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逃亡編

日記と写真

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同日午前十時半。ルーサイト古書店。
「あんた、毎日熱心だね」
 アザムが本から顔を上げると、店の主人であるルイブ・ルーサイトだ。頭は丸めていて身体に肉はそんなについていない僧侶のような風貌な男だった。
「立ち読みばっかですいません」
 請求書を貰えば経費で落ちるが、苦学生の風貌で書物を買い占めれば怪しまれる。
「いいよ。べつに吟味すればいい。インデッセについて調べているんだってな」
「え? 」
「うるさいおばちゃんに聞いた」
 ルーサイト古書店を教えてくれた女店主の事だろう。
「留学するんです」
「それも聞いた。インデッセの何を調べている」
「主に歴史ですかね。インデッセは他の国と違って神秘的な所があるじゃないですか。神がいた国だからかなんですかね。その俺は信仰心というものが、いまいち分からなくて」
「そんなの今の時代ほとんどの人間が分からないさ」
「でしょうね。けどそれがどんな気持ちなのかちょっと興味があって。当時の人間の信仰の様子とか知りたいんですけど中々ないですね」
「そういう本は戦争が終わったと同時に捨てられたからな」
「ですよね。まあ、無理なのはなんとなく分かっていたので」
 しつこく店に通う理由として信仰心について調べている設定にしていた。戦争終結と同時に神に関わる書物、武器の製造にかかわる書物はほとんどが処分された。インデッセにマニアックな学生設定としてはいい理由だった。
「そんなマニアックな本捜すのにどれだけ時間がかかるんだよ。ちょっと待っとけ」
 ルーサイト店主が店の奥に消えた。少ししてまた戻ってくる。箱を持って来て床に置いた。
「買付帳簿だよ。うちの前の代が、俺のじいちゃんな。マメな人で買い付けた本の内容まで軽くだかメモしてある。これで捜した方がいいだろう」
「俺が見てもいいんですか? 」
「熱心だからな。特別だ」
「あ、ありがとうございます」
「店の隅っこに椅子あるからそこで見な。運ぼうか? 」
「あ、自分でできるんで大丈夫です」
 アザムは買付帳簿が詰まった箱を隅に運ぶと椅子に座った。一冊手に取り、ページをめくる。そこには買い付けた日付、本の名前、売り主の名前と住んでいる所、メモ程度に本の内容が書かれていた。アザムはそれを丁寧に読み始めた。
 二時間程経ってそろそろ休憩しようと思った時、「スイド」の字が目に入って来た。

【フェナ ヘミモル村 ターコイ・スイド】

 スイド。ミトス・スイド。しかもフェナのフェミモル村。買付日は戦後七十一年。三十年前だ。そしてかなりの本を売りに出していた。ページをめくり最後に「日記」とあった。作者は「ヘマ・スイド」。そしてこれだけ本の内容に関するメモがない。アザムは帳簿を持ってレジにいるルーサイトの所へ行った。
「すいません」
「お、目星のもんがあったか? 」
「ちょっと気になるものが」
 帳簿を見せ、「日記」の所を指さす。
「この、日記ってなんですか? 」
「ああ、それただの日記だよ。売られる時に間違って混じったみたいなんだ。ずっと蔵に閉まってあって」
「これ、読みたいんですけど」
 ルーサイトは残念そうな顔をした。
「何年か前に友人にあげた」
「え? 」
「城人時代の友人がふらって来てよ。あ、俺こんなんだけど、ベグテクタの城人だったのよ。三局。友人は花形の二局。そいつが蔵あさって血相かけてその日記面白いからくれって。お前と同じようにインデッセに執着した男だったよ」
 ルーサイトが壁に掛けてある写真を顎で指した。そこには男が五人肩を組んでいた。
「真ん中が俺。向かって左側にいる男にあげたんだよ。この時のこいつの顔が俺は好きだ」
「この時? 」
「ああ、なんでもないよ」
アザムは写真を見る。その男は半袖を腕まくりにしていて肩まで出していた。握り拳にした腕を前に出し笑っている。
「右の腕に傷があります?」
「ああ、十字の奴か。小さい頃にできた傷だとよ」
「へぇ。ルーサイトさんはこの日記を読んだ事は? 」
「ないな」


 同日午後八時。
「そうかい。じゃあシズは戻って来るんだね」
 ジャモンの声は心配と喜びを合わせていた。
「結局ね。けどジャモンの所に戻るのはまだ少し先かも」
「そうだろうね」
「……ねぇ、アシスいる? 」
「たぶん帰ってきているよ。代わろうか? 」
「ごめん、お願い」
「呼んで来るからちょっと待ってて」
 バリミアは息を吐く。緊張していた。少し経って足音が聞こえ声が聞こえた。
「もしもし」
 声色は怒っているようにも聞こえたし、いつも通りにも聞こえた。
「バリミアだけど」
「分かっている」
 やっぱりどこかトゲがあった。
「ごめんなさい」
 バリミアは謝った。
「本当にごめんなさい」
 二度謝った。
「それは、シズの事? 」
「……うん。シズを逃がすのに協力した。シズの居場所も知っていたのに黙っていた。ごめん」
「ハクエン局長からあらかた聞いた。ただの友達だったら喚くところだけど、仕事だったんでしょう」
「……そうだけど」
「罪悪感があっても王女のために私達に嘘吐いたんでしょ」
「……そうです」
「じゃあいい」
「え? 」
「仕事にプライドかけている人間は結構好きだから、私」
「アシス……」
「私も逆ならそうした。何で言ってくれなかったのと思う所は正直ある。けどそれは私が城人としてまだ甘えがあるって事だから。リョークとリゴも怒ってないわよ」
「泣きそう……」
「こんな事で泣かないでよ。バリミアは仕事をしただけよ。仕事と友情どっちが大事なんてふざけた事言わないわ。今まで通りプライドのある女でいて」
「……うわあああん」
「うわーんって。もう切るよ」
「あっさりしないでぇ」
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