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逃亡編
絶望はさがさない
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「ルー! ルー! いるか! 」
トムソンだった。シズは急いでドアを開ける。
「おっさん、どう、」
「お前、大丈夫か! 」
言い切る前にトムソンはシズの肩を掴んだ。
「え? 」
「橋の所歩いていたら飲み屋の馴染みが昨日俺と歩いていた奴が橋から飛び降りたって!髪の毛爆発していた男前って言うからお前だろう!? 」
「あ、ああ。けど大丈夫。この通り」
シズはそう微笑んだが、首根っこ掴まれた。
「うおっ! 」
「見た目が大丈夫でもどっか悪いかもしれねぇだろーが! ドクターの所行くぞ! 」
まさに文字通りトムソンに引きずられ、シズはドクターの所に連れて行かれた。
「うむ。今の所は大丈夫そうじゃ。けど油断は禁物。安静に。なんか違和感あったらすぐに来い」
「すいません」
診察を終え、シズは頭を下げる。ドクターが器具を片づける。トムソンは壁際の診察台に腰掛けていた。
「橋から飛び降りたそうじゃな」
「はい」
返事をしながら、シズはシャツのボタンを留める。
「なぜだ」
寝癖を直すためです。なんて冗談を返す空気ではない。
「仕切り直そうと思って」
「はあぁ? 」
ドクターは眉間に皺を寄せた。シズは自分の手を見た。傷はもうほとんど治っている。
「私、アベンチュレから逃げてきたんです」
「最初からワケ有りだと思ってたよ」
トムソンが、シズの手を眺めていう。
「ミメ・ルーは偽名です。本当の名前はシズ・カンダといいます」
そう言って頭を下げた。
「カンダか……」
「はい」
ドクターに頷く。そして間を置いて続けた。
「さっき生きている事に理由はないと言ったな? 」
お昼を食べた時に話した事だ。
「生きていく理由はない。だが、生きてこられた理由はある。例えば、トムソンならアンがいたから生きてこられた」
トムソンを見る。トムソンは表情を変えなかった。
「けどアンさんは人生の理由は成功者の後付けか失敗した時の言い訳に必要になるだけだって」
「後付けも言い訳も必要だ。やった事を消せないのが人生だ。少しぐらいごまかさないと生きていけん」
どんなに消えたくても、存在は消えない。じゃあ消えてもそれこそ意味がない。死んでも逃げられないなら生きるしかない。シズはそう納得した。
「……そうですね」
「人生はちゃんと終わる。思い通りにはきっと終れないが、この世は思い通りにいかないもんばっかだ。とりたてて特別な事じゃない。人はちゃんと死ぬ。ちゃんと終わりが来る。お前さんにもわしにも。人生を大切にしろと説教している訳じゃない。そりゃあ、大切にできない時間もある。わしもあった。人生を粗末にしたくても簡単に死ねない。いくら大切にしてもいつか死ぬ。それは自分のせいでもないし、誰かのせいでもない。明確な何かのせいにはできない。そんな不親切な中で、絶望は探さなくていいからな」
シズは自分で絶望に縋りついていたのかもしれない。それこそ目を皿にして取り零さないように理不尽を集めてここの世界にいる時間を粗末にしていいと決めつけていた。家族やカケルの事を思い出すとどうしようもなく寂しくなるのは嘘ではない。シズがいなくなったあとどうなっているかいつもどこかで考えていた。これからもずっと考えるだろう。死ぬまで考えるだろう。けどもう戻れない。家族やカケルがどんなに心配していようとも、シズは「元気だ」と言えることもできない。酷い話だ。この酷い話にどんな言い訳を付ければいいだろう。
「はい」
今のシズにはいい言い訳は思いつかない。時々どうしようもなく寂しくなる。それ以外どうしようもない。けどそれが絶望ではないという事だけ分かっている。
「いつ帰るんだ」
「明日の夕方の船に乗ります」
