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逃亡編
遊び人
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アンは杖を突いて小ぢんまりとしたキッチンに立った。ゆっくりとした動作で湯を沸かし、茶を丁寧に入れた。しばらくするとベッド脇にあったサイドテーブルにティーカップを二つと砂糖の入った壺を置いた。
「お腹が減っていましたらこれも。甘いものが今なくてね」
一緒にあんまんみたいなものをシズに出した。半分に割ってみるとタレで絡めた鶏肉が入っていた。ネギも入っている。一口食べる。
「うまい」
「それはよかったです」
アンはベッドの上に腰を掛けて杖を置いた。シズは鶏まん(勝手に名前を付けた)を半分食べると尋ねた。
「あの、すいません。遊び人ってなんですか? 」
アンは目を丸くした。
「ルーさん、知らないのかい? 」
「名前は聞いた事あるんですが、どういう人かは知らないんです」
フェナ村で結局レアーメに、シズは聞きそびれていた。アンはおかしそうにそうかい、そうかいと繰り返しサイドテーブルにカップを置いた。
「カーキ色のマントをはおった集団を見た事は? 」
「いや。その集団が遊び人? 」
アンは頷いた。
「集団で旅をする人を遊び人というんですか? 」
「なんのために旅をするか分かるかい? 」
問いを問いで返された。鶏まんを咀嚼しながら考えたが、シズは首を捻った。
「故郷がないからよ」
アンは答えを教えた。
「遊び人は苗字を持たない。名前だけ。遊び人は春を追いかけて旅をするの」
「春を追いかける? 」
シズは尋ねる。
「暑くなれば、インデッセの方へ。寒くなればここオードの方に。季節に合わせて住む場所を変えるの」
へえ、とシズは頷いた。それだけ聞いてもシズは、トムソンの「遊び人」の言葉に対しての態度に釈然としなかった。
「じゃあ遊び人は春のために旅ををするんですか? 」
「そうね。それもあるわ。けれど一番の理由は、遊び人が平和を愛しているからよ」
「平和……」
「人はね、同じ場所に留まるから争うの。国を持つから不平等になる。土地はそれぞれに特性があるでしょう? あるものとないものが国それぞれ。だから奪い合う世の中になる。それが遊び人の考え。遥か大昔の人々は皆、遊び人と同じように定住していなかったんだよ。ただ皆生きるために春を追いかけて自然に沿って暮らしていた」
「じゃあ同じ場所でずっと暮らすのはよくないんですか? 」
アンはいえ、と否定した。
「人が定住して国を創る。そうすれば法と秩序ができるわ。財産とそれなりの安全、保障を手に入れやすくなる。営みができる。その営みをつくり上げるのに人ひとりの人生では足りない。何人分の人生を繋げてやっとできるの。そうして苦労して出来上がった土地を、ふらふらとやってきて春だけの優しい部分だけを求める遊び人達を嫌がるのも理解できない事もないわね」
「ふらふらって。旅ってそんな楽なもんじゃないだろう? 」
「あなたみたいに柔らかい人ばかりではないのよ」
シズはそういうもんかと考える。
「特に戦時中は差別が酷かったみたいよ。明日の命をかけて国を守ろうとしているのに平和だ平和だと言っているのにも腹が立ったのでしょう。百年経った今でもその名残があって遊び人は生きにくい。だから国の人と結婚して苗字を持ち、遊び人だった事を隠して生きている人もいる。元遊び人ってだけで嫌な顔をする人がいるからね。不思議と社会でも出世しにくい。というよりほぼできないよ」
「ややこしいですね」
「ややこしいのよ」
アンは仕方なさそうに微笑んだ。
「じゃあアンさんはオードの人と結婚したんですか? 」
「ちがうのよ、それが。私は同じ遊び人との間に娘を産んだ。娘は自分が遊び人である事を嫌がって、オードの人と結婚したの。その息子がトムソン。もう別々に生きていくものだと思っていたけれどトムソンが十歳の時に、娘が私をオードへ呼び寄せたの」
「娘さんは? 」
「病気で死んだの。トムソンの父親もとっくに蒸発して。自分の病気を知ってトムソンの将来が心配だったのよ。それで私にトムソンを育てるように頼んだの。私がオードに来てすぐに死んだ。それからずっとトムソンと二人。二人だけでこの部屋に暮らしているの」
アンは窓の外を見やった。景色の向こうに一際白く美しい高い塔があった。
