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過去編
スイド家の人々と、とりまく未来
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「はい、到着ですよ」
バナジス家が経営する宿の前に、ダイオは車を止める。フェナの中心地まで宿泊客を迎えに行く仕事もダイオは時々引き受けた。客が宿に入ると、ミーア・バナジスが出てきた。ミーアは妊娠していた。
「ダイオ、いつもありがとう。これ賃金」
「こちらこそ、いつも仕事貰ってありがたいよ」
ダイオは封筒に厚みを感じた。
「いつもより多くない? 」
「たまにはね。大切なご贔屓さんですから。とっておいて」
「ありがとう、助かるよ。また何か手伝えることがあったら言って。けど、そのお腹でまだ働いてて大丈夫か? もう予定日再来月だろう? 」
「じっとしているのもよくないからね。イーリスちゃんももうすぐでしょう? 」
「モルダばあちゃんが言うには来月中旬までには出てくるってさ」
「身体、大事ね」
「そっちもね。張り切って働き過ぎるなよ。生まれたらうちの子と仲良く遊ばせよーぜ」
ダイオは宿を後にすると、途中ステアを連れたモルダと会った。二人の横に停まると、ダイオは窓から顔を出す。
「孫とお散歩かい?」
「ダイオおじさん!」
幼いステアがはしゃぐ。
「まだおじさんじゃない!! 」
「二歳から見れば、三十一歳はおじさんだろうよ」
モルダが真顔で真実を突きつける。
「そりゃそうか。ちぇっ」
「あんたもそろそろいい人いないのかね? 」
「ふん! モテすぎてね! 困って決められないの! 」
「何の話だね。あたしはいい嫁がいないのかと聞いたんだよ」
モルダが真顔で問う。ダイオはムキになって言い返す。
「だから、俺が結婚できない理由だよ! ヘミモル村ではちゃらんぽらんのリーゼントでも、外ではけっこうイケイケなおじさんなの! 分かる?! 」
「おじさんなんだから落ち着きなさいよ」
「いーの!人生楽しくて、人助けもそれなりにして、俺はそれでいーの! 」
ステアが真似をして、「いーの!」と両手をあげて飛び跳ねた。
「まあ、そんなことより、イーリスのことよろしくな。もうすぐだから」
「分かってる。これでもイケイケの産婆だよ」
モルダは真顔で言う。
「ばあちゃん、俺の前では結構冗談言うよね」
「あたしは冗談なんてつまらんものは言わん」
「……そうかい」
インデッセ、月海付近の小さな港町。すこしいりくんだ所に古びた診療所がある。
「あと三か月。それだけもてば上等だな」
医者のサクラはカルテを眺めながら、不精髭を撫ぜる。伸ばしぱなしの黒髪はカチューシャで前髪が落ちてこないようにしていた。四十の男がカチューシャなんざ、恥ずかしいはずだが、サクラはそういう見てくれを気にしない男だった。
「そうか」
あっさりと余命宣告をされたアタカマは、同じようにあっさりと呟いた。濃いネイビーの髪は短く切っている。
「じゃあそろそろ出てくれなきゃな。とりあえず、アベンチュレに向かう。娘が妊娠したらしい。会いに行く手紙も出さないといけない」
「じゃあ連れて行きな」
アタカマは訝しんだ。
「先生をかい? 」
「俺は行かねぇよ。カミーテラ! 連れてきてくれ」
サクラは診療所の唯一の看護師、カミーテラを呼んだ。栗色の髪を後ろでまとめ、垂れ目の小柄な女性だ。黒ぶちの眼鏡をかけている。カミーテラは少年を奥から連れて来た。三白眼で少年はアタカマを睨み、警戒心を露わにしている。
「娼婦の子どもだ。母親は先週ここで死んだ。連れていきな」
「……どういうことだ? 」
「左手、見てみな」
サクラは顎でコーネスを指す。アタカマははっとして、少年に近づくとしゃがんだ。
「君、左のてのひらを見せてくれないか?」
少年は警戒したが、素直に左手を広げて見せた。そこには灰色のあざがあった。アタカマは目を見開き、少年の瞳をしっかりと捕えた。
