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逃亡編
深い毒
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「その何らかの理由は? 」
バライトが身を乗り出して、聞く。
「理由はミトスから報告はなかった。条件が揃っていないと」
「それは現在進行中で? 」
アンドラ王子は掌を上に向けて首を振った。
「それは分からない九局長。さっきも言ったように今はもうスパイがいないからね」
「けど、アベンチュレにはインデッセのスパイがいる」
バライトが繰り返す。
「そうなんだよ、九局長。危機的状況だ」
アンドラ王子はそう笑ったが、すぐに真剣な顔になった。
「平和を愛しても人は幸せになれない。平和を愛しきれば人は幸福だ。けれど平和を愛しきる事ができないんだよ、人は。それでも人は必ず秩序に戻ってくる。だから私はそれを強くしていきたい。今インデッセは理想を追い求めている。ベグテクタもインデッセに似た負い目を持っている。オードも隠れた野心を持っている。だからアベンチュレは冷静な理性でいなくてはならない。遠い未来のことは正直私にはどうしようもない。未来の事は未来の人間に任せるしかない。だから今の事は今の人間がしっかりとしなければならない。その今を任されている自覚はある。国の上に立つ人間としてのそれが義務だ」
アンドラ王子はバライトに身体を向けた。
「政治というのは清潔さと鮮やかさが重視される。だから私はそのマントをはおるつもりだ。けれど時々マントの中から手を出して毒を見せる。本当に大事なのは筋だ。筋を通すのに毒が必要ならば私は毒を持つよ」
「その筋を通すための毒が、ミトス・スイドだったのですか? 」
バライトが陽気に冷たく言った。
「そういう事になるな。九局長、また質問だ。国というのは人でミトス思うか? それとも土地でミトス思うか?」
「両方では? 」
「両方いるな。けどそれだけでは国にならない。国の定義なんてあるようで、ない。我々が勝手に存在しているように見せかけている滑稽なものかもしれない。そして国というのは自分本位だ。そして大きくなりたがる。土地だけではない、力の面でもだ。その欲のためなら暴力を振るうし他の国がどうなってもいいと振る舞うこともある。国は掴めない怪物だ」
アンドラ王子は淡々と言った。
「多勢な人間が特に野望がある血の気の多い輩が、国をつくり動かしますからね。そりゃ、怪物にでもなる事もありますでしょう」
バライトが言う。
「けれど国がなければ秩序はない。私はその秩序を持った怪物を動かす立場にいる。そしてなる。その怪物をなんでも自由自在に動かせる存在になりたくない。賢い王になりたい。許可を得るために判を押すためだけの存在にはけしてなりたくない。たかがひとりの人間が国家をまとめ上げられるとは思っていない。だから今根を張っている」
アンドラ王子の瞳は濃い。蝋燭は火が付けられてこそ存在意義がある。愚かではない。アンブリ第一局長が言っていた事をバライトは思い出していた。
「教訓を重ねて秩序をつくる。やっと百年経った。今、しびれをきらすわけにはいかない。だからバライト九局長、ミトス・スイドの事はあなた達の胸にしまっておいて欲しい」
「九局に国際犯罪に加担しろとおっしゃるのですか? 」
「九局も毒のようなものだろう。私が愚かな王になったらいつだってあなたの毒で引きずりおろせ。今は、」
「インデッセのスパイを炙り出す? 」
アンドラ王子はバライトを見つめて深く、頷いた。
「どうするんですか、局長」
カルカが小声で尋ねた。
「城の秩序を守るのは九局の仕事だからね。王子、インデッセのスパイの事はうちにお任せを。だからもう、勝手にスパイなんてつくらないでください。何かあれば、うちを頼ってください。毒を持つもの同士」
バライトが微笑む。王子は目を瞑り、開いた。
「勝手に動いて悪かった。あとは、頼む」
「はい。確かに頼まれました」
「プライトにパイロー。そなたらも、悪かった。けど自分がやった事に後悔はない」
プライトは首を振る。
「私達も自分が正しいと思って動いたまでです」
パイローが言った。アンドラ王子は微笑んだ。
「そうか。でも九十七期生の悲劇は、間違っているな」
「あれは、クレオの独断です」
「けどそこまでさせたのは私の責任でもあろう」
「九十七期生の悲劇の事は表沙汰にはしません」
バライトが言った。カルカは驚いてバライトを見た。
「それを表沙汰にすればミトス・スイドの存在も隠せなくなる。スパイの存在を白状すればそれがまた戦争の火種にされるかもしれない。それは不本意だ。だから王子、それは背負ってください」
バライトが強く言った。
「何もかも白状するのが正義ではない。楽にならないでください。あの悲劇は皆で背負って一生黙り通してください。つらくても、罪の意識とかんなんとかでうぬぼれる事がないよう苦しんでください。それを、九十七期生への償いにしてください」
「……許されるつもりはない。だから償いなんてするつもりはない。罪として背負っていくよ」
