【完結】ヤンキー少女、異世界で異世界人の正体隠す

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逃亡編

陰で泳ぐ魚たち

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 カーネスがカザンの方に手を伸ばす。指先がカザンの額に触れようとした時、ハクエンが身体を乗り出し、カーネスの手首を掴んだ。
「デメリットは他にないのか? 」
 ハクエンが尋ねる。
「十七歳以下しか入れ替えができない。コインを引っくり返す事のデメリットは他にないのか? 」
「入れ替えに失敗したことはない。100パーセントの安全を保障する」
「100パーセント安全に戻って来られるのか? 絶対に入れ替えた後、戻せるのか」
 カーネスはつまらなそうな顔をしてため息を吐いた。
「やったことは何度かある。けど成功したのは一回だけだ。99.9パーセント失敗する」
「カザン下がれ」
 ハクエンが命令する。
「けどハクエン局長、可能性があるなら、」
「下がれと言ったのが聞こえんか! 」
 ハクエンの怒鳴り声が響く。カザンは怯み、アシスがカザンのジャケットの裾を強引に引っ張り、隣に戻らせた。
「カザン、もうそこから一歩も動くなよ。ローザしっかり掴んでおけ」
「はい」
 アシスがカザンの手首を掴む。カザンが声を上げた。
「痛い痛い! 骨砕けます! 」
「ごめん。力加減間違えた」
「あなたの場合冗談にならないのでちゃんとしてください」
 ハクエンがカーネスから手を離す。
「カーネス。手をデスクの下に戻せ」
「はいはい」
 カーネスは素直に膝の上に手を戻した。
「あなたさっき一回だけ元に戻すのに成功したって言ったわよね。それってシズの事? 」
 アシスが尋ねる。カーネスは答えない。
「そういえばカンダも十九歳だもんね。ひっくり返されただけならとっくに死んでいるって事か」
 カラミンが呟く。カーネスはここにいる人間がシズに対して優しさを持っている事を感じた。
「お前らシズ・カンダに対してやけに慣れ慣れしいな。親しいのか」
「そりゃあね。同僚だから」
 アシスが教えれば、カーネスは狂った笑い声を上げた。
「何がおかしいの? 」
 アシスが睨む。
「馬鹿そうだと思ったけどやっぱ馬鹿だったな、あの女。あいつの努力は不幸を呼ぶ」
「あいつというのは誰だ? 」
「それは内緒だ」
 ハクエンの頭に「ミトス・スイド」の名前が浮かぶ。けれど誰も口にはしない。「ミトス・スイド」はアベンチュレのスパイだ。誰も簡単には口にできない。「ミトス・スイド」の存在に気が付いている事を知られれば、何かしらの圧力がかかる。下手に漏らす訳にいかないというのがハクエンの考えだった。バライトとカルカも「ミトス・スイド」の名前がもちろん浮かんだが、王子側の人間がもしかしたらこの空間にいるかもしれないという、もしもを考えない訳にはいかなかった。そして近いうちに王子に接触するつもりである九局は今必要以上に慎重にならなければならず、下手に動けなかった。カーネスは墓場でカラミンが「ミトス・スイド」の名を口にしたのに、この瞬間それを問い詰められないのを不思議に思った。シズがコインを引っくり返された人間である事を前提に問われているのに、誰もシズのコインは誰だとは聞かない。カーネスは相手側の人間達が互いに探り合いをしているのを勘で察した。
「いいこと教えてやる」
 カーネスは言った。その探り合いをさらにややこしくしてやろうという、意地悪な心だった。
「シズ・カンダは、すぐに見つけた方がいい」
「そんな事お前に言われなくてもやるさ」
 ハクエンが言った。
「そして殺した方がいい」
 カーネスが笑い、ハクエンを見る。そして脳裏に「死ねばよかった」と言ったシズの弱々しい姿がよぎった。
「あの子は城人なんてものに一番なっちゃいけない人間だ」
「まあ、カンダはガサツで口は悪いが仕事は真面目だったよ」
 ハクエンが部下を庇う。
「いいか。もっと言えばシズ・カンダはこの世で一番生きていてはいけない人間だ。だから俺は言ったんだ。死んだ方がいいって」
 アシスが唇を噛み締め前に出ようとしたが、それをカザンが止める。
「なぜお前がそこまで言う」
 ハクエン低い声で聞き、カーネスを睨む。
「怖いですね。けど本当の事ですよ」
 カーネスは微笑む。
「シズ・カンダはこの世界で唯一の脅威になれる存在だからね」



 アザムはペタの隣町にある古書店街に来ていた。いつも整えている髪をワザとボサボサにして縁の太い眼鏡、よれたシャツに皺だらけのズボンそして汚れ穴が空いた靴。この恰好を見て誰も名門アザム家の人間だとは想像だにしないだろう。
 アザムは九局の資料だけでは足らず、城人だという事を隠しこの古書街に通うようになっていた。目的はインデッセの歴史的資料だった。それがシズに繋がるかは一縷の望みさえないだろう。けれど、ただの勘だけれどインデッセには隠されたものがあるとアザムは考えていた。
「お兄さん、最近よく見るね」
 アザムはある古書店の女店主に覚えられた。
「あんた、いつも同じ服だね。ちゃんと洗っているのかい?」
「洗ってますよ」
 いつも同じ服を着てアザムのは顔ではなく恰好を覚えさせるためだ。助言はすべてカルカから受けていた。ハタキを持って、頭のてっぺんでお団子に髪をまとめた女店主は棚を見上げた。
「このあたりはインデッセに関するものだね。なにあんた、インデッセのこと勉強してるのかい?」
「あ、はい。来年、インデッセに留学するんです。歴史を学びに。インデッセって他の国と比べて少し神秘的な所があるじゃないですか」
「あーはいはい。たまにいるよあんたみたいなの。インデッセは昔、神様がいたからね。いくら神様がいなくなってもそういう気持ちは人の心に居づくものだからね」
「そういう心とは? 」
「それはあれだよ。神秘的な心だよ? 」
 女店主はなぜか疑問形だった。
「歴史について調べているんなら、うちよりいい店があるよ」
「え? 」
「ちょっと入り組んだ所にあってね。知る人ぞ知るって店さ。マニアック過ぎて普通の客はまず立ち寄らない。あんたみたいなのは楽しめるかもよ」
 女店主はアザムの頭からつま先まで見て納得したようにアザムを分類した。あまり良い分類には入れてないだろう。
「いってみます」
「ああ。地図を描いてあげるよ。口じゃ難しい」
 女店主はレジで適当な紙にペンを走らせた。
「二代目なんだけどね。初代の孫だ。そこの店主をする前はベグテクタにいたらしい」
「ベグテクタに?」
「ベグテクタで何をしていたかは知らないよ。スキンヘッドで目つきの悪い怖いし不愛想。けどまあ、悪い人じゃない」
 女店主は描いた地図をアザムに渡した。
「ルーサイト古書店って所だ。お望みの本があればいいね」
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