【完結】ヤンキー少女、異世界で異世界人の正体隠す

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逃亡編

割り切れない運命

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 それからシズはトムソンの話を聞いた。パズートの魚はうまい。酒もうまい。そんな話ばかりだった。隣の男達はグラスが割れて話を遮られたきり、遊び人の悪口は言わなかった。トムソンがワザとグラスを割ったのは分かった。けど何も言わなかった。
「俺がワザとグラス床に落としたの分かっただろう? 」
 店を出て、人通りが少ない道に入るとトムソンは自ら白状した。少し酔っているようだった。そのせいか笑っていた。
「俺も別に遊び人の味方って訳じゃねぇ。あの男達の気持ちの方がどっちかっていうと分かる」
 歩きながら話を続ける。
「おっさん、畑耕したりしてんのか? ただのアル中だと思ってよ」
「ああ? 」
 トムソンは眉間に皺を寄せて、シズを睨んだ。
「働いているよ。早朝に毎日な。ドクターの畑手伝っている。それにドクターの手伝いも時々な」
「あんた医者なのか?」
「昔な。けどばあちゃんの面倒見るためにやめた。ルーはこんな俺しか見てないだろうが、少し前まではそれなりにまともだった。少し前まではな」
「へぇ」
「俺もばあちゃんが遊び人じゃなかったらさっきの男達と似た考えだったかもな。けどばあちゃんは賢くて優しくていい女なんだよ」
 トムソンは空を仰いでふらついた足で歩く。
「邪魔でもなかったし、目障りなんかでもない。けど俺はあの男達を怒鳴る事ができなかった。グラスを割るなんて小さい事しかできない、小さい男だ」
 何も言わず、シズはトムソンの背中を眺めながら歩いた。
「しょうもない大人だ、俺は」
 そう唾棄するとふらふらと黙って歩いた。もうすぐグレーアパートに着く所でトムソンは白い四角い家に立ち寄った。
「おい、どこ行くんだよ」
 シズが呼び止めたが、トムソンは無視して中に入っていく。家の塀には看板があって「診療所」と書いてあった。家ではなく例のドクターの診療所か。
「ドクター! 」
 トムソンがドクターを呼ぶ声が外まで聞こえる。迷ったが私も中まで着いていくことにした。
「なんじゃ、トムソン! 勝手に入ってきよって! 今日は休みじゃ! 」
 坊主に髭を蓄えた仙人みたいなじじいが白衣を着て怒鳴っていた。赤い縁の眼鏡がまた強烈だった。トムソンは私を振り返る。そして背中を押すとドクターの前にシズを出した。
「この人、前に言ってたルーさん。ミメ・ルー」
「あ? ああ、お前さんを助けたという?」
「そうだ。手の傷見てやって」
「え? 」
 シズはトムソンを見る。
「この間まで手に包帯してただろう」
「ああ……」
 サウザン氏を殴った時にできた傷だった。包帯は取って傷もかさぶたになった。船に乗っている時は白い手袋をはめて隠していた。
「もうほぼ治ってるよ」
「念のためだ。女の手だろ」
 女って気づいてたことにシズは驚いた。まあ医者だから体つきとかで分かるかと納得する。
「今日奢って貰ったお礼だ。しっかり見て貰えよ」
 トムソンはそう言って、診療所を出て行った。
「まあ、座りんさい」
 ドクターに促され、シズはベンチに待合席らしきベンチに座った。隣にドクターが座った。
「手を出しなさい」
 言われた通りにする。掌を見せた。左の掌の傷跡をなぞる。
「刃物を掴んだか? 」
 シズは苦笑するしかない。手を反対に向ける。
「誰かを力任せに殴っただろう」
 赤い縁からドクターが、シズを覗く。ひたすら苦笑するしかない。
「まあ、どっちもほぼ治りかけだ。左の掌の傷は残るかもしれんがな」
「そうっすか」
 ドクターが手を離す。
「トムソンが言っておった。女で手に喧嘩傷らしきものがあって他国から引っ越して隣人がいると。訳ありかもしれないから何かあったら助けてあげて欲しいとな」
「あのおっさん、グレてるように見えてちゃんとした人ですね」
「昔はちゃんとしていた。けど父親に出て行かれ母親にしなれ、今度はばあさんが死ぬ。近い人の死を見過ぎた。それに医者になっていたから色んな人の死を見過ぎた。まあ、それも仕事のうちだから仕方ないが。少し優しさを持ち過ぎたんだよ、トムソンは。俺らは所詮患者と同じ人間だ。出来る事なんてたかが知れとる」
 ドクターはそう言って顎を掻いた。
「それよりトムソンなんかあったか? いつもと少し様子が違った」
「そんな事分かるんですね」
 あの少しの時間でそんな事に気が付くなんてと、シズは驚いた。
「長い付き合いだからな。なんかあったのか? 」
「居酒屋で隣の客が遊び人の事を悪く言ったんです。それでなんか、自己嫌悪っていうんですかね? 」
「そういうことか」
 シズの簡単な説明でドクターは把握したらしい。ドクターは少し「待っとれ」と、奥に消え五分程してお茶と白い大福みたいな物を持ってきた。
「昨日菓子屋の患者がくれた。新商品だそうだ」
 シズは大福らしきものを齧る。皮はモチモチで中のクリームも白く、そして固かった。
「なかなかいける」
 ドクターが言ったのに頷く。美味しくて次は大きく齧った。
「はるか昔はさ、肌の色が違うってだけで差別してたっていうだろう? 笑える話じゃが。違う肌の色の人間から子が生まれて、それを繰り返したから今はそんなに肌の色の差はないらしい。まあ、差別は生まれつきの他にも生まれた環境に向けられる。延々と人間は差別を繰り返していくさ。ほら、割り切らないといけない時ってあるだろう?悲しみや怒り続けるわけにはいかないからさ。人間は揺るがない理由が知りたいから、どうやってもどうしようしようもないことを理由にしたがる」
「それが生まれつきや生まれた環境ってことですか」
 ドクターはそうだと頷く。
「遊び人の差別は今でも続いている。秩序の中で生きていて不満があっても自分の生き方を否定したくない。だから違う生き方の奴らを否定する。あいつらは間違った生き方をしている、俺達はこんなにつらくても正しい生き方をしてるのによ、ってな。割り切る最短距離が差別だ。結局差別ってのは、八つ当たりと自己陶酔からくるんだよ」
割り切る、か。私も割り切らなければいけない。けどこの世界を差別している心がある。深く長く考えれば考えるほどに私がこの世界にいるのは理不尽だし、受け入れるのが悔しい。
「けど少しくらい自己陶酔しなきゃ人間生きていけない。自己陶酔は自己防衛でもあるからな。自分が大事と思えば自分を守る。それは生きていく中で必要な事だ。ようするに按配が難しいって事じゃな」
 ドクターは最後の残りの大福を口に放り込んだ。
「朝、アンの所に診察に行った。あんたの話をしていたよ。あんたもこんな昼間からトムソンと酒を呑むなんて暇人なんだろう。ばあさんの相手もしてやりな」
 頷いた。
「明日でも行ってみます」
「そうしな。残りの菓子はやる。持って帰りな」
「どうも」
診療所を出て、シズはポケットから太陽のブローチを出し撫ぜた。ミトスはこの世界に居れば死んでしまう、麦畑と共に生きたかった夢も叶えられず、そんな理不尽を受け入れてまでも生きる事を選んだ。死ぬのがそれほど怖かったのだろうか。今のシズは、死ぬことより理不尽の方がずっと、怖い。
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