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逃亡編
意味とか理由とか存在意義とか
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アンはまた笑った。
「なんか今腑に落ちたわ」
「え? 」
「初めてあなたに会った時、あなたの横顔から悲しいものを感じたから。何かすごく大変な事があったのね?」
シズは微笑むアンを見つめ、浅く頷いた。
「けど残念」
「え? 」
「生きている事に理由も意味もないよ。理由も根拠もあてにして生きていかなければならないてことは、ない。生きていくのに理由も意味も根拠も、歴史でさえも本当はどうでもいいのよ。人生の理由は成功者の後付けか失敗した時の言い訳に必要になるだけ」
「そ、そうですよね」
シズはそれしか言えない。
「けど理由がないと、どんな場所でも居りづらいわよね。ルーさんは存在意義が欲しいって事にもなるのかしら」
「まあ、そういう事になりますね」
なるのだろうか、シズは自問する。
「けど最近ずっと自分ってなんなんだろうって思います」
なんで生まれた世界ではない所で育ったか。なんで元に戻されたか。ベグテクタの王族の血が流れているからなのか、けどそれは理由の足しにもならない。訳の分からない世界に振り回される自分はいったいなんなんだと、拘束室の中で、船の中で、シズは何度も考えた。
「自分が何であるか? っていう疑問にはね、自分は何であって欲しいかっていう気持ちが強くあるって聞いた事があるわ」
「何であって欲しいか……」
「そう」とアンは頷く。
「何であって欲しいかっていう気持ちは、真実なのか、欲望の果てにできた作話なのか。私にもあなた自身にも分からない。知ることはできないのよ。それにあなたの原点はあなたの中にはないわ。人はね、自分ではないものを自分と見立てて自分を形成するの。自分の外にあるものを自分自身と思い込んで、それを取りつくことでかろうじて自己同一性立ち上げたという、」
「ごめん、話が難し過ぎて分からない」
シズの頭の中で「自分」という単語がぐるぐる回っている。
「簡単に言えばそうね。自分を見るには『内』からではなくて『外』から見なければならないという事よ」
「外から自分を? 」
「そう。自分の存在の理由はどうあがいても自分は他人の頭の中にある。存在意義は他者がいて成り立つ定義なの。だから他者と昨日と明日がある限り憎しみも幸福も消えない。だから歴史ができる。その歴史が善と悪をつくるのよ」
他人の中に、自分がいる。という事は私の中に他の人がいる。ああ、沢山いると、シズは思った。
「まあ、昔から言うのは自分の欲しい物を相手にあげなさいって事ね」
「けどそれで絶対欲しい物は手に入らないだろう?」
「けど自分の欲しい物を誰かにあげるって心が躍る事じゃない?私はそうだったけど。まあ、いらないと言われたらしょうがないけど」
アンはずっとしょうがないで割り切ってきたのだろうか。
「私、今恨みでいっぱいなんです。今自分の状況が理不尽だって恨んでいるんです。しょうがないで割り切れないんです。アンさんはそれぐらい何かを恨んだ事はないんですか?」
「あるわよ」
アンの返事は早かった。
「私も時々恨んだ。いや、よく恨んだよ。人を、世界を。そして押し込んだ。そして何度も唱えるように思った。私はね、世界の中で生きているんじゃない。世界を飲み込んで生きている。だから理不尽も恨みも何もかも自分のものにしたの。あなたはまだ、世界を飲み込みきれていないのよ」
アンはシズの額に手を置いた。
「あなたの世界はここにしかないのよ」
「私の存在意義は他人の頭の中にあるのに? 」
「だからよ。あなたの世界はあなた一人では成り立たないから。あなたがどんなに強くてもね」
シズは分かるようで分からなかった。けれど、昨日トムソンがアンの事を賢いと言っていたのが今日の会話で何となく分かった気がした。アンはシズから手を離す。
「私からの忠告はどんなに悲しくても、悪に走らないように。悪の器の底に溜まる最初の一滴は悲しみだからね。悲しみを悪に変えては駄目よ。そして自ら死んでは駄目」
シズはどきりとした。
「私も長生きして良かったとか、生きていて良かったかは正直分からない。終わりが迫っているのに死はそんな事も教えてくれないのよ。けどね、生きてこられたよ。生き方を否定されても理不尽でも。世界は私の中にあったから」
私の世界は私の中にしかないのに、私は私を外から見なければいけない。けれどこの世界を飲み込みたいとも思えないし、今の自分を外からなんか見たくない。理不尽と向き合う覚悟も元気も今のシズには、なかった。
