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逃亡編
平和的不平等世界
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「それは、そうだな」
ペリド国王は短く笑った。馬鹿にした笑いだった。メトは表情を崩さずテーブルの下で手を握った。アメシ王妃は横に座るヘンサ王子をあやす。けれどそれはこの張りつめた空気を幼子に悟らせないようにしている行動のようだった。
「二度と起こさないようにと我々は四ヵ国条約が制定された。けれどまたいつか起きてしまうと私は思っている」
ペリド国王は自分でグラスに葡萄酒を注いだ。メトは言葉を冷静に瞬時に探す。ここでの失態がアベンチュレの失態にもなる。
「その理由を伺ってもよろしいでしょうか? 」
メトは質問で返した。教えを乞う立場になることにした。
「人間には意思があるからだ」
ペリド国王は力強い即答をした。
「意思? 」
「戦争は意思があるから起こる。戦争とは暴力によって自分の意思を押し付け従わせることが目的なのだ。自分と相手の意思を共有し続けるなんてことは無謀なのだよ、アベンチュレの姫」
肉を頬張り酒で流し込むとペリド国王は続けた。
「意思を放棄しない限り、『自分』と『相手』は対等だ。意思をなくせば、戦争に負ける。そしてそれが永遠の傷となる」
「永遠の傷ですか……」
「傷を得たものは不平等を受け入れなければならない」
「しかしペリド国王、今は四ヵ国条約で平等が保たれているのでは? 」
「平等が保たれている? 」
ペリド国王はちゃんちゃら可笑しいと笑い声を上げた。
「父上」
しびれを切らしたトーレンが父を咎めた。
「そのような笑い方は大変失礼です。もうそれ以上戦争の話はこの場にふさわしくないと」
「お前は黙っていろ」
低い声で国王は息子を一蹴した。トーレン王子は唇を噛み締める。
「我々王族がいる時点で、国というものがある時点で不平等は必ず生まれる。国がある。秩序がある。それが奪い合うようにこの世を組み立ててしまっている」
「では、不平等とは経済的にということですか? 」
「それもある。けれど一番は精神的な不平等だ」
「精神的不平等? 」
「それを一番感じているのはベグテクタとインデッセだと思うが。なぜだか聞くな。それはちゃんと勉強していれば馬鹿でも分かる」
メトは黙った。十二年戦争の火ぶたのきっかけはインデッセの神がオードのパズートを火の海にしたからだ。そうするように促したのは、ベグテクタ。潜在的な罪の意識が両国に不平等を受け入れさせているということが言いたいのだろう。戦争でインデッセは神を奪われ、ペグテクタはプライドを奪われた。簡単に言えばそういうことだ。
「国ができれば法と秩序ができる。それだけで人々は己の財産の安全、他者との取引の安全をも保障され、営みができる。奪い合いを柔らかくしたのが営みだ。国の王として私はこの営みを守りたい。そのためにオードの王族の血にアベンチュレの血を混ぜたいのだ」
「え? 」
メトは咄嗟にきちんとした言葉が出せなかった。けれど一瞬で理解したのはオードの国王は、自分を人間としては見ていないのではということだった。
「もし戦争になったらアベンチュレを強く味方にしたい。十二年戦争の時と同じように」
メトは口を開かなかった。
「それと、付け加えるが、この世が不平等ではないと仮定しても平等の中にも隠れた階級がある」
「……その平等の階級の上にオードはあるのですか」
ベグテクタとインデッセが精神的不平等を抱えているとオードの国王の口か出たのであれば、この答えは簡単に出せた。ペリド国王は笑うだけだった。
「金も命も等しくない。感情が生物というものに対して等しくないからだ。感情はシ組み立てができない。そもそも人間が望む物を平等に分配できるわけがない。人の欲の底はそれぞれだ。それと、ああ、話を戻そう。永遠の傷の話だ。さっき話した」
「戦争に負けた方が得る傷のこと、ですよね」
「おお、きちんと私の話を聞いているな。賢い姫だ」
メトは微笑んだ。勿論、褒められたとは微塵も思っていない。
「私は次に戦争を起こすのは、インデッセだと思う。これで、アベンチュレを味方にしておきたい理由が分かったかい?」
「アベンチュレがインデッセの隣国だからです」
「正解だ」
ペリド国王は短く笑った。馬鹿にした笑いだった。メトは表情を崩さずテーブルの下で手を握った。アメシ王妃は横に座るヘンサ王子をあやす。けれどそれはこの張りつめた空気を幼子に悟らせないようにしている行動のようだった。
「二度と起こさないようにと我々は四ヵ国条約が制定された。けれどまたいつか起きてしまうと私は思っている」
ペリド国王は自分でグラスに葡萄酒を注いだ。メトは言葉を冷静に瞬時に探す。ここでの失態がアベンチュレの失態にもなる。
「その理由を伺ってもよろしいでしょうか? 」
メトは質問で返した。教えを乞う立場になることにした。
「人間には意思があるからだ」
ペリド国王は力強い即答をした。
「意思? 」
「戦争は意思があるから起こる。戦争とは暴力によって自分の意思を押し付け従わせることが目的なのだ。自分と相手の意思を共有し続けるなんてことは無謀なのだよ、アベンチュレの姫」
肉を頬張り酒で流し込むとペリド国王は続けた。
「意思を放棄しない限り、『自分』と『相手』は対等だ。意思をなくせば、戦争に負ける。そしてそれが永遠の傷となる」
「永遠の傷ですか……」
「傷を得たものは不平等を受け入れなければならない」
「しかしペリド国王、今は四ヵ国条約で平等が保たれているのでは? 」
「平等が保たれている? 」
ペリド国王はちゃんちゃら可笑しいと笑い声を上げた。
「父上」
しびれを切らしたトーレンが父を咎めた。
「そのような笑い方は大変失礼です。もうそれ以上戦争の話はこの場にふさわしくないと」
「お前は黙っていろ」
低い声で国王は息子を一蹴した。トーレン王子は唇を噛み締める。
「我々王族がいる時点で、国というものがある時点で不平等は必ず生まれる。国がある。秩序がある。それが奪い合うようにこの世を組み立ててしまっている」
「では、不平等とは経済的にということですか? 」
「それもある。けれど一番は精神的な不平等だ」
「精神的不平等? 」
「それを一番感じているのはベグテクタとインデッセだと思うが。なぜだか聞くな。それはちゃんと勉強していれば馬鹿でも分かる」
メトは黙った。十二年戦争の火ぶたのきっかけはインデッセの神がオードのパズートを火の海にしたからだ。そうするように促したのは、ベグテクタ。潜在的な罪の意識が両国に不平等を受け入れさせているということが言いたいのだろう。戦争でインデッセは神を奪われ、ペグテクタはプライドを奪われた。簡単に言えばそういうことだ。
「国ができれば法と秩序ができる。それだけで人々は己の財産の安全、他者との取引の安全をも保障され、営みができる。奪い合いを柔らかくしたのが営みだ。国の王として私はこの営みを守りたい。そのためにオードの王族の血にアベンチュレの血を混ぜたいのだ」
「え? 」
メトは咄嗟にきちんとした言葉が出せなかった。けれど一瞬で理解したのはオードの国王は、自分を人間としては見ていないのではということだった。
「もし戦争になったらアベンチュレを強く味方にしたい。十二年戦争の時と同じように」
メトは口を開かなかった。
「それと、付け加えるが、この世が不平等ではないと仮定しても平等の中にも隠れた階級がある」
「……その平等の階級の上にオードはあるのですか」
ベグテクタとインデッセが精神的不平等を抱えているとオードの国王の口か出たのであれば、この答えは簡単に出せた。ペリド国王は笑うだけだった。
「金も命も等しくない。感情が生物というものに対して等しくないからだ。感情はシ組み立てができない。そもそも人間が望む物を平等に分配できるわけがない。人の欲の底はそれぞれだ。それと、ああ、話を戻そう。永遠の傷の話だ。さっき話した」
「戦争に負けた方が得る傷のこと、ですよね」
「おお、きちんと私の話を聞いているな。賢い姫だ」
メトは微笑んだ。勿論、褒められたとは微塵も思っていない。
「私は次に戦争を起こすのは、インデッセだと思う。これで、アベンチュレを味方にしておきたい理由が分かったかい?」
「アベンチュレがインデッセの隣国だからです」
「正解だ」
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