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過去編
スイド家の人々と、とりまく未来
しおりを挟むアベンチュレ、ペタ駅にアタカマはコーネスを連れて着いた。アタカマはコーネスに「コイン」について、アルマからペタに向かう列車の中で説明した。自分が死んだらその力がコーネスに引き継がれ、コーネスの手のひらの痣が消え、髪色がネイビーに変わることも。コーネスはアタカマに嘘だと非難することはなかった。けれど納得しているようでもなかった。コーネスはあまり喋らなかった。アタカマがコーネスの知っていることは名前と、六歳だということ。母親が娼婦で死んだこと。父親は顔さえしらないこと。それぐらいだった。アタカマはコーネスにできるだけおいしいものを食べさせ、上等なものではないが、綺麗な服も買ってやった。それでもコーネスは喜ばなかった。ただ、喜びを表現するのが下手なのかもしれないとアタカマは思った。
マッカに着いたら連絡をくれ。サクラからそう言われていた。アタカマは改札近くの公衆電話から電話をかけた。コーネスはアタカマの足元にしゃがんでいた。少し疲れたようだった。
「もしもし」
電話の向こうから聞こえたのはサクラではない知らない男の声だった。少し不思議に思ったがアタカマは名乗った。
「私はアタカマといいます。サクラ先生に代わっていただけますか?」
「やっとかけてきたな、アタカマ・カーネス。待ちくたびれましたよ」
アタカマは嫌な予感がした。いや、嫌な確信だった。
「お前誰だ? 先生は? 」
「危害は加えていない」
少し雑音が入ってから「アタカマ」と呼ぶサクラの声が聞こえた。
「先生、大丈夫ですか?」
「すまん。お前がオードに行くことを話してしまった。こいつら『コイン』のことを知っている。お前から連絡が来るまで待ち伏せされていた」
サクラがひとつ嘘を吐いてくれたことにアタカマは感謝した。また雑音が入り、元の男の声が聞こえた。
「大丈夫。この電話を終えたら帰ります。我々はずっと、『うらがえし』を捜していたんです」
しらばっくれる選択肢は選べなかった。サクラが相手の傍にいる。
「どこでコインを知った? 」
「随分と前に。私達の先代が元遊び人から聞いたのですよ」
アタカマのいくつか前の代、スイド家のことについて歴代のうらがえしに使命を与えた張本人ヴィゴモ・カーネス。彼が遊び人と共に旅をしていたことはアタカマも勿論知っていた。
「戦後、遊び人は子どもの将来を考え多くを養子に出した。そのなかにアンダという少女がいましてね。その子は子供ができ、孫もできた。そしダイオとぎ話として『コイン』の話をしていたそうです。そしてもうひとつ、ヘマという女性とという男性の話を」
アタカマは息を飲む。コーネスは険しくなるアタカマの顔をただ黙って見上げていた。
「ヘマという女性は、インデッセの王妃だった、ルリ。それを隠し、ヘマとして神の子を宿した。そう、エピドーとルリ様が話していたのを、少女だったアンダはこっそり聞いていたそうです。その話を家族は祖母の夢物語と笑ったそうですが」
「この時代に神という言葉を口にするのは思いますが? 」
アタカマは強がって、軽口を叩く。そして彼らがルリ「様」と呼ぶのに引っかかった。
「そしてルリ様の子孫が現代にいることも知っています。その子孫に神を呼ぶ力をあることも」
「インデッセの王族は暇なのですか? こんなちまちましたことまでして時代遅れの神に固執して」
アタカマは葉っぱをかけた。ルリを敬愛して呼ぶ。インデッセの人間であることを確信した。けれど電話の相手は相手にしなかった。
「あなたがルリ様の子孫をうらがえそうとしているのは知っています。そして今、子供を連れていることも。私達はルリ様の子孫が住んでいる所も知っています。あなたに邪魔はさせません」
アタカマはコーネスに目をやる。コーネスはずっとアタカマを見ていた。
「それでは。またいずれ会うでしょう」
「会うつもりはない。それとも先生たちを人質にとるか? 」
「そんなことはしませんよ。アンダの家族達が信じなかったように、コインもうらがえしの話も誰も信じません。神の話もね」
電話は切れた。アタカマも受話器を置く。コーネスを連れているのもバレている。アタカマ自身の風貌もバレている。しかし、スイド家に行かないという選択肢はアタカマにはなかった。残りの命をカーネスの使命に捧ぐと決めていた。もうそれはずっとアタカマの精神に刷り込まれたもので拭いようがなかった。アタカマはコーネスを立たせる。
「これから少しつらくさせる。辛抱してくれ」
コーネスは何かを察して、ゆっくりと頷いた。
アタカマは大きなトランクを引きずって、スイド家の前に辿りついた。小汚いズボンに革ののブーツ。シャツにベスト。腰にはベルト。羽の付いたツバ付きの帽子。まるで狩人のような恰好だった。
アタカマはスイド家のドアをノックする。するとターコイが出てきた。ターコイはアタカマを見ると不信がった。
「どちらさまで? 」
「ターコイさん、アタカマ・カーネスです」
ターコイは驚いた。以前会った時とあまりにも容貌が違うため、一瞬信じられなかったが声に懐かしさがあった。
「え? 髪の色が」
「かつらです」
アタカマは腰までの長さの黒髪のかつらを後ろで結っていた。
「詳しく話したいので家の中に入れてくれませんか? 」
「あ、ああ。入ってくれ」
トランクを引きずり、アタカマはスイド家の中にはいる。外に人の気配はなかった。アタカマはかつらを脱いだ。部屋にはスイド家の人々が集まっていた。
「あんたがカーネスさんか!会いたかったぜ。俺は次男のダイオだ」
ダイオがにこやかに寄ってきて握手を求める。
「ああ」
アタカマはぎこちなくダイオと握手した。
「アタカマ、右から妻のベリル。そして長男のスタウロ。その妻のイーリスだ」
それぞれが挨拶をする。アタカマはイーリスの膨らんだお腹に目がいく。アタカマはすべダイオスイド家の人々に話すつもりでいた。
「アタカマ、どうした浮かない顔をして。それにその似合わない恰好も」
「似合わないって、あなた失礼よ」
ベリルは夫の肩を叩く。
「いや、だって」
トントン。音が鳴った。皆、音の元をさがす。もう一度トントンと鳴る。それがトランクの中からするのに気づく。
「ああ、すまない」
アタカマはトランクを開ける。するとそこから、コーネスが出てきた。ベリルが悲鳴を上げる。
「息子の、コーネスです」
アタカマは息子と紹介するのに一瞬ためらった。
「な、なんでトランクの中なんかに! なにやってんだ、あんた!! 」
ダイオが怒って、アタカマに問い詰める。
「追われています。そして私達は、あなた方スイド家の敵です」
「敵? 」
スタウロが眉を顰める。
「私の先代はあなたの、ひいおばあ様と関わりがあります。ヘマ・スイド、でお名前間違いありませんよね? 」
「ヘマおばあちゃんと? 」
ベリルは口を押える。アタカマは神妙な面持ちで頼んだ。
「私の話を聞いてもらえますか? 」
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