「そうかい。また機会があればオードに来い。飯ぐらい奢ってやる。トムソン、アパートまで送ってやれ」
トムソンだった。シズは急いでドアを開ける。
「おっさん、どう、」
「お前、大丈夫か! 」
言い切る前にトムソンはシズの肩を掴んだ。
「え? 」
「橋の所歩いていたら飲み屋の馴染みが昨日俺と歩いていた奴が橋から飛び降りたって!髪の毛爆発していた男前って言うからお前だろう!? 」
「あ、ああ。けど大丈夫。この通り」
シズはそう微笑んだが、首根っこ掴まれた。
「うおっ! 」
「見た目が大丈夫でもどっか悪いかもしれねぇだろーが! ドクターの所行くぞ! 」
まさに文字通りトムソンに引きずられ、シズはドクターの所に連れて行かれた。
「うむ。今の所は大丈夫そうじゃ。けど油断は禁物。安静に。なんか違和感あったらすぐに来い」
「すいません」
診察を終え、シズは頭を下げる。ドクターが器具を片づける。トムソンは壁際の診察台に腰掛けていた。
「橋から飛び降りたそうじゃな」
「はい」
返事をしながら、シズはシャツのボタンを留める。
「なぜだ」
寝癖を直すためです。なんて冗談を返す空気ではない。
「仕切り直そうと思って」
「はあぁ? 」
ドクターは眉間に皺を寄せた。シズは自分の手を見た。傷はもうほとんど治っている。
「私、アベンチュレから逃げてきたんです」
「最初からワケ有りだと思ってたよ」
トムソンが、シズの手を眺めていう。
「ミメ・ルーは偽名です。本当の名前はシズ・カンダといいます」
そう言って頭を下げた。
「カンダか……」
「はい」
ドクターに頷く。そして間を置いて続けた。
「さっき生きている事に理由はないと言ったな? 」
お昼を食べた時に話した事だ。
「生きていく理由はない。だが、生きてこられた理由はある。例えば、トムソンならアンがいたから生きてこられた」
トムソンを見る。トムソンは表情を変えなかった。
「けどアンさんは人生の理由は成功者の後付けか失敗した時の言い訳に必要になるだけだって」
「後付けも言い訳も必要だ。やった事を消せないのが人生だ。少しぐらいごまかさないと生きていけん」
どんなに消えたくても、存在は消えない。じゃあ消えてもそれこそ意味がない。死んでも逃げられないなら生きるしかない。シズはそう納得した。
「……そうですね」
「人生はちゃんと終わる。思い通りにはきっと終れないが、この世は思い通りにいかないもんばっかだ。とりたてて特別な事じゃない。人はちゃんと死ぬ。ちゃんと終わりが来る。お前さんにもわしにも。人生を大切にしろと説教している訳じゃない。そりゃあ、大切にできない時間もある。わしもあった。人生を粗末にしたくても簡単に死ねない。いくら大切にしてもいつか死ぬ。それは自分のせいでもないし、誰かのせいでもない。明確な何かのせいにはできない。そんな不親切な中で、絶望は探さなくていいからな」
シズは自分で絶望に縋りついていたのかもしれない。それこそ目を皿にして取り零さないように理不尽を集めてここの世界にいる時間を粗末にしていいと決めつけていた。家族やカケルの事を思い出すとどうしようもなく寂しくなるのは嘘ではない。シズがいなくなったあとどうなっているかいつもどこかで考えていた。これからもずっと考えるだろう。死ぬまで考えるだろう。けどもう戻れない。家族やカケルがどんなに心配していようとも、シズは「元気だ」と言えることもできない。酷い話だ。この酷い話にどんな言い訳を付ければいいだろう。
「はい」
今のシズにはいい言い訳は思いつかない。時々どうしようもなく寂しくなる。それ以外どうしようもない。けどそれが絶望ではないという事だけ分かっている。
「いつ帰るんだ」
「明日の夕方の船に乗ります」
「そうかい。また機会があればオードに来い。飯ぐらい奢ってやる。トムソン、アパートまで送ってやれ」
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