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過去編

スイド家の人々と、とりまく未来

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 L字型のソファの短い方に、アタカマとコーネスが座る。そして長い方にアタカマに近い方から、ターコイ、ベリル、イーリスが座った。キッチンから椅子を二脚持ってきて、スタウロとダイオが座る。ベリルが淹れた紅茶をアタカマは一口飲む。コーネスはオレンジジュースを貰って、少しずつ飲んだ。
「ヘマさんについて、出生についてご存知ですか? 」
 ターコイはベリルを見る。

「ベグテクタで生まれたと。そしてアベンチュレに嫁いで、結婚し戦争で夫、私からすると祖父を亡くしたと……。細かいことまではちょっと……。昔話をあまりしない人だったから」
「できなかったんだと思います」
「それはどういう意味で?」
 ベリルが恐る恐る尋ねる。
「私の先代はエピドー・カーネスといいます。エピドーは遊び人と共に旅をしていました。そこであなたの祖母と出会いました」
「じゃあ、妻の祖母は遊び人だったってことかい? 」
 ターコイの問いにアタカマは頷いた。ベリルは息を漏らした。
「だから言えなかったのね……」
 遊び人の差別は今でもまだ残っている。ターコイはベリルを慰めるように背中を撫でた。
「ベグテクタで生まれたのは事実です。しかし結婚をして嫁いだのはアベンチュレではなく、インデッセです」
 ベリルはえっと漏らす。
「なぜ」
 スタウロが口を開く。
「あなたが言っていることが事実だとしてなぜ、曾祖母は母に嘘を? 」
「とても複雑なのです。ヘマさんは三回名前を変えています」
「三回も? 」
 イーリスが思わず零す。
「二度目は結婚で。ヘマの前は、マヤ」
 空気が凍る。コーネスだけその理由が分からなかった。
「結婚で名前が変わるって、王族だけだろ?」
 ダイオは震えながら強めの口調で言った。

「ええ。インデッセのスピネ王の妻で、インデッセの王妃でした。元はベグテクタの王の娘、リチ。オードの大火で死んだことになっていますが、生き残っていたのです。それがヘマ・スイドです」
 ターコイが頭を抱える。
「その、証拠はあるんですか? 」
 ターコイが尋ねる。アタカマは正直に首を振った。
「ありません。けれどインデッセの人間は知っています。スイドの人々がルリ王妃の子孫であることを。ずっとあなた達を見守っています。そして、戦後から百年を跨ぐであろう女の子を待っているのです」
 アタカマはイーリスを見る。イーリスは思わずお腹を守るように腕で包んだ。
「何を言ってるんだ、あんた! 」
 スタウロが詰め寄る。
「奥さんのお腹の子が女の子であれば、連れ去られる可能性があるということです」
「意味わかんねぇよ」
 ダイオが声を荒げる。アタカマはそれでも冷静に続けた。
「証拠はありません。けどそれが事実です」
「もしかして母が女の子を産むなって言っていたのはそういうことかしら……」
 ベリルはルコの忠告を思い出す。
「何か知っていたのかもしれませんね。他には何か? 」
 ベリルは首を振った。
「こんな話信じるなよ、母さん」
 ダイオは苛立っていた。
「けど、なぜ女の子限定なんです? 」
 ベリルは質問する。
「母さん!」
 ダイオが咎める。
「だって、気になるじゃない」
「ここからはもっと、信じて貰えない話になります」
 アタカマは前置きをする。
「ベリルさんの祖父にあたる人物がすべての引き金です」
「祖父は何者なんです? 」
 ベリルは恐る恐る尋ねる。ダイオ達もアタカマの話が信じられない心持であったが、聞かずにはいられなかった。
「名は、ダイアス」
「ダイアス? 」
 ターコイがぎこちなく、繰り返した。
「オードの大火を起こした神の名前です。あなたたちスイド家には神の血が流れているんです」
 ダイオが立ち上がると椅子が倒れた。その音に皆が驚いた瞬間、ダイオはアタカマの襟首を掴む。
「なんなんだよ、お前! うちの家に何か恨みがあるのかよ! そんなめちゃくちゃな話して、怖がらせて! イーリスと兄貴はやっと子どもができたんだぞ! それに難癖つけやがってよ!! 何が気に入らないんだよ! 」
「おい、ダイオやめろ!」
 スタウロが間に入り、アタカマからダイオを引きはがした。
「信じて頂けないのは分かっています。それでも私はずっと、このことをあなた達に伝えるために生きてきたのです」
 アタカマはそこまで喋ると咳き込んだ。重い咳だった。アタカマは口を押える。コーネスは素早くアタカマのズボンのポケットを漁り、薬を出す。アタカマは口から手を離すと薬を受け取った。その手のひらには血が付いていた。
「母さん、水!」
 ターコイが叫ぶ。ベリルは慌てて水を持ってきた。アタカマは薬を流し込む。そして落ち着くと謝った。
「すいません。もうずっとこんな調子で、先が長くないんです」
「そんな、」
 ターコイは絶句し、コーネスを見た。
「この子はどうするんだい? 」
「金は預けています。六歳ですから、どうにか生きていけるでしょう。私もスラムで生きて、七歳でこの力を引き継ぎそれで生きてきました」
「この力? 」
 ターコイの問いにアタカマは「コイン」と「うらがえし」について説明した。ダイオは鼻で笑った。
「本当に何しにきたんだよ、あんた。親父と親交してたのも今までの説明だと、スイド家の人間だからだろう? 」
「……すいません」
 アタカマは謝った。
「エピドーの妻はオードの大火で死にました。神の血を引く女は神を蘇らせる力があると、インデッセの一部の人間は信じています。それを阻止するために、私の代まであなた達のことを引き継いできたのです」
 ルリの生まれ変わりになるということをアタカマは説明しなかった。これ以上非現実なことを言えば、火に油を注ぐだけだと分かっていた。できるだけ端的の説明で説得をするしかなかった。
「じゃあ、もし、イーリスが女の子を産んだらお前のそのうらがえしっていう力で、男の子にするってわけか? 」
 ダイオの言葉にはもう、アタカマに対する嫌悪がこれみよがしに滲み出ていた。
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