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過去編
百年の恋、もしくは隠された希望
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「ありがとう。一緒に行こう」
ルリはアンダと手を繋ぎ、コチュンを捜しにいった。多分どこかでふてて反省しているだろうからゆっくり捜すことにした。
「コチュンはね、地主さんの息子だったんだって」
アンダがぽつりぽつりと語り始めた。
「だからお金持ちの息子。父親にも溺愛されてた。お母さんはコチュンが生まれてすぐになくなった。けど、コチュンが七歳の時にコチュンは地主の子どもじゃないって分かったの。地主のお父さん、つまりコチュンのおじいさんの子どもだったの」
ルリは絶句した。
「お母さんは実は自殺だったの。コチュンのお父さんはそれからコチュンを愛さなくなった。憎むようになった。そしてある日一緒に出掛けたんだって。コチュンは嬉しかったみたい。けどコチュンはそこで階段に突き飛ばされて放置された」
「それって……」
「お父さんがしたの。その倒れている所をチルルとグーマが拾ったんだ。この話はコチュンがグーマに話してるのを盗み聞きしたの。だから内緒ね」
「分かった」
そう返事をした時、地面が揺れた。そして轟き音が地響きのように響く。ルリ達は思わず地面に倒れ込んだ。
「アンダ! 」
ルリはアンダを抱きしめる。また轟き音が響き、鼓膜が痛くなる。森の木が何本も倒れる。大砲が遠くから打ち込まれている。町の方から警報が聞こえた。
「コチュン! どこ! 」
ルリは叫ぶ。そしてまた爆発音が轟く。土が舞い上がり、木がなし崩しに倒れる。その時悲鳴がルリの耳に届いた。
「ヘマ、あっちだ!」
アンダがルリの腕から抜けると走り出す。ルリも急いで追いかける。木と木の間を駆けていく。大砲が自分にあたるかもしれない恐怖が背中をなぞる。それでも振り返れなかった。
「コチュンいた! 」
アンダが駆け寄る。コチュンは倒れた木のそばに横たわっていた。ルリは駆け寄るとコチュンの右足の上に木が倒れているに気が付いた。ルリは口を押えた。
「ヘマどうしよう、コチュンの足が! 」
コチュンは痛みに呻いている。ルリは木をどかそうと押したり持ち上げたりする。アンダも同じようにするが、木はびくともしない。また大砲が撃ち込まれてくる。近くだった。
「ふたりだけじゃ駄目。チルルさん達を呼んできて。きっと私達を捜しにきてるはず」
「うん、分かった」
アンダが立ち上がる。
「無理だよ」
コチュンが弱々しく零した。
「チルル達が来る頃には俺大砲に撃たれて死んじゃってる。だから置いていって」
我儘で強気なコチュンから出るような言葉に思えなかった。
「何言ってるの。そうだ、穴を掘ればいけるかもしれない。もうちょっと待っていて」
ルリはコチュンの足の下を手で掘り出す。また爆発音で地面が揺れる。アンダも迷って戻ってルリと一緒に掘るのを手伝った。二人が必死にコチュンの足を出そうと手を土まみれにする。
「俺はもういいよ。ヘマは知らないだろうけど俺は生まれてきちゃいけない子だったんだ。だからもういいよ」
「よくない! あなたはね、愛されるために生まれてきたの! 」
コチュンは目を見開く。ルリの口は勝手に動いていた。
「誰だってそう。愛されるのが正しいはずなの。なのにどこかで間違えて憎んじゃうの。こんな世の中で愛なんかクソくらえって思うだろうけど、まだ諦めないで、お願い」
地面が揺れる。轟は未知の巨人のようだった。時間はもうなかった。コチュンはこのままだと二人も死んでしまうと思った。
「もういいから、置いていって。お前らが死んじゃう」
「あなたが生きてるのに置いていけるわけないじゃない」
「じゃあ死んだら置いていける? 」
コチュンは素早く腰の袋から銃を抜き取った。そしてこめかみに銃口をあてる。ルリは目を見張った。コチュンの瞳に涙が溢れ、流れた。ルリは手を伸ばす。
「やめなさい! 」
「パン食べたの俺だ、ごめん」
銃声は地響きに消えた。コチュンの頭が地面に倒れる。ルリは無になる。そして土で汚れた手でコチュンを抱きかかえる。アンダが耳を塞いで絶叫した。遠くで機関銃を撃つ音が迫って来るのが聞こえる。敵が来る。ルリは目を瞑り、コチュンをそっと地面に置いた。そして泣き叫ぶアンダを抱きかかえると走った。コチュンを振り返らなかった。ルリは逃げた。この逃げられない世界から逃げ出してしまいたかった。昨夜のエピドーの話がルリの脳裏によぎった。ここではない世界ではこんな悲しい事はないのだろうか。
「ヘマ」
アンダがルリの首にしがみ付きながら言った。
「ヘマ、戦争ってなに? 」
ヘマはアンダを強く抱きしめた。
「知らないわ。誰も知らないのよ。だからここまでできるのよ」
