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過去編

百年の恋、もしくは隠された希望

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 プライドのためになし崩しに始まった戦争は、丸四年でひとつの転機を見せる。ベグテクタ王、オブシディが崩御した。王位は息子のカルサが継いだ。カルサは悲しみに浸り続けることなくすぐに動いた。
「鉱山をオードに御譲りなる、ということですか? 」
 ホーカは呆気にとられた。
「ああ。この戦争をいち早く終わらせるにはオードを黙らせるしかない。鉱山を譲るのが一番だろう。ずっと父にそう掛け合っていた。当然無視されたけれど」
 王の執務室の椅子にかけたカルサは淡々と話した。ホーカはさすがに難色をしめした。
「国民は納得しないでしょう。この戦争にどれだけ犠牲を賭けて、」
「犠牲とは人が死ぬ、ということか?死は犠牲ではない。死は死だ。犠牲という正義めいた言葉を使うからいけない。人が死ぬことに価値をつけるな」
 カルサは珍しく声を荒げた。そして自分を落ち着かせるとゆっくりと口を開く。
「戦争は命をかけた賭けだ。やってみないと結果は分からない。名前を覚えることを諦めるほどの数が死なないと勝てるか分からない馬鹿げた博打だ。その馬鹿な博打に私達はとっくに負けている。戦争は五年目になってもインデッセは神を動かさない。最初のオードの大火の時だけだ。おそらくもうインデッセは神を動かせないのだろう。騙し騙ししてきたようだがもう駄目だ。こっちが降伏するしかもうないんだ」
「カルサ様……」
 カルサは天上を仰ぐ。
「ホーカ。人間は生まれた時から人間ではない。生まれ、生きて、目で、耳で、肌で、感性で世界を受け入れて人間になるのだという。人は世界を飲んで人になる。このままの世界では人間なんてクソだって思ってしまう。安寧な生活をしていても明日は不安なんだ。戦争なんて凄く不安なものなりふり構わずやめた方がいい。それになにより、」
 カルサは哀しく微笑んだ。
「それになにより、人の命より大事なものがあるという王にはなりたくないんだよ」
プライドのためにプライドを捨てる。ホーカは姿勢を正す。


 アベンチュレ城。
「カルサ王が動いたか。オブシディがさっさとくたばればもっと早く終わらせられたろうに」
 夜の執務室でカイアは煙草に火を付けた。
「カイア様、口が過ぎます。それに戦争を止めるのに仲介をするにはアベンチュレの役割でした。それが上手くできなかった我々にぼやく資格はありません」
 ランショは主を咎める。カイアは煙を吐くと喉を鳴らした。
「君はいいね。この国で唯一私を怒ってくれる。いい子だ」
「子どもみたいな甘えたこと言わないでください」
「大人も甘えたいんだよ。例のことカルサ王に伝えたかい? 」
 ランショは少し黙って煙草を咥えたオブシディを見た。国境付近に鉄の鉱山が見つかった。だが正確にはそこはベグテクタの土地であった。鉄は武器の材料になる。オブシディはカルサが戦争を終えるために動くことを知ったときそのことを伝えるようにランショに命令した。まだ戦争はできるぞ、と。ランショはなぜ王が敵に塩を送ることをするのか理解できず聞いた。オブシディは一言、同情だと言った。ランショは命令通りベグテクタにこっそり伝えたが、カルサの答えは変わらなかった。ランショはカイアにそう報告した。
「あとその鉱山をなかったことにして欲しいとおっしゃいました。これ以上戦争への希望を見出さないのように、と。カルサ様は王になるにはだいぶん、大人し過ぎると思いますが」
「だが、人間としてはできている。戦争が終わって幾年かすれば国民からの人望も厚くなるさ。それに終戦後のことを考えると、この情けがベグテクタにとってアベンチュレはいい印象になるだろう? 隣国は揉めやすいものだからね。抑制し過ぎず、報復を受けないように。穏便に行こう」
「ずるいお人ですね」
「ずるいというのは賢いということだろう?」
「褒めたつもりはないですが」
 カイアはランショの冷めた声を無視して続けた。
「私は賢くないさ。これは私の勝手な考えだがこの世に必要のないものなどない。だから、死も戦うことも神も間違いではない。ただ、使い方ややり方が下手なんだ。自ら編み出したものを使いこなせてないんだよ、我々人間は」
「……そうかもしれませんね」
「それでオードはベグテクタの要請を受け入れたのかい? 」
「条件付きで」
「条件? 」
「神を殺すこと」
 カイアは煙草を押しつぶす。
「どこまでも意地が悪いねぇ。それを実行できる可能性は? 」
「ご存知の通り、神はルリ王妃が見つけてきました。ルリ様にとても懐いていたようです。それにオードの大火の日、ルリ様はオード城にいました。そこで神を止めるために犠牲になって、」
「死んだのでは?」
「たぶん。けれどもし神もルリ様も死んでいなければ、可能性はあります」
「そうか。ならランショ手伝ってやれ。この世界のどこかにいるのなら」
「御意」

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