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過去編
スイド家の人々と、とりまく未来
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「ばあちゃんには悪いと思うけど、生きてる人間は金がいるんだ。生きてるもん勝ちだよ。説教は天国で受けるさ」
ダイオはそうおちゃらける。
「お前母さんに似てるな」
「え? 」
「ほら、母さん昔、ひいばあちゃんの日記読もうとしダイオばあちゃんにめっちゃ怒られたってよく話してただろう?だから死んだら読んでやるって。けど捜しても見つからないってさ。本に混じってなかったか?」
「中身よく見ずに箱詰めしたからな。古書店の人にも手伝ってもらったし。あったら気づくと思うけど」
「じゃあ、地下にでもあるかな」
「かもな」
ダイオはポストを開ける。絵葉書が一枚届いていた。差出人の名前は「アタカマ・カーネス」だった。
「親父の友達からだ」
「ああ、カーネスさん?旅人の」
ふたりの父、ターコイはスイド家の婿養子だった。小麦の収穫がひと段落すると妻のベリルと旅行に出かける。昔は家族旅行もしていた。ここ数年は一人旅もするようになり、その最中に出会ったのが、アタカマ・カーネスという旅人だった。
「オードにいるらしいぜ、いいな」
ふたりは家の中に入る。ダイオはソファでくつろぐターコイに絵葉書を渡した。ターコイは年齢の割に白髪はなく、ダイオと同じブルネットの髪をしていた。
「ただいま。カーネスさんから」
「おお!ありがとう」
ターコイは読んでいた雑誌を置いて、絵葉書を読む。
「今度はオードに行っているのか……」
父のつぶやきを背にダイオは二階に上がる。スタウロはキッチンでクッキーを作っている母親に告げた。
「やっぱり本売ったのダイオだった。農具を買う金のためだってさ」
ベリルは生地を混ぜる手を止め振り向く。黒髪のボブで毛先に毎月パーマをあてにいく。そしてカチューシャを毎日忘れずにつける。エプロンはレースが付いたふりふりだ。
「あらまあ、そういうこと。やるわね。それで日記あった? 」
ベリルは息子の勝手な行動を咎めなかった。
「分からないってさ。けどおばあちゃん恨んで出るんじゃないか? 遺言破ったんだから」
「そうね。我が親ながら色々うるさい人だったからね。ほら、お父さんに届くカーネスさんからの手紙を凄く嫌がってたじゃない。勝手に捨てたこともあったし。あと、お父さんと結婚した時も、女は絶対産むなってしつこかったし。それで結果、男がふたり。きっと魔術をかけたのよ。あの人」
「魔術って」
ダイオは苦笑いをする。
「けどなんであれだけ男にあることに固執したのかしら。あのヘマおばあちゃんの日記も、時々読み返しててね。見せて言っても見せてくれなくて。ある日こっそり見ようとしたら頬を叩かれたわ。あれが最初で最後。それから指一本触れてない」
その話はスタウロもダイオも何度も何度も聞いた。
「忌々しい日記とも言っていたし。それならいっそう捨てればいいじゃないって私いったのよ。そしたらそんな簡単な話じゃないって、怒られて。死ぬ間際に捨てる選択をしたみたいだけど」
ルコは先月死んだ。心臓を悪くし、発作を起こしそう時間がかからずに眠りについた。発作を起こした時に、たまたまベリルがそばにいた。ルコはベリルに支えられながら言った。
(棚の、本をすべて捨てなさい。あの、日記も、必ず)
「苦しいともがくより先に死んだ後の指示をすぐ出したのよ。瞬時に自分の死を悟ったの。冷静よね。我が親ながらあっぱれだわ」
「なにが書いてあったんだろうな」
「ヘマばあちゃんの恋じゃないかしら。ほら、ひいおじいちゃんって戦死したから誰も知らないし」
「確かにおばあちゃんの恋物語を孫には見せたくなかったのかもな」
「兄貴―」
階段からダイオに呼ばれスタウロはキッチンを後にする。
「どうした? 」
階段をちょうど降りたダイオは親指で玄関のドアを指した。
「イーリスが来るぜ。二階の窓から見えた。出てやれよ」
スタウロは何とも言えない顔をした。チャイムが鳴る。ダイオはスタウロの背中を押す。スタウロは玄関のドアを開けた。