生活も営みもなくなったこの世界で人は死ぬ。命が終わる。
それでも戦争は、何年も終わらなかった。
ルリはアンダと手を繋ぎ、コチュンを捜しにいった。多分どこかでふてて反省しているだろうからゆっくり捜すことにした。
「コチュンはね、地主さんの息子だったんだって」
アンダがぽつりぽつりと語り始めた。
「だからお金持ちの息子。父親にも溺愛されてた。お母さんはコチュンが生まれてすぐになくなった。けど、コチュンが七歳の時にコチュンは地主の子どもじゃないって分かったの。地主のお父さん、つまりコチュンのおじいさんの子どもだったの」
ルリは絶句した。
「お母さんは実は自殺だったの。コチュンのお父さんはそれからコチュンを愛さなくなった。憎むようになった。そしてある日一緒に出掛けたんだって。コチュンは嬉しかったみたい。けどコチュンはそこで階段に突き飛ばされて放置された」
「それって……」
「お父さんがしたの。その倒れている所をチルルとグーマが拾ったんだ。この話はコチュンがグーマに話してるのを盗み聞きしたの。だから内緒ね」
「分かった」
そう返事をした時、地面が揺れた。そして轟き音が地響きのように響く。ルリ達は思わず地面に倒れ込んだ。
「アンダ! 」
ルリはアンダを抱きしめる。また轟き音が響き、鼓膜が痛くなる。森の木が何本も倒れる。大砲が遠くから打ち込まれている。町の方から警報が聞こえた。
「コチュン! どこ! 」
ルリは叫ぶ。そしてまた爆発音が轟く。土が舞い上がり、木がなし崩しに倒れる。その時悲鳴がルリの耳に届いた。
「ヘマ、あっちだ!」
アンダがルリの腕から抜けると走り出す。ルリも急いで追いかける。木と木の間を駆けていく。大砲が自分にあたるかもしれない恐怖が背中をなぞる。それでも振り返れなかった。
「コチュンいた! 」
アンダが駆け寄る。コチュンは倒れた木のそばに横たわっていた。ルリは駆け寄るとコチュンの右足の上に木が倒れているに気が付いた。ルリは口を押えた。
「ヘマどうしよう、コチュンの足が! 」
コチュンは痛みに呻いている。ルリは木をどかそうと押したり持ち上げたりする。アンダも同じようにするが、木はびくともしない。また大砲が撃ち込まれてくる。近くだった。
「ふたりだけじゃ駄目。チルルさん達を呼んできて。きっと私達を捜しにきてるはず」
「うん、分かった」
アンダが立ち上がる。
「無理だよ」
コチュンが弱々しく零した。
「チルル達が来る頃には俺大砲に撃たれて死んじゃってる。だから置いていって」
我儘で強気なコチュンから出るような言葉に思えなかった。
「何言ってるの。そうだ、穴を掘ればいけるかもしれない。もうちょっと待っていて」
ルリはコチュンの足の下を手で掘り出す。また爆発音で地面が揺れる。アンダも迷って戻ってルリと一緒に掘るのを手伝った。二人が必死にコチュンの足を出そうと手を土まみれにする。
「俺はもういいよ。ヘマは知らないだろうけど俺は生まれてきちゃいけない子だったんだ。だからもういいよ」
「よくない! あなたはね、愛されるために生まれてきたの! 」
コチュンは目を見開く。ルリの口は勝手に動いていた。
「誰だってそう。愛されるのが正しいはずなの。なのにどこかで間違えて憎んじゃうの。こんな世の中で愛なんかクソくらえって思うだろうけど、まだ諦めないで、お願い」
地面が揺れる。轟は未知の巨人のようだった。時間はもうなかった。コチュンはこのままだと二人も死んでしまうと思った。
「もういいから、置いていって。お前らが死んじゃう」
「あなたが生きてるのに置いていけるわけないじゃない」
「じゃあ死んだら置いていける? 」
コチュンは素早く腰の袋から銃を抜き取った。そしてこめかみに銃口をあてる。ルリは目を見張った。コチュンの瞳に涙が溢れ、流れた。ルリは手を伸ばす。
「やめなさい! 」
「パン食べたの俺だ、ごめん」
銃声は地響きに消えた。コチュンの頭が地面に倒れる。ルリは無になる。そして土で汚れた手でコチュンを抱きかかえる。アンダが耳を塞いで絶叫した。遠くで機関銃を撃つ音が迫って来るのが聞こえる。敵が来る。ルリは目を瞑り、コチュンをそっと地面に置いた。そして泣き叫ぶアンダを抱きかかえると走った。コチュンを振り返らなかった。ルリは逃げた。この逃げられない世界から逃げ出してしまいたかった。昨夜のエピドーの話がルリの脳裏によぎった。ここではない世界ではこんな悲しい事はないのだろうか。
「ヘマ」
アンダがルリの首にしがみ付きながら言った。
「ヘマ、戦争ってなに? 」
ヘマはアンダを強く抱きしめた。
「知らないわ。誰も知らないのよ。だからここまでできるのよ」
生活も営みもなくなったこの世界で人は死ぬ。命が終わる。
それでも戦争は、何年も終わらなかった。
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