【完結】ヤンキー少女、異世界で異世界人の正体隠す

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逃亡編

十字の傷の男

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 四局フロア。
「あ、戻って来た」
 リョークが椅子に座ったまま背伸びをしているとカザンの姿に気が付いた。アシスも仕事の手を止める。カザンは自分の席に座る。リョークは椅子に座ったままカザンの所に移動する。
「どうだった? あいつ謝って来ただろう? 」
 ハクエンが気をきかせてシプリンに頼み、カザンにカンダのとの二人の時間をつくった。コンビだからしこりを残らないようにしようという上司の計らいだった。
「ええ」
「それでお前なんて言ったの? 」
「適当に」
 カザンはリョークの話を片手間に途中になっていた報告書に手に取る。
「一発殴ったりしなかったのかよー」
「しませんよ」
 リョークがつまらなそうにカザンを見る。
「お前感情的になったりしないのかよ? 」
 カザンはペンを持つ手を一瞬止めた。そして唇の感触が蘇る。
「……そんな事はありません」
「え? 」
「感情的になって勢い余った事をしたかもしれません」
「え? 殴ってないんだろう?じゃあカンチョーか? 」
 カザンは無視した。
「馬鹿ね。カザンがそんな下品な事する訳ないでしょう」
 アシスが呆れたように言った。
「やっても真顔で鼻フックよ」
「どっちもやってません」

 九局専用資料室。
 アザムはルーサイト古書店で買った本を読んでいた。スイド家から買い取られた本を数冊買った。その本には特に目新しいものは載っていなかった。それよりアザムは「日記」が気になっていた。部屋がノックされる。
「はい」
 ドアが開いた。カルカだった。
「おつかれ」
「お疲れ様です」
 ドアを閉め、カルカはアザムの向かいに座った。
「カンダ帰ってきたそうですね」
「無事にね。さっき、カーネスに会わせた」
「何か引き出せましたか? 」
「今はなんともいえないな。それと、ハクエン局長から協力要請が入った」
「四局から? 」
 アザムが聞き返す。
「ああ。カルセドニー工場の事件知っているだろう?」
「はい。あの補助金使い込んでいたっていう」
「あれやっぱり嘘だった。実際は銃の部品の製造をしていた」
 アザムが目を見開く。
「カルセドニー工場は元武器屋だ。銃の製造方法を秘密裏に隠し持っていたんだよ。ユオ・オーピメンという男を仲介人して取引していたらしい。だが、最後の取引前に四局が銃の部品を押収した。だから完成はできないはず、だった」
「過去形なんですね」
「地下倉庫に厳重に保管していた部品が二セットずつなくなった。内部犯の犯行だと踏んでハクエン局長がうちに協力を求めてきた」
「もしかしてその犯人が城内のいるインデッセのスパイですか? 」
「さすがアザム。話が早いよ。局長もそう考えている」
「じゃあ部品の取引をさせたのもインデッセ」
「うちを共犯にしたいのかな」
「なんのために? 」
「戦争を起こしたいのかもしれない」
「戦争……」
 戦争という言葉にアザムはしっくりこなかった。
「ありえないって? 」
 カルカが聞く。
「正直な所、よく分かりません」
「だろうね。まあ麻痺している時代だから」
「麻痺? 」
「ありえない事は起こらないっていう思い込みだよ」
 戦争なんて二度と起こる訳がない。それは思い込みなのかもしれないとアザムは考えた。
「ユオ・オーピメンの身元については見当がついているんですか? 」
 カルカは首を振る。
「十中八九偽名だからな。特徴としては二の腕に十字の傷」
「え? 」
 アザムはルーサイト古書店で見た写真を思い出す。
「それは右ですか? 左ですか? 」
「右だよ」
 アザムの表情が変わったのが分かった。
「どうした? 」
「最近情報集めに出入りしている古書店で店主と古い友人達と写った写真が店に飾られていたんです。そこのひとりの二の腕に十字の傷がありました。右でした」
「名前は? 」
「そこまでは聞いていません。けれど、ベグテクタの城人で二局だったみたいです」
 アザムはその友人がスイド家の日記を貰い受けた事を説明した。カルカはシズがベグテクタの王族の血をひいていると言った事を思い返していた。
「その元ベグテクタの城人の情報を引き出せるか? 」
「やってみます」
「もし引き出したらそこに行くのはもう最後にしろ」
「え? 」
「足が付くかもしれないからな」
 アザムは黙る。
「……そこの店主はいい人か? 」
「え、あ、はい。優しい人です」
 アザムは頷く。
「その優しい店主を最後まで欺けるか? 」
 アザムはすぐに返事ができなかった。
「俺達は情報を集めるために人を騙す。嘘を暴くために嘘を吐く。相手がどんなに善良な人間でもな。お前は、罪悪感はあるか? 」
「……ないと言ったら嘘になります」
「俺もそうだ。副局長になった今も罪悪感がなくなる事はない。アイクラー局長が言っていた。俺達は正義ではない。防御だって。けどそれだけでは足りない」
「足りない? 」
「俺達は忠誠でなければならない」
「国に対して、ですか? 」
「そうかもしれない。俺は真実に対しての忠誠だと思っている。けどちょっと今は分からない。だからお前も考えろ。けどひとつ言って置く」
 カルカは立ち上がる。
「罪悪感に従う事は正義ではない。自己満足だ」
 カルカは資料室から出て行く。アザムも少し経ってから資料室を出た。忠誠が何かはまだ当分分かりそうになかった。
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