そこには黒髪を後ろにまとめた女の子がいた。スタウロの顔を見て少し戸惑い目を逸らし、顔を赤らめた。
「こんにちは。イーリス」
「こ、こんにちは」
イーリスの声は小さい。
「どうしたんだい? 」
スタウロは優しく尋ねる。イーリスは紙袋を差し出した。
「ルルのお裾分けを貰ったので、よかったら」
「ありがとう。ちょうど母がクッキーを作っているからよかったよ」
スタウロの微笑みにイーリスは頬を押え、俯いた。
「なら、良かったです。お邪魔しました! 」
イーリスは逃げるように帰って行った。ダイオが口笛を吹く。スタウロはドアを閉めながら眉間に皺を寄せた。
「からかうな」
「村中知ってるぜ、イーリスが兄貴が好きなの」
イーリスは父親がおらず、母親と共に日用雑貨屋をしていた。ベリルに頼まれ食パンを買いに行っていたスタウロをイーリスは好きになってしまったのだった。
「だから可哀想だろう。みんなにからかわれて。まだイーリスは十五歳だぞ」
「近所の優しいお兄さんに初恋。すごくいいじゃない?」
「おい」
「からかい過ぎたね、お兄ちゃん。はいこれ、ルコばあちゃんの」
ダイオはスタウロに本を売った金が入った封筒を渡した。予想より厚みが太くスタウロは驚いた。
「けどまあ、イーリスはいい子だからいいと思うけどね。いいお嫁さんんいなるよ」
「馬鹿言うな。十以上離れているんだぞ」
「けど何が起こるか分からないよ? 」
「イーリスと結婚することはないよ。もししたら、お前の車のローン全部払ってやるよ」
「残りのローンの支払いよろしくね、お兄さま」
五年後。スタウロとイーリスはスイド家の庭で結婚式をした。イーリスは村の人々に囲まれている。少し離れたところでそれを見守っていたスタウロのそばにリーゼントのダイオはそっと来ると五年前の約束を果たせと催促にきた。
「何の話だよ」
スタウロははぐらかす。ダイオは持っていたグラスを上げると、声を出した。
「皆さん、ここらでもういっちょ、乾杯しましょう!せっかくめでたい日なので沢山乾杯して、ガンガンうまい酒をのみましょう!」
客がどっと笑う。スタウロは呆れながら、イーリスは照れながら夫婦は目を合わし、笑いあった。ダイオが高く上げたグラスに太陽の光に輝く。
「幸せな未来に乾杯!」
ダイオはそうおちゃらける。
「お前母さんに似てるな」
「え? 」
「ほら、母さん昔、ひいばあちゃんの日記読もうとしダイオばあちゃんにめっちゃ怒られたってよく話してただろう?だから死んだら読んでやるって。けど捜しても見つからないってさ。本に混じってなかったか?」
「中身よく見ずに箱詰めしたからな。古書店の人にも手伝ってもらったし。あったら気づくと思うけど」
「じゃあ、地下にでもあるかな」
「かもな」
ダイオはポストを開ける。絵葉書が一枚届いていた。差出人の名前は「アタカマ・カーネス」だった。
「親父の友達からだ」
「ああ、カーネスさん?旅人の」
ふたりの父、ターコイはスイド家の婿養子だった。小麦の収穫がひと段落すると妻のベリルと旅行に出かける。昔は家族旅行もしていた。ここ数年は一人旅もするようになり、その最中に出会ったのが、アタカマ・カーネスという旅人だった。
「オードにいるらしいぜ、いいな」
ふたりは家の中に入る。ダイオはソファでくつろぐターコイに絵葉書を渡した。ターコイは年齢の割に白髪はなく、ダイオと同じブルネットの髪をしていた。
「ただいま。カーネスさんから」
「おお!ありがとう」
ターコイは読んでいた雑誌を置いて、絵葉書を読む。
「今度はオードに行っているのか……」
父のつぶやきを背にダイオは二階に上がる。スタウロはキッチンでクッキーを作っている母親に告げた。
「やっぱり本売ったのダイオだった。農具を買う金のためだってさ」
ベリルは生地を混ぜる手を止め振り向く。黒髪のボブで毛先に毎月パーマをあてにいく。そしてカチューシャを毎日忘れずにつける。エプロンはレースが付いたふりふりだ。
「あらまあ、そういうこと。やるわね。それで日記あった? 」
ベリルは息子の勝手な行動を咎めなかった。
「分からないってさ。けどおばあちゃん恨んで出るんじゃないか? 遺言破ったんだから」