「私の名はアタカマ・カーネスという。君の名前は?」
黒髪の少年は聞こえるのがやっとの声でアタカマに名前を教えた。
「コーネス」
「あ、カーネスさんから」
イーリスはターコイに届いた絵葉書の差出人を見て呟いた。大きくなったお腹を撫でる。ポストから帰り、玄関のドアを開ける。
「よいしょ」
妊婦になってからイーリスはなんの動作をするにしても、力がいった。
「お義父さん、カーネスさんからお手紙です」
いつものようにターコイはソファで雑誌を読んでいる。
「おお、ありがとう。イーリスはよく働くね」
「そんなことないですよ。じっとできないだけです」
「退屈だしね。けど気を付けてね」
ベリルがイーリスに椅子にかけるように言って、テーブルにお茶を出した。そしてイーリスの向かいに座る。
「はい、ありがとうございます」
「女の子かしらね? 男の子かしら? まあ、どちらでも嬉しいけど」
ベリルがふふっと幸せの笑みを零す。イーリスは微笑んだ。スタウロと結婚して五年。やっと授かった子だった。イーリスはこの五年、時に自分を責めて落ち込んだ。そのたびにスタウロは、
「子がいるのが当たり前でもないし、いないのも当たり前じゃないよ。できるようにしかならないさ。イーリスは家事もしてくれるし、俺が張り切って家事をやって下手くそでもありがとうって言ってくれるだろう?励ましてもくれるし、慰めてくれるし、怒ってもくれる。俺はそれも当たり前だって思ってないからね。だから当たり前って色んなことを思わないようにしよう。当たり前って思い込むとうまくいかなかった時に辛くなってしまうからね。あまり考え込まないで」
とイーリスを諭した。スタウロは今では料理がうまくなった。
「母さん、近いうちにアタカマがこっちに来るらしい」
ターコイがソファからテーブルの方へ来ると、アタカマからの絵葉書をベリルに渡す。
「あら、はじめてじゃない? 」
「ついでがあるから顔を見に来るそうだ」
イーリスも身を乗り出してアタカマの絵葉書を見た。
「私、会ってみたかったの。どんな人かしら」
イーリスは客人を楽しみにした。
バナジス家が経営する宿の前に、ダイオは車を止める。フェナの中心地まで宿泊客を迎えに行く仕事もダイオは時々引き受けた。客が宿に入ると、ミーア・バナジスが出てきた。ミーアは妊娠していた。
「ダイオ、いつもありがとう。これ賃金」
「こちらこそ、いつも仕事貰ってありがたいよ」
ダイオは封筒に厚みを感じた。
「いつもより多くない? 」
「たまにはね。大切なご贔屓さんですから。とっておいて」
「ありがとう、助かるよ。また何か手伝えることがあったら言って。けど、そのお腹でまだ働いてて大丈夫か? もう予定日再来月だろう? 」
「じっとしているのもよくないからね。イーリスちゃんももうすぐでしょう? 」
「モルダばあちゃんが言うには来月中旬までには出てくるってさ」
「身体、大事ね」
「そっちもね。張り切って働き過ぎるなよ。生まれたらうちの子と仲良く遊ばせよーぜ」
ダイオは宿を後にすると、途中ステアを連れたモルダと会った。二人の横に停まると、ダイオは窓から顔を出す。
「孫とお散歩かい?」
「ダイオおじさん!」
幼いステアがはしゃぐ。
「まだおじさんじゃない!! 」
「二歳から見れば、三十一歳はおじさんだろうよ」
モルダが真顔で真実を突きつける。
「そりゃそうか。ちぇっ」
「あんたもそろそろいい人いないのかね? 」
「ふん! モテすぎてね! 困って決められないの! 」
「何の話だね。あたしはいい嫁がいないのかと聞いたんだよ」
モルダが真顔で問う。ダイオはムキになって言い返す。
「だから、俺が結婚できない理由だよ! ヘミモル村ではちゃらんぽらんのリーゼントでも、外ではけっこうイケイケなおじさんなの! 分かる?! 」
「おじさんなんだから落ち着きなさいよ」
「いーの!人生楽しくて、人助けもそれなりにして、俺はそれでいーの! 」
ステアが真似をして、「いーの!」と両手をあげて飛び跳ねた。
