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過去編
スイド家の人々と、とりまく未来
しおりを挟む「くそっ! やっぱり来られねぇって! 」
強く受話器を置いたダイオが頭を掻きむしる。
ミトスが十二歳になった秋のこと。その日はここ数十年で誰も見たこともない悪天候で、大雨、強風で物は飛び、窓ガラスが割れた家もあった。外の視界はほぼ見えないと同然だった。
「そうか」
スタウロは顔を険しくする。
「イーリスの熱は? 」
「今測ってる」
イーリスが早朝、急に熱を出し倒れた。異常なほどの高熱で、家にあった薬はなんの効果も見せなかった。
ダイオは窓の外を眺めて落ち着くどころか、荒れていく一方の天候に苛立つ。
「ダイオ! 」
温度計を持って戻ってきたスタウロの表情は青ざめていた。
「四十一度もある……」
「はあ? 」
もはやイーリスは普通の風邪ではなかった。医者にすぐに見せなければならないが、村唯一の医者は昨日出かけ、この悪天候でヤナギ村に戻って来られていなかった。ダイオがルル村の医者に電話をしたが、状況は一緒でスイド家まで来られるはずはなかった。
ダイオは覚悟を決めた。
「兄貴、ルル村まで行こう。俺が運転する」
スタウロが目を見張る。
「お前、正気か? 」
「狂ってるよ、たぶん」
「だろうな。こんな前も見えない外で運転するなんて、」
「けどこのままだったら、イーリスは死んじまうかもしれないんだろう! そんなんで正気でいる方がおかしいだろーが! 」
スタウロは弟の気迫にぐっと黙った。
「行こう、兄貴」
スタウロは目をつぶり、重く頷いた。
「すまん、ダイオ……」
「謝るなら、車のローン払ってくれなかったこと謝れよ。結局自分で完済したんだぜ」
「お前なぁ」
ダイオはできるだけ明るく笑って兄の肩を叩いた。
「バナジスさんの家に電話するよ」
イーリスの風邪がうつると危ないからと、ミトスはバナジス家に今朝早く、預けられていた。
「あんた達、この天気の中で車を走らせるのかい? 」
電話の向こうでミーアは発狂した。
「イーリスが危ないんだ。行くしかない」
ミーアはそれでもね……と零す。
「熱が四十度超えてるんだ。待ってるだけはもう無理だ」
ミーアは黙り息を吐いた。
「……そうかい。分かった。死ぬ気で気を付けるんだよ」
ミーアは強く念を押した。
「ミトスのことはまかせときな。一か月だってあずかるから」
「助かるよ。ミトス近くにいる?」
「ああ、とってもいい子だよ。ミトス、おいで。ダイオからだ」
ミーアがミトスを呼び、電話を代わった。
「ダイオおじさん? お母さん大丈夫? 」
「これからおじさんが病院に連れていく。悪いが、いい子で待っててくれよ」
「いいよ。待ってあげる」
ダイオが笑う。
「逞しくなって」
スタウロがダイオの肩を叩いく。ダイオは受話器を渡した。
「もしもし」
「お父さん? 」
「ああ、悪いなミトス。母さんが治ったらお前が食べたいものなんでも父さんが作るよ。なにがいい? 」
「フライドチキンとオムレツ」
「そうだと思った。わかった。楽しみにしとけよ。何日か待たせるだろうけど、父さん迎えに行くからな」
「うん」
「じゃあな」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
「はい、ルルの入ったクッキーよ。一袋ずつあるから、ミトスにもあげて」
「はーい」
ミーアからルルの入った大きなクッキーを受け取ると、レアーメはミトスの所に行き、青いリボンのついた袋の方を差し出した。
「はい、ミトス。四枚も入ってるよ」
「ありがとう」
クッキーを受け取ろうとすると手が滑り、床に落ちた。
「あ、ごめん! 」
「いいよ」
ミトスはクッキーを拾った。
「割れちゃった。私のと代えるよ」
「ううん。いいよ。全部割れてないし。ほら、一枚だけ綺麗なままだ」
「本当だ。ふふ」
二人は一枚の幸運を見て笑った。ミトスはふいに玄関の方を振り返った。
そのドアからスイド家の人々がミトスを迎えに来る日は、来なかった。
「ルリ様にあまりにも似すぎている」
ひとりの男が丸いテーブルの上に、ミトスの写真を投げた。
「インデッセに嫁いできたときのルリ様と瓜二つ」
当時のマヤの望み通り、ベグテクタにあるマヤの写真や肖像画はカルサの指示で燃やし、ラズにも頼んでいた。それでもペンタゴンが動き、そのいくつかは神の団が秘密裏に管理していた。
「やはり裏返されていたか。シラーめ、甘い情を出すからだ。我が子を早死にさせたい親はいないなど、理由にならない。とりつかえしのつかんことをしてしまいましたね」
「処罰いたしますか ?」
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「やってみないと分からない。なにせ、『コイン』も『うらがえし』もありえない話ではないか。ありえないことにありえないことが起こることを望んでもいいのではないか? 」
「諦めるにはまだ早いか……」
「カーネスを機密手配人にしましょう。ミトス・スイドはどうしましょうか? 囲いますか? 」
「いや、コーネスが現れるとしたら、ミトスのところに行く可能性が高いでしょう。そのまま過ごさせて、いままでどおり目だけを光らせておきましょう。くれぐれも、死なせることのないように」
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