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逃亡編

朝のカフェ

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 十月二十七日。午後四時過ぎ。パズート港。
 アン、トムソン、ドクターに、シズは別れを告げた。ドクターには「長生きしろよ」とシズに言った。シズが港に着くとバリミアが待っていた。サングラスをかけて頭にスカーフを巻いている。シズは荷物をおいて駆け寄る。
「メト様が見送りに行っていいって。でも結構感動的なお別れしたのにね、私達」
 船での別れはお互い確かに感動的だった。
「ごめん。我儘な事ばかりして。沢山大変な事して貰ったのに」
「いいのよ。やっぱりシズを呼ぶのはシズって呼びたいから。ミメなんて、今さらね」
 バリミアは笑った。
「アシス達に電話で謝らないと」
「私も」
「怒るわよね」
「だろうな」
「絶交とか言われたらどうしよう」
「絶交とか言わないだろう、あいつ。言うなら断絶とかだろ」
「ははは。笑えない」
 二人して憂鬱のため息を漏らす。
「とにかく謝るしかないな」
「そうね。でもシズ気を付けるのよ。あなたに何かあったらセドニ副局長殺されるんだから」
「殺される? 」
 シズは後ろにいるセドニを振り返る。時間を気にしている。
「なんで? 」
「なんでもよ」
 意味ありげに言って、バリミアはぐらかした。
「とにかく無事で。またカサヌで会いましょう」
「ああ。バリミアも身体気を付けろよ。あと王女とアイドさんによろしく」
 船に乗る。海風にあたりながら遠くなるオードをシズは、見つめる。



 十月二十七日午前七時過ぎ。カフェのテラス。
 ハクエンはブラックを飲みながら待っていた。するとニット帽にサングラスのいでたちの男が生クリームたっぷりのコーヒーを持ってハクエンの隣に座った。
「泥棒みたいな恰好だな」
「九局が他の局の奴と密会していたら怪しまれるだろう」
「じゃあなんでこんな新しくできたカフェの場所指定したんだ」
「七時半まではここは大丈夫だ。それ以降は城人が時々来るみたいだ。それに二つ向こうの通りにコーヒー屋があってあっちの方が安いし、ポイントカードもある。この先の角を曲がった通りにあるカフェはチェーン店でちょっと高いが根強い人気。ここは朝の通勤に寄るには少し遠いんだ」
「詳しいな」
「仕事柄。今は七時八分。十分以内に要件終わらせろ」
 バライトが生クリームをスプーンですくう。
「見つけて欲しい人間がいる。隠している事をお前らに流す。だから協力してくれ」
「隠している事って? 」
「カルセドニー工場の件だ。お前らも疑っているだろう?」
 バライトがスプーンでかき混ぜると生クリームが溶けて混ざる。
「国からの補助金をだまし取った、だっけ」
「本当は違う。真実を知っているのはごく一部の人間だ。王の耳にも入っている」
「その真実って? 」
「補助金を騙しとろうとしていたんじゃない」
 ハクエンはバライトに顔を寄せ、声をひそめた。
「銃の部品を製造していた」
 バライトは横目でハクエンを見る。ハクエンは顔を苦くする。
「おったまげたね。予想を超えていたよ」
「嬉しそうで何より」
「それで? はぐらかしといてなんで今さら九局(うち)にその情報を流した?」
「押収した部品を地下倉庫で厳重に保管していた。だが二セット分なくなった」
「いつ? 」
「気が付いたのは昨日の午前中。三局で地下倉庫の鍵が一時紛失したらしい。それで念のために確認した」
「そしたらなかった」
「そういう事だ」
「間抜けだねー。それでどうにもならなくなって俺に協力を求めた訳だ? 」
 バライトのねちねちした攻撃にハクエンは反撃できなかった。背に腹は代えられない。
「カルセドニー工場が製造に至った経由もう少しちゃんと教えて」
 バライトはすぐに話を戻した。
「カルセドニー社長を銃の部品を作れば大儲けできると唆した人間がいる。ユオ・オーピメンという名前の仲介人だ。恐らく偽名だろう」
「部品は全部押収したのか? 」
「いや、いくつかはもう向こうに渡っている。俺達が押収したのが最後の取引の物だった。それがなければ完成はしない」
「だが、二セットは盗まれたから二つは完成するということか」
「それに組み立て方を向こうは知っている。完成品がひとつあれば増やせる」
「向こうに見当はついているのか? 」
「国の中の人間だと思っている。だからお前を頼った」
「ユオ・オーピメンの情報は?もうないのか?」
 ハクエンは右の二の腕を叩いた。
「ここに十字の傷があるそうだ」
「十字の傷? 」
「インデッセでカンダを襲った奴にも十字の傷があったそうだ」
「カンダを襲った奴と同じ傷ね……」
 昨夜の王子との密会を思い出す。征服を望むインデッセ。城に潜むインデッセのスパイ。銃の製造。なくなった部品。バライトは零れる笑みを止める事ができなかった。
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