「まあ、そんなことより、イーリスのことよろしくな。もうすぐだから」
「分かってる。これでもイケイケの産婆だよ」
モルダは真顔で言う。
「ばあちゃん、俺の前では結構冗談言うよね」
「あたしは冗談なんてつまらんものは言わん」
「……そうかい」
インデッセ、月海付近の小さな港町。すこしいりくんだ所に古びた診療所がある。
「あと三か月。それだけもてば上等だな」
医者のサクラはカルテを眺めながら、不精髭を撫ぜる。伸ばしぱなしの黒髪はカチューシャで前髪が落ちてこないようにしていた。四十の男がカチューシャなんざ、恥ずかしいはずだが、サクラはそういう見てくれを気にしない男だった。
「そうか」
あっさりと余命宣告をされたアタカマは、同じようにあっさりと呟いた。濃いネイビーの髪は短く切っている。
「じゃあそろそろ出てくれなきゃな。とりあえず、アベンチュレに向かう。娘が妊娠したらしい。会いに行く手紙も出さないといけない」
「じゃあ連れて行きな」
アタカマは訝しんだ。
「先生をかい? 」
「俺は行かねぇよ。カミーテラ! 連れてきてくれ」
サクラは診療所の唯一の看護師、カミーテラを呼んだ。栗色の髪を後ろでまとめ、垂れ目の小柄な女性だ。黒ぶちの眼鏡をかけている。カミーテラは少年を奥から連れて来た。三白眼で少年はアタカマを睨み、警戒心を露わにしている。
「娼婦の子どもだ。母親は先週ここで死んだ。連れていきな」
「……どういうことだ? 」
「左手、見てみな」
サクラは顎でコーネスを指す。アタカマははっとして、少年に近づくとしゃがんだ。
「君、左のてのひらを見せてくれないか?」
少年は警戒したが、素直に左手を広げて見せた。そこには灰色のあざがあった。アタカマは目を見開き、少年の瞳をしっかりと捕えた。
「私の名はアタカマ・カーネスという。君の名前は?」
黒髪の少年は聞こえるのがやっとの声でアタカマに名前を教えた。
「コーネス」
「あ、カーネスさんから」
イーリスはターコイに届いた絵葉書の差出人を見て呟いた。大きくなったお腹を撫でる。ポストから帰り、玄関のドアを開ける。
「よいしょ」
妊婦になってからイーリスはなんの動作をするにしても、力がいった。
「お義父さん、カーネスさんからお手紙です」
いつものようにターコイはソファで雑誌を読んでいる。
「おお、ありがとう。イーリスはよく働くね」
「そんなことないですよ。じっとできないだけです」
「退屈だしね。けど気を付けてね」
ベリルがイーリスに椅子にかけるように言って、テーブルにお茶を出した。そしてイーリスの向かいに座る。
「はい、ありがとうございます」
「女の子かしらね? 男の子かしら? まあ、どちらでも嬉しいけど」
ベリルがふふっと幸せの笑みを零す。イーリスは微笑んだ。スタウロと結婚して五年。やっと授かった子だった。イーリスはこの五年、時に自分を責めて落ち込んだ。そのたびにスタウロは、
「子がいるのが当たり前でもないし、いないのも当たり前じゃないよ。できるようにしかならないさ。イーリスは家事もしてくれるし、俺が張り切って家事をやって下手くそでもありがとうって言ってくれるだろう?励ましてもくれるし、慰めてくれるし、怒ってもくれる。俺はそれも当たり前だって思ってないからね。だから当たり前って色んなことを思わないようにしよう。当たり前って思い込むとうまくいかなかった時に辛くなってしまうからね。あまり考え込まないで」
とイーリスを諭した。スタウロは今では料理がうまくなった。
「母さん、近いうちにアタカマがこっちに来るらしい」
ターコイがソファからテーブルの方へ来ると、アタカマからの絵葉書をベリルに渡す。
「あら、はじめてじゃない? 」
「ついでがあるから顔を見に来るそうだ」
イーリスも身を乗り出してアタカマの絵葉書を見た。
「私、会ってみたかったの。どんな人かしら」
イーリスは客人を楽しみにした。
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