【完結】ヤンキー少女、異世界で異世界人の正体隠す

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逃亡編

ありあまる虚無

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 十月二十五日。国民局・二階廊下。
 サンス副局長が三局に向かっている途中、廊下でコッパー・プライト七局長に会った。プライトは微笑み手を上げた。
「おお、サンス。久しぶり元気か? 」
「おかげさまで。プライト局長は? 」
「俺は元気だけが取り柄さ、ははっ! けどセドニが体調崩して長期休暇継続中」
 えっ、とサンスは驚きながら心配をした。
「仕方ないけどさ。ちょっと仕事が大変だ。本当に、セドニ様だったんだよ。あはは」
 プライトは頭を掻きながら呑気に笑う。
「あれじゃないですか? ほら最近四局で風邪が流行ったじゃないですか。何人か休んで。その波が七局にも来たんじゃないですか? 」

「あ! そんな事あったな。ハクエンに会ったら文句を言っておこう! じゃあまた飲みに行こう。サンス」
「お誘い待ってます」
 サンスはプライトと別れると三局フロアに行った。
「あ、サンス副局長! 」
 馴染みの三局員のソラコがサンスに気が付き急いで駆け寄ってきた。
「やあ、ソラコ君。新規の道路修理の案件が入ったって聞いたから、依頼書を貰いにきましたよ」
「すいません。朝一で持っていくつもりだったんですけど、わざわざ取りに来て貰ってすいません」
 ソラコは申し訳なさそうに頭を下げる。
「ついでだったから大丈夫ですよ」
「デスクの上にあるんで、今持って来ます」
 ソラコに他の三局員が駆け寄る。
「ソラコさん、念のためもう一回保管所確認してみます」
「うん、お願い」
 サンスは二人のやり取りを不思議そうに見ていた。ソラコはすぐに依頼書をサンスの元に持って来た。
「これです。お願いします。不明な点があればいつでも連絡ください」
「ありがとう、ソラコ君。それより、何かあったんですか? 大変そうに見えましたけど」
 ソラコは気まずそうな表情をした。
「実は……」
「ソラコさん! 」
 さっきの三局員が満面の笑みで戻って来た。
「鍵、ありました! ちゃんと戻って来てました。それで近くにいた他の局員から話を聞いたら、昨日鍵をばら撒いた人がいたらしくって、それでかけ直す時に戻し間違えたぽいですね」
「なんだ」
 ソラコはほっとしたように肩を落とした。
「鍵がなくなっていたんですか? 」
 安心した表情で、ソラコは頷いた。
「はい。貸出名簿でも貸した形跡がなくて。場所も場所でしたので盗まれてたら大変な問題になってましたよ。あー、よかった」
「ちなみにどこの鍵が? 」
「地下倉庫です」



 シズが二〇二を出ると、昨日すれ違った自転車の花屋が見えた。思わず呼び止め行くと、水色の花を五本買った。花の名前は聞いたが、シズは二秒で忘れた。ささやかな花束と昨日ドクターに貰った大福を持って、シズは二〇一のドアを叩いた。
「どなた? 」
 アンの声が小さく聞こえた。
「ルーです」
「あら、どうぞ。鍵は開いてるから」
 不用心だなと思ったが、ここいらじゃ普通なのかもしれない。シズが中に入ると前と同じようにアンはベッドにいた。
「すいません。暇で来ました」
「あら奇遇。私もとても暇だったのよ」
 アンはそう笑ってお茶を淹れてくれた。シズが買って来た花は窓辺の花瓶に生けられた。そしてアンはベッドに戻り、シズは椅子に座った。
「これ、なかなかいけるわね」
 大福を食べるアンに「でしょう? 」と頷く。
「トムソンさんは? 」
「今日はドクターの所に手伝いに行ってるわ」
「そうですか。あ、なんか欲しい物あったら買ってきましょうか? 」
 アンは声を上げて笑った。
「あなたよっぽど暇なのね。お仕事は? 」
「あ、まだ……」

 働くつもりが、今のシズにはない。優雅な生活だ。優雅なのに、シズは余裕がない。
「今は時間とお金に自由がきくんです。けど、どうしたらいいか分からなくて……」
「あら、そう。まあ人間は思っているほど無限を欲しがっていないからね。あなたこそ、今欲しいものはないの? 」
「欲しいものですか……」
 人に聞かれると、シズは悩む。
「欲しいものとかしたい事とか、願い事とかひとつもないの? 」
 願い事。シズは考える。意味なんていらないからここから消えたい。ここまでを消して欲しい。サウザン氏をボコボコにした日の夜、拘束室でそう願って泣いた。もう死んでしまいたいと思った。今もまだ少しは思っている。ポケットの中の太陽のブローチを握る。メト王女がここまで逃がしてくれた。アイド、バリミア、ジャモン。アシス、リョーク、リゴ、カザンの顔も浮かぶ。死んではいけないのだろう。生きなくてはならない。けれどシズは、その気持ちは簡単に裏切ってしまいそうだった。
「揺るぎない生きる理由が欲しいですかね」
 口にした瞬間、シズはしまったと思った。アンは余命宣告を受けている。そんな人に言うことではなかった。
「あ、すいません。今の忘れてください」
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