「あれは城ですか? 」
「そうよ。立派でしょう?こことは大違い」
アンは自虐的に笑った。シズも苦笑しながらその美しい塔を見つめた。
「お腹が減っていましたらこれも。甘いものが今なくてね」
一緒にあんまんみたいなものをシズに出した。半分に割ってみるとタレで絡めた鶏肉が入っていた。ネギも入っている。一口食べる。
「うまい」
「それはよかったです」
アンはベッドの上に腰を掛けて杖を置いた。シズは鶏まん(勝手に名前を付けた)を半分食べると尋ねた。
「あの、すいません。遊び人ってなんですか? 」
アンは目を丸くした。
「ルーさん、知らないのかい? 」
「名前は聞いた事あるんですが、どういう人かは知らないんです」
フェナ村で結局レアーメに、シズは聞きそびれていた。アンはおかしそうにそうかい、そうかいと繰り返しサイドテーブルにカップを置いた。
「カーキ色のマントをはおった集団を見た事は? 」
「いや。その集団が遊び人? 」
アンは頷いた。
「集団で旅をする人を遊び人というんですか? 」
「なんのために旅をするか分かるかい? 」
問いを問いで返された。鶏まんを咀嚼しながら考えたが、シズは首を捻った。
「故郷がないからよ」
アンは答えを教えた。
「遊び人は苗字を持たない。名前だけ。遊び人は春を追いかけて旅をするの」
「春を追いかける? 」
シズは尋ねる。
「暑くなれば、インデッセの方へ。寒くなればここオードの方に。季節に合わせて住む場所を変えるの」
へえ、とシズは頷いた。それだけ聞いてもシズは、トムソンの「遊び人」の言葉に対しての態度に釈然としなかった。
「じゃあ遊び人は春のために旅ををするんですか? 」
「そうね。それもあるわ。けれど一番の理由は、遊び人が平和を愛しているからよ」
「平和……」
「人はね、同じ場所に留まるから争うの。国を持つから不平等になる。土地はそれぞれに特性があるでしょう? あるものとないものが国それぞれ。だから奪い合う世の中になる。それが遊び人の考え。遥か大昔の人々は皆、遊び人と同じように定住していなかったんだよ。ただ皆生きるために春を追いかけて自然に沿って暮らしていた」
「じゃあ同じ場所でずっと暮らすのはよくないんですか? 」
アンはいえ、と否定した。
「人が定住して国を創る。そうすれば法と秩序ができるわ。財産とそれなりの安全、保障を手に入れやすくなる。営みができる。その営みをつくり上げるのに人ひとりの人生では足りない。何人分の人生を繋げてやっとできるの。そうして苦労して出来上がった土地を、ふらふらとやってきて春だけの優しい部分だけを求める遊び人達を嫌がるのも理解できない事もないわね」
「ふらふらって。旅ってそんな楽なもんじゃないだろう? 」
「あなたみたいに柔らかい人ばかりではないのよ」
シズはそういうもんかと考える。
「特に戦時中は差別が酷かったみたいよ。明日の命をかけて国を守ろうとしているのに平和だ平和だと言っているのにも腹が立ったのでしょう。百年経った今でもその名残があって遊び人は生きにくい。だから国の人と結婚して苗字を持ち、遊び人だった事を隠して生きている人もいる。元遊び人ってだけで嫌な顔をする人がいるからね。不思議と社会でも出世しにくい。というよりほぼできないよ」
「ややこしいですね」
「ややこしいのよ」
アンは仕方なさそうに微笑んだ。
「じゃあアンさんはオードの人と結婚したんですか? 」
「ちがうのよ、それが。私は同じ遊び人との間に娘を産んだ。娘は自分が遊び人である事を嫌がって、オードの人と結婚したの。その息子がトムソン。もう別々に生きていくものだと思っていたけれどトムソンが十歳の時に、娘が私をオードへ呼び寄せたの」
「娘さんは? 」
「病気で死んだの。トムソンの父親もとっくに蒸発して。自分の病気を知ってトムソンの将来が心配だったのよ。それで私にトムソンを育てるように頼んだの。私がオードに来てすぐに死んだ。それからずっとトムソンと二人。二人だけでこの部屋に暮らしているの」
アンは窓の外を見やった。景色の向こうに一際白く美しい高い塔があった。
「あれは城ですか? 」
「そうよ。立派でしょう?こことは大違い」
アンは自虐的に笑った。シズも苦笑しながらその美しい塔を見つめた。
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