「なんか今腑に落ちたわ」
「え? 」
「初めてあなたに会った時、あなたの横顔から悲しいものを感じたから。何かすごく大変な事があったのね?」
シズは微笑むアンを見つめ、浅く頷いた。
「けど残念」
「え? 」
「生きている事に理由も意味もないよ。理由も根拠もあてにして生きていかなければならないてことは、ない。生きていくのに理由も意味も根拠も、歴史でさえも本当はどうでもいいのよ。人生の理由は成功者の後付けか失敗した時の言い訳に必要になるだけ」
「そ、そうですよね」
シズはそれしか言えない。
「けど理由がないと、どんな場所でも居りづらいわよね。ルーさんは存在意義が欲しいって事にもなるのかしら」
「まあ、そういう事になりますね」
なるのだろうか、シズは自問する。
「けど最近ずっと自分ってなんなんだろうって思います」
なんで生まれた世界ではない所で育ったか。なんで元に戻されたか。ベグテクタの王族の血が流れているからなのか、けどそれは理由の足しにもならない。訳の分からない世界に振り回される自分はいったいなんなんだと、拘束室の中で、船の中で、シズは何度も考えた。
「自分が何であるか? っていう疑問にはね、自分は何であって欲しいかっていう気持ちが強くあるって聞いた事があるわ」
「何であって欲しいか……」
「そう」とアンは頷く。
「何であって欲しいかっていう気持ちは、真実なのか、欲望の果てにできた作話なのか。私にもあなた自身にも分からない。知ることはできないのよ。それにあなたの原点はあなたの中にはないわ。人はね、自分ではないものを自分と見立てて自分を形成するの。自分の外にあるものを自分自身と思い込んで、それを取りつくことでかろうじて自己同一性立ち上げたという、」
「ごめん、話が難し過ぎて分からない」
シズの頭の中で「自分」という単語がぐるぐる回っている。
「簡単に言えばそうね。自分を見るには『内』からではなくて『外』から見なければならないという事よ」
「外から自分を? 」
「そう。自分の存在の理由はどうあがいても自分は他人の頭の中にある。存在意義は他者がいて成り立つ定義なの。だから他者と昨日と明日がある限り憎しみも幸福も消えない。だから歴史ができる。その歴史が善と悪をつくるのよ」
他人の中に、自分がいる。という事は私の中に他の人がいる。ああ、沢山いると、シズは思った。
「まあ、昔から言うのは自分の欲しい物を相手にあげなさいって事ね」
「けどそれで絶対欲しい物は手に入らないだろう?」
「けど自分の欲しい物を誰かにあげるって心が躍る事じゃない?私はそうだったけど。まあ、いらないと言われたらしょうがないけど」
アンはずっとしょうがないで割り切ってきたのだろうか。
「私、今恨みでいっぱいなんです。今自分の状況が理不尽だって恨んでいるんです。しょうがないで割り切れないんです。アンさんはそれぐらい何かを恨んだ事はないんですか?」
「あるわよ」
アンの返事は早かった。
「私も時々恨んだ。いや、よく恨んだよ。人を、世界を。そして押し込んだ。そして何度も唱えるように思った。私はね、世界の中で生きているんじゃない。世界を飲み込んで生きている。だから理不尽も恨みも何もかも自分のものにしたの。あなたはまだ、世界を飲み込みきれていないのよ」
アンはシズの額に手を置いた。
「あなたの世界はここにしかないのよ」
「私の存在意義は他人の頭の中にあるのに? 」
「だからよ。あなたの世界はあなた一人では成り立たないから。あなたがどんなに強くてもね」
シズは分かるようで分からなかった。けれど、昨日トムソンがアンの事を賢いと言っていたのが今日の会話で何となく分かった気がした。アンはシズから手を離す。
「私からの忠告はどんなに悲しくても、悪に走らないように。悪の器の底に溜まる最初の一滴は悲しみだからね。悲しみを悪に変えては駄目よ。そして自ら死んでは駄目」
シズはどきりとした。
「私も長生きして良かったとか、生きていて良かったかは正直分からない。終わりが迫っているのに死はそんな事も教えてくれないのよ。けどね、生きてこられたよ。生き方を否定されても理不尽でも。世界は私の中にあったから」
私の世界は私の中にしかないのに、私は私を外から見なければいけない。けれどこの世界を飲み込みたいとも思えないし、今の自分を外からなんか見たくない。理不尽と向き合う覚悟も元気も今のシズには、なかった。
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