に揺られると、息を飲むほど美しいんです。俺は小麦畑より美しいものがこの世にないと思っています。俺はずっとその小麦畑と共に暮らしたかった」
ミトスの頭の中が金の海で埋め尽くされる。
「スパイなんてしたくないんですよ」
メトは堪らず、ミトスを抱きしめた。そこでミトスははっとした。
「勘違いさせてしまいました。王子もこの国も恨んではいません。故郷でずっと暮らせないのはスパイになる前から分かっていました」
ミトスはメトの肩に手を置くと自分から離す。メトの目には涙が浮かんでいた。
「あなたを責めてしまいました。ごめんなさい」
メトは首を振る。
「弱くてごめんなさい、泣いたりなんかして……」
ミトスはメトの涙を指で拭う。
「俺は自分の運命をさがしに、スパイになったんです」
「それはどういう意味? 」
ミトスは微笑んだ。
「次に会いに来た時にお話しします。それまでお元気で」
さよならを言うにはミトスはまだ、未来に希望を持っていた。
昨夜のメトとの別れの余韻を胸に鳴らしたまま、ミトスは女装の恰好をして、ペタ駅にいた。
「鉄道員の人、今年もボーナスカットだって。今朝の新聞に載ってた」
「ええ? 社長の息子の代になってから、なんだか景気がよくないわね」
「ボンクラ息子よ、給料安くなったらますます人手不足よ。お金は大事ようねぇ」
「ねぇ、あははははっ」
ミトスの隣を談笑に夢中な奥様方が通り過ぎる。ミトスはチケットの準備をしようとポケットに手を入れると肩を叩かれた。振り向けばプライトだった。
「喋らなくていい」
プライトは小声で言った。女装をしている時は、喋れない設定だった。
「パスポートに不備があった。悪いが交換してくれ」
ミトスは頷き、コートの内ポケットからパスポートを出し、素早く入れ替えた。
「プライト局長? 」
プライトは驚き、ゆっくりと振り向いた。そこには、セドニがいた。セドニはプライトとミトスを交互に見る。
「セドニ、なんで? 」
「私は今日から出張で」
「あ、そうだったな」
「局長は? 」
「ああ、俺は」
プライトはミトスを横目で見る。
「姪の見送りに。インデッセに留学するんだ」
「そうですか……」
「ああ、お前も気を付けろよ」
「はい、失礼します」
ストムのれていく背中を見ながら、ミトスはプライトに目をやる。
「大丈夫だ。気にするな。お前も気を付けろ」
ミトスは頷くとホームへ向かう。ミトスがセドニに会ったのはそれが最初で最後だった。
インデッセでミトスは、刺繍の専門店で見習いとして入った。インデッセでは刺繍が有名で、国外から刺繍の腕を身につけようと幾人もその店にやってきた。そして、その店でできた刺繍が施された商品を輸出する仕事を請け負っているベグテクタの貿易会社の社員に「神の団」の一味が潜りこんでいることも分かっていた。その男は月に一回、この店に来る。
「そういえば、新しい子が入ったんだよ。背の高い、美人さ。あんなたにも紹介するよ。パイラ! こっちへおいで」
店の奥さんがミトスを呼んだ。「パイラ」はミトスの女装の時の偽名だ。ミトスは作業を止めると、奥さんの所へ行く。
「この子がパイラさ。病気で口がきけないが、筋のいい子だよ」
ミトスは訓練で得た恥じらいを持った女の笑みを貿易会社の男に浮かべた。さて、どうやって探りをいれようかと考えていると、男の瞳が一瞬揺れ、明らかに、ミトスの顔を見て驚いた。そしてその驚きを一瞬で飲み込んだ。奥さんはその一瞬に気づきもしなかったが、ミトスは逃さなかった。自分の顔を見て、驚いた。ということは、自分の顔を知っているということだ。もしかしたら、両親達が嫌悪していたのはインデッセではなく、「神の団」だとすれば。この憶測が真実だとすれば、ミトスがスパイになったのは運命以外の何物でもない。ミトスは「神の団」の男の顔を見つめながら、恐怖と快感が入り混じった奇妙な興奮を抑えきれないでいた。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる