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過去編
百年の恋、もしくは隠された希望
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「リチ、見て」
ルリは七年の間、毎日かかさず鏡泉を訪れた。ダイアスはルリの身長を超え、身幅もルリの三倍程になった。もう、子どもではなかった。人間にすれば青年ぐらいだろうかとルリは考えた。
「なに? 」
「いいから見ていて」
ダイアスは頬を膨らませると、ぼこぼこと肌が内側からの衝動に波打った。そしてうにうにとダイアスがかたちを変える。ルリは身体がかたまり、絶句した。ルリが驚きを飲み込む前に、ダイアスの腰から上が男の姿になっていた。ルリは驚愕から覚めることができないまま、目を丸くした。ダイアスは足が鱗の姿のままだということに気が付くと少し落ち込んだ。
「足だけならないや。おかしいな」
そう喋る顔も人間にはなっておらず、鼻の長いダイアスのままであった。
「なにやっているの! 王妃様に裸体を見せるなんて! この変態! 」
ジルはダイアスの裸がルリの視界にこれ以上入らないように、ルリの顔を胸に押し付けて抱きしめた。
「駄目なのか? 」
ダイアスがこてん、と首を傾げる。
「駄目なのよ! 人間になんて、ならなくていいの! 元の姿に戻りなさい! 」
ジルが狂乱したかのように怒るとダイアスはまたぼこぼこ、うにうにと元の四枚の羽根を持ついつもの姿に戻った。その衝撃で鱗がポロポロ落ちる。ダイアスの鱗は人間の髪のようによく落ちる。そしてすぐ修復する。ルリはそれを見ていつも新しくなれているようで羨ましいと言った。
ジルは肩をおろすとルリから離れた。
「じゃあ、これは? 」
ダイアスは天を見上げると火を噴いた。
「かっこいいだろう? 」
ダイアスは嬉々とした様子でルリとジルの方を見た。ジルは目を覆い、卒倒しそうになるのを堪えるとその場にしゃがみ込んだ。
「この子は、本当にこの子は、手が付けられなくなってしまうわ…」
「え? なに? 」
ジルの零した言葉はダイアスの耳には届かなかった。ルリは表情を固くし、立ち上がるとダイアスのそばへ行った。
「リチ、凄いだろ。昨日の夜、突然できるようになったんだ」
「凄いわ、ダイアス。お前は本当に美しいわ」
ダイアスは少し驚き、驚きと嬉しさを隠そうと不満そうな難しい顔をした。けれどルリはお見通しで、
「照れているの? 」
と、微笑んだ。
「照れてない」
ダイアスがふてたように言い返す。ルリはダイアスの腹を撫でた。そして、そこに頬を付けた。ルリの熱を感じ、ダイアスすこし呼吸を止めた。血が熱くなるのを感じた。何年か前からダイアスは自分が、ルリに対して恋心を抱いている自覚が芽生えていた。けれどルリはもうスピネと結ばれた関係であって、自分の気持ちをルリに届けることもしていけなということもしっかり理解していた。それよりも人間でない自分が人間に恋をしてもどうにもならないということも分かってしまっていた。
「ダイアス、人間に似た姿になれることは誰にも言っては駄目よ」
ルリにそう言われ、ダイアスはショックだった。ダイアスは人間になって、スピネと同じような腕でルリを一度だけ抱きしめたかったのだ。
「あと、火を噴けることも。けしてだれにも言っても見せても駄目。約束して、絶対に」
ルリはきつい口調で念を押した。そして寂しい声で続けた。
「あなたは神なんかじゃないのよ」
「……俺が神なのがいやなのか? 」
「あなたは自分が神なのが嫌ではないの? 」
ルリは問い返した。
「嫌じゃないよ」
ダイアスの返事は早かった。ダイアスは自分が神である事をやめれば、もうスピネがルリと会うことを許してくれない気がした。ダイアスにとってルリと会えない未来が与えられることは憎しみでしかなかった。結ばれることがないのなら、ずっとこのままがよかった。
「……そう。けれど、スピネ様にも今、私達に見せたことは、見せてはいけないし、口にしても駄目よ。ここだけの秘密にしておいて」
空を飛べ、火が出せる。この緊迫した世界情勢、いくら発展したとはいえ、オードにはまだ遠く及ばないインデッセ。スピネが狂気じみた野心を持っているのがルリもこの七年で察していた。ダイアスが下手をしたら戦争の道具にされてしまう。ルリはさらに不安になった。
「リチがそう言うならそうするよ」
「ルリ様、そろそろ戻りましょう。春とはいえ、外に長くいれば身体が冷えますわ」
四月のインデッセはまだ冬に肩を寄せていた。
「もう少しだけ、ジル。最近城は居づらいの」
ルリはダイアスの足元にしゃがみ込み、部屋に戻るのを拒んだ。ジルは無理矢理連れて戻るわけには行かず、
「もう少しだけですよ」
と言って許した。
ルリは結婚が早かったため、インデッセの城の人々も、故郷ベグテクタの王族もルリが十代後半には子を産むだろう思っていた。というよりは、それが望ましいと思っていた。それは憶測である勝手な期待であった。二十歳を過ぎても身ごもらないルリ、はその期待を裏切ってしまったことで王妃として肩身が狭く、日々、気持ちが沈むことが多かった。スピネの妹であるラズもルリに焦ることはないと何度も励ました。
そのラズも十九歳となり、そろそろ結婚をという空気になっていた。スピネとしては妹を他国の王族に嫁がせ、外交を太くしたいと思っていた。ベグテクタに嫁がせ、ベグテクタとのパイプをさらに太くするか、隣国、アベンチュレに嫁がせるか、あえてオードに嫁がせ、上辺だけ親和的にするか。
そして、ダイアスが火を噴いた日の午後、オードの遣いがオードの第一王子とラズの結婚の話を持ってきたのであった。
ルリは七年の間、毎日かかさず鏡泉を訪れた。ダイアスはルリの身長を超え、身幅もルリの三倍程になった。もう、子どもではなかった。人間にすれば青年ぐらいだろうかとルリは考えた。
「なに? 」
「いいから見ていて」
ダイアスは頬を膨らませると、ぼこぼこと肌が内側からの衝動に波打った。そしてうにうにとダイアスがかたちを変える。ルリは身体がかたまり、絶句した。ルリが驚きを飲み込む前に、ダイアスの腰から上が男の姿になっていた。ルリは驚愕から覚めることができないまま、目を丸くした。ダイアスは足が鱗の姿のままだということに気が付くと少し落ち込んだ。
「足だけならないや。おかしいな」
そう喋る顔も人間にはなっておらず、鼻の長いダイアスのままであった。
「なにやっているの! 王妃様に裸体を見せるなんて! この変態! 」
ジルはダイアスの裸がルリの視界にこれ以上入らないように、ルリの顔を胸に押し付けて抱きしめた。
「駄目なのか? 」
ダイアスがこてん、と首を傾げる。
「駄目なのよ! 人間になんて、ならなくていいの! 元の姿に戻りなさい! 」
ジルが狂乱したかのように怒るとダイアスはまたぼこぼこ、うにうにと元の四枚の羽根を持ついつもの姿に戻った。その衝撃で鱗がポロポロ落ちる。ダイアスの鱗は人間の髪のようによく落ちる。そしてすぐ修復する。ルリはそれを見ていつも新しくなれているようで羨ましいと言った。
ジルは肩をおろすとルリから離れた。
「じゃあ、これは? 」
ダイアスは天を見上げると火を噴いた。
「かっこいいだろう? 」
ダイアスは嬉々とした様子でルリとジルの方を見た。ジルは目を覆い、卒倒しそうになるのを堪えるとその場にしゃがみ込んだ。
「この子は、本当にこの子は、手が付けられなくなってしまうわ…」
「え? なに? 」
ジルの零した言葉はダイアスの耳には届かなかった。ルリは表情を固くし、立ち上がるとダイアスのそばへ行った。
「リチ、凄いだろ。昨日の夜、突然できるようになったんだ」
「凄いわ、ダイアス。お前は本当に美しいわ」
ダイアスは少し驚き、驚きと嬉しさを隠そうと不満そうな難しい顔をした。けれどルリはお見通しで、
「照れているの? 」
と、微笑んだ。
「照れてない」
ダイアスがふてたように言い返す。ルリはダイアスの腹を撫でた。そして、そこに頬を付けた。ルリの熱を感じ、ダイアスすこし呼吸を止めた。血が熱くなるのを感じた。何年か前からダイアスは自分が、ルリに対して恋心を抱いている自覚が芽生えていた。けれどルリはもうスピネと結ばれた関係であって、自分の気持ちをルリに届けることもしていけなということもしっかり理解していた。それよりも人間でない自分が人間に恋をしてもどうにもならないということも分かってしまっていた。
「ダイアス、人間に似た姿になれることは誰にも言っては駄目よ」
ルリにそう言われ、ダイアスはショックだった。ダイアスは人間になって、スピネと同じような腕でルリを一度だけ抱きしめたかったのだ。
「あと、火を噴けることも。けしてだれにも言っても見せても駄目。約束して、絶対に」
ルリはきつい口調で念を押した。そして寂しい声で続けた。
「あなたは神なんかじゃないのよ」
「……俺が神なのがいやなのか? 」
「あなたは自分が神なのが嫌ではないの? 」
ルリは問い返した。
「嫌じゃないよ」
ダイアスの返事は早かった。ダイアスは自分が神である事をやめれば、もうスピネがルリと会うことを許してくれない気がした。ダイアスにとってルリと会えない未来が与えられることは憎しみでしかなかった。結ばれることがないのなら、ずっとこのままがよかった。
「……そう。けれど、スピネ様にも今、私達に見せたことは、見せてはいけないし、口にしても駄目よ。ここだけの秘密にしておいて」
空を飛べ、火が出せる。この緊迫した世界情勢、いくら発展したとはいえ、オードにはまだ遠く及ばないインデッセ。スピネが狂気じみた野心を持っているのがルリもこの七年で察していた。ダイアスが下手をしたら戦争の道具にされてしまう。ルリはさらに不安になった。
「リチがそう言うならそうするよ」
「ルリ様、そろそろ戻りましょう。春とはいえ、外に長くいれば身体が冷えますわ」
四月のインデッセはまだ冬に肩を寄せていた。
「もう少しだけ、ジル。最近城は居づらいの」
ルリはダイアスの足元にしゃがみ込み、部屋に戻るのを拒んだ。ジルは無理矢理連れて戻るわけには行かず、
「もう少しだけですよ」
と言って許した。
ルリは結婚が早かったため、インデッセの城の人々も、故郷ベグテクタの王族もルリが十代後半には子を産むだろう思っていた。というよりは、それが望ましいと思っていた。それは憶測である勝手な期待であった。二十歳を過ぎても身ごもらないルリ、はその期待を裏切ってしまったことで王妃として肩身が狭く、日々、気持ちが沈むことが多かった。スピネの妹であるラズもルリに焦ることはないと何度も励ました。
そのラズも十九歳となり、そろそろ結婚をという空気になっていた。スピネとしては妹を他国の王族に嫁がせ、外交を太くしたいと思っていた。ベグテクタに嫁がせ、ベグテクタとのパイプをさらに太くするか、隣国、アベンチュレに嫁がせるか、あえてオードに嫁がせ、上辺だけ親和的にするか。
そして、ダイアスが火を噴いた日の午後、オードの遣いがオードの第一王子とラズの結婚の話を持ってきたのであった。
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