【完結】ヤンキー少女、異世界で異世界人の正体隠す

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過去編

城の人々と、ミトスの運命

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〔九十七期生の悲劇から一年と半年後〕

 九十七期生の悲劇から生き残ったミトスは、一年半、スパイとしての訓練を受けた。普通なら三年かかるという訓練な内容を半分の期間で終わらせた。迅速に、というデリダ王子の指示もあったが、ミトス自身三年もかけられなかった。ミトスは十六歳になっていた。十八まで、あと二年も残っていなかった。

 あなたはきっと、十八歳で死んでしまう。

 ミトスは母のイーリスが、十歳の時に自分に告げたその言葉を毎日のように繰り返していた。そして、当たり前のように信じている自分がいた。だからこそ、青少年学校に入学を決め、スイド家を出る時に、家具をすべて地下に運び込んだ。そして家の管理を、ルビオ家とバナジス家に任せた。次に人を住まわせるには、家具をそのまま使ってもいいが、嫌がる人もいるだろう。処分するにも気が引けるだろうから、というミトスの考えだった。
「後ろ姿は女にしか見えないよ」
 王都から離れた町のアパートの一室を拠点としてミトスに与えられていた。ミトスはドアに背を向けコーサへ行く支度をしていた。そこに訪れるのは、いつもひとりだけだった。七局長のコッパー・プライト。
「見た目は変えた方がいいと思って」
 ミトスの黒髪は、腰までの長さになっていた。
「けど、喉仏がやっぱり目立ちますからね。首が隠れる工夫をしないと。あと声も。だから女装する時は喋れない設定にしようかと。身長は、どうしようもないですけどねぇ」
「背の高い女性は近頃多いから、そこまで気にしないだろう。君は男とは思えないほどに華奢だからね。はい、これを」
 プライトからミトスは封筒を受け取った。中にはパスポートと特急列車のチケットが入っていた。パスポートはもちろん偽造だ。
「五日後、出発だ。王子が君の顔が見たいそうだから三日後に城へ」
「承知しました」
「じゃあ、気を付けて。出発までのんびりしておくれ」
 帽子をかぶると、プライトは部屋を出て行く。窓からプライトが出て行くのを確認すると、ミトスもすぐに部屋を出た。


 フェナ、ヘミモル村。
 スイド家の裏にある、使われていない井戸にミトスは飛び込み、地下までの隠し通路を辿る。入口の板を外すと、埃が舞う。咳き込みながら、ミトスは立ち上がった。埃臭い湿ったその地下はたちまちミトスを懐かしくさせた。ランプで辺りを照らしながら、家具を覆っていた布をはずした。おもちゃを振り回して傷をつけてイーリスに怒られた、本棚。テオが張り切って塗り直したが色ムラが激しい、水色のテーブル。スタウロが誕生日にとミトスに作ってくれた椅子。そして、コーネスが使っていたベッド。本棚に詰められた本もそのままだった。
コーネスが出て行ったあと、ミトスはそれをすべて読んだ。それらを見渡し、ミトスは我慢出来なくて涙を流した。声はけして出さなかった。さめざめと静かに泣いた。死んでしまうのが怖いかどうか、ミトスは分からなかった。けれど、寂しいのは事実だった。周りの人間がいなくなったのも、生きているのに死んでいる事になっているのも。ルバのように逃げる事もできたが、自分であの「悲劇」の夜に決めたのだ。自分の運命をさがす。そしてなにより、コーネスにもう一度会いたかった。
 ミトスはペンキとハケを見つけた。衝動だった。ペンキは半分固まっていたけれど、無理矢理つけて、殴り書きした。

【俺は生きている】

 自分で書いた文字を見て、ミトスは笑った。それを見て、自分は自分が思っている以上に死にたくないのかもしれないと思った。ミトスは自分の叫びを家具で隠し、布で覆った。地下を元通りにすると、また生家に別れを告げた。


 アベンチュレ城。
 ミトスは髪をひとつにまとめると服の下に隠した。城は月光に照らされ、ひっそりと夜の底に沈んでいる。ミトスは上にワイヤーを飛ばす。引っ掛かったのを確認すると上へ素早く登り始めた。三分とかからず、目的のバルコニーへ付くと窓をノックする。反応がない。もう一度ノックをして部屋の中に入った。
 するとそこには王子ではなく、メト王女の姿があった。メトは見知らぬ男の姿に怯え、震えた。
「だ、誰、」
 メトが人を呼ぼうとし、ミトスは慌ててメトの背後に周り口を塞いだ。ミトスの手の中で、メトは悲鳴を出したが、その声はミトス以外に届かなかった。ミトスはメトの耳元で囁く。
「あなたに危害をくわえるつもりはありません。私はあなたのお兄様に雇われています。あなたが騒ぐと、お兄様は悪い立場になる。もう二度と私はあなたの前に姿を見せません。だからどうか、今夜の事は夢を見たと思って忘れてください。怖がらせてごめんなさい」
 ミトスはそっとメトの口から手を離した。そして風のごとく外へ出ると、バルコニーから姿を消した。メトはしばらく茫然とし、我に返ってバルコニーを出た。けれどそこにはただ、夜があるだけだった。本当に夢だったのかもしれない。メトは瞬く間に消えたミトスをそう信じそうになった時、バルコニーの隅で月明かりに反射して光るそれを見つけた。
「太陽の、ブローチ……」

 ミトスは反省しながら、窓をノックする。
「どうぞ」
 アンドラ王子の声が聞こえ、中に入る。
「よくきたね、部屋は間違えなかったかい? 」
 ミトスは焦ることなく、微笑んだ。
「はい」
 王子にも平気で嘘が吐ける。そんな自分が恐ろしくも何もなかった。生きる方法と、コーネスを見つけよう。そのためにこの王子に利用されよう。そうミトスは思った。
 そしてミトスがイーリスの形見を落としたことに気が付くのはもう少し経ってからだった。
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