夜が深く濃くなる森で、男達は罪を隠し、罪を持って生きていくことを選んだ。それは正義とは遠く、毒を一層、濃くした。
バライトが身を乗り出して、聞く。
「理由はミトスから報告はなかった。条件が揃っていないと」
「それは現在進行中で? 」
アンドラ王子は掌を上に向けて首を振った。
「それは分からない九局長。さっきも言ったように今はもうスパイがいないからね」
「けど、アベンチュレにはインデッセのスパイがいる」
バライトが繰り返す。
「そうなんだよ、九局長。危機的状況だ」
アンドラ王子はそう笑ったが、すぐに真剣な顔になった。
「平和を愛しても人は幸せになれない。平和を愛しきれば人は幸福だ。けれど平和を愛しきる事ができないんだよ、人は。それでも人は必ず秩序に戻ってくる。だから私はそれを強くしていきたい。今インデッセは理想を追い求めている。ベグテクタもインデッセに似た負い目を持っている。オードも隠れた野心を持っている。だからアベンチュレは冷静な理性でいなくてはならない。遠い未来のことは正直私にはどうしようもない。未来の事は未来の人間に任せるしかない。だから今の事は今の人間がしっかりとしなければならない。その今を任されている自覚はある。国の上に立つ人間としてのそれが義務だ」
アンドラ王子はバライトに身体を向けた。
「政治というのは清潔さと鮮やかさが重視される。だから私はそのマントをはおるつもりだ。けれど時々マントの中から手を出して毒を見せる。本当に大事なのは筋だ。筋を通すのに毒が必要ならば私は毒を持つよ」
「その筋を通すための毒が、ミトス・スイドだったのですか? 」
バライトが陽気に冷たく言った。
「そういう事になるな。九局長、また質問だ。国というのは人でミトス思うか? それとも土地でミトス思うか?」
「両方では? 」
「両方いるな。けどそれだけでは国にならない。国の定義なんてあるようで、ない。我々が勝手に存在しているように見せかけている滑稽なものかもしれない。そして国というのは自分本位だ。そして大きくなりたがる。土地だけではない、力の面でもだ。その欲のためなら暴力を振るうし他の国がどうなってもいいと振る舞うこともある。国は掴めない怪物だ」
アンドラ王子は淡々と言った。
「多勢な人間が特に野望がある血の気の多い輩が、国をつくり動かしますからね。そりゃ、怪物にでもなる事もありますでしょう」
バライトが言う。
「けれど国がなければ秩序はない。私はその秩序を持った怪物を動かす立場にいる。そしてなる。その怪物をなんでも自由自在に動かせる存在になりたくない。賢い王になりたい。許可を得るために判を押すためだけの存在にはけしてなりたくない。たかがひとりの人間が国家をまとめ上げられるとは思っていない。だから今根を張っている」
アンドラ王子の瞳は濃い。蝋燭は火が付けられてこそ存在意義がある。愚かではない。アンブリ第一局長が言っていた事をバライトは思い出していた。
「教訓を重ねて秩序をつくる。やっと百年経った。今、しびれをきらすわけにはいかない。だからバライト九局長、ミトス・スイドの事はあなた達の胸にしまっておいて欲しい」
「九局に国際犯罪に加担しろとおっしゃるのですか? 」
「九局も毒のようなものだろう。私が愚かな王になったらいつだってあなたの毒で引きずりおろせ。今は、」
「インデッセのスパイを炙り出す? 」
アンドラ王子はバライトを見つめて深く、頷いた。
「どうするんですか、局長」
カルカが小声で尋ねた。
「城の秩序を守るのは九局の仕事だからね。王子、インデッセのスパイの事はうちにお任せを。だからもう、勝手にスパイなんてつくらないでください。何かあれば、うちを頼ってください。毒を持つもの同士」
バライトが微笑む。王子は目を瞑り、開いた。
「勝手に動いて悪かった。あとは、頼む」
「はい。確かに頼まれました」
「プライトにパイロー。そなたらも、悪かった。けど自分がやった事に後悔はない」
プライトは首を振る。
「私達も自分が正しいと思って動いたまでです」
パイローが言った。アンドラ王子は微笑んだ。
「そうか。でも九十七期生の悲劇は、間違っているな」
「あれは、クレオの独断です」
「けどそこまでさせたのは私の責任でもあろう」
「九十七期生の悲劇の事は表沙汰にはしません」
バライトが言った。カルカは驚いてバライトを見た。
「それを表沙汰にすればミトス・スイドの存在も隠せなくなる。スパイの存在を白状すればそれがまた戦争の火種にされるかもしれない。それは不本意だ。だから王子、それは背負ってください」
バライトが強く言った。
「何もかも白状するのが正義ではない。楽にならないでください。あの悲劇は皆で背負って一生黙り通してください。つらくても、罪の意識とかんなんとかでうぬぼれる事がないよう苦しんでください。それを、九十七期生への償いにしてください」
「……許されるつもりはない。だから償いなんてするつもりはない。罪として背負っていくよ」
夜が深く濃くなる森で、男達は罪を隠し、罪を持って生きていくことを選んだ。それは正義とは遠く、毒を一層、濃くした。
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