「そうね。我が親ながら色々うるさい人だったからね。ほら、お父さんに届くカーネスさんからの手紙を凄く嫌がってたじゃない。勝手に捨てたこともあったし。あと、お父さんと結婚した時も、女は絶対産むなってしつこかったし。それで結果、男がふたり。きっと魔術をかけたのよ。あの人」
「魔術って」
ダイオは苦笑いをする。
「けどなんであれだけ男にあることに固執したのかしら。あのヘマおばあちゃんの日記も、時々読み返しててね。見せて言っても見せてくれなくて。ある日こっそり見ようとしたら頬を叩かれたわ。あれが最初で最後。それから指一本触れてない」
その話はスタウロもダイオも何度も何度も聞いた。
「忌々しい日記とも言っていたし。それならいっそう捨てればいいじゃないって私いったのよ。そしたらそんな簡単な話じゃないって、怒られて。死ぬ間際に捨てる選択をしたみたいだけど」
ルコは先月死んだ。心臓を悪くし、発作を起こしそう時間がかからずに眠りについた。発作を起こした時に、たまたまベリルがそばにいた。ルコはベリルに支えられながら言った。
(棚の、本をすべて捨てなさい。あの、日記も、必ず)
「苦しいともがくより先に死んだ後の指示をすぐ出したのよ。瞬時に自分の死を悟ったの。冷静よね。我が親ながらあっぱれだわ」
「なにが書いてあったんだろうな」
「ヘマばあちゃんの恋じゃないかしら。ほら、ひいおじいちゃんって戦死したから誰も知らないし」
「確かにおばあちゃんの恋物語を孫には見せたくなかったのかもな」
「兄貴―」
階段からダイオに呼ばれスタウロはキッチンを後にする。
「どうした? 」
階段をちょうど降りたダイオは親指で玄関のドアを指した。
「イーリスが来るぜ。二階の窓から見えた。出てやれよ」
スタウロは何とも言えない顔をした。チャイムが鳴る。ダイオはスタウロの背中を押す。スタウロは玄関のドアを開けた。
そこには黒髪を後ろにまとめた女の子がいた。スタウロの顔を見て少し戸惑い目を逸らし、顔を赤らめた。
「こんにちは。イーリス」
「こ、こんにちは」
イーリスの声は小さい。
「どうしたんだい? 」
スタウロは優しく尋ねる。イーリスは紙袋を差し出した。
「ルルのお裾分けを貰ったので、よかったら」
「ありがとう。ちょうど母がクッキーを作っているからよかったよ」
スタウロの微笑みにイーリスは頬を押え、俯いた。
「なら、良かったです。お邪魔しました! 」
イーリスは逃げるように帰って行った。ダイオが口笛を吹く。スタウロはドアを閉めながら眉間に皺を寄せた。
「からかうな」
「村中知ってるぜ、イーリスが兄貴が好きなの」
イーリスは父親がおらず、母親と共に日用雑貨屋をしていた。ベリルに頼まれ食パンを買いに行っていたスタウロをイーリスは好きになってしまったのだった。
「だから可哀想だろう。みんなにからかわれて。まだイーリスは十五歳だぞ」
「近所の優しいお兄さんに初恋。すごくいいじゃない?」
「おい」
「からかい過ぎたね、お兄ちゃん。はいこれ、ルコばあちゃんの」
ダイオはスタウロに本を売った金が入った封筒を渡した。予想より厚みが太くスタウロは驚いた。
「けどまあ、イーリスはいい子だからいいと思うけどね。いいお嫁さんんいなるよ」
「馬鹿言うな。十以上離れているんだぞ」
「けど何が起こるか分からないよ? 」
「イーリスと結婚することはないよ。もししたら、お前の車のローン全部払ってやるよ」
「残りのローンの支払いよろしくね、お兄さま」
五年後。スタウロとイーリスはスイド家の庭で結婚式をした。イーリスは村の人々に囲まれている。少し離れたところでそれを見守っていたスタウロのそばにリーゼントのダイオはそっと来ると五年前の約束を果たせと催促にきた。
「何の話だよ」
スタウロははぐらかす。ダイオは持っていたグラスを上げると、声を出した。
「皆さん、ここらでもういっちょ、乾杯しましょう!せっかくめでたい日なので沢山乾杯して、ガンガンうまい酒をのみましょう!」
客がどっと笑う。スタウロは呆れながら、イーリスは照れながら夫婦は目を合わし、笑いあった。ダイオが高く上げたグラスに太陽の光に輝く。
「幸せな未来に乾杯!」
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