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逃亡編
隣の孫と祖母
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「最近はもっと綺麗なアパートや借家ができてんのによ、あんな汚いアパートに来たのか」
男ははトムソン・モライトと名乗った。寝癖が付けば針金のように言う事を聞きそうにない黒髪。肌は良く焼けている。パズートの街の人は褐色な肌をした人が多かった。太陽トムソンの目尻は頼りなさそうに垂れている。年齢は三十代ぐらいだろうかとシズは見当をつけた。
「あんた、金がないのか? 」
トムソンは自分の仲間を見つけたような笑みを浮かべた。ここで金があると言おうものなら、唾を吐きかけられても仕方ない。
「そんなとこ」
なのでシズは穏便に嘘を吐いた。
「俺もだよ」
「そう。おっさん家族は? 」
「あの汚いアパートにばあちゃんと暮らしている。嫁も子どももいないよ」
「ふーん」
「結婚なんて嫌いだ。家族ってのは面倒だ」
「そうか」
「あんたは? あ、名前聞いてないな」
「シ、」
シズ・カンダ。そう言いかけて、シズは飲み込んだ。新しい名前を胸の中で二回唱えた。
「ミメ・ルー」
自分の口から出た名前は、耳にしっくりこなかった。ぺらぺらだった。
「家族は私もいないよ。オードにも今朝着いたばかりだ」
「そうか。この街は太陽のせいか陽気だよ。悪い事するのも陽気だ。い、てててて……」
トムソンは捻った右足を間違って地面についたのか、呻いた。
「おぶってやろうか? 」
「いや、いい。もう着いた」
汚いと貶し続けたグレーアパートの外壁がもう見えていた。
「まじまじ見るとさらにひどく見えるだろう? 」
同情気味に、シズは言われた。
「グレーは好きな色だから」
シズの返事にトムソンは笑った。階段を上るにもトムソンは背負われることを頑なに拒んだ。やっとの思いで二階まで上る。
「おっさん、何号室? 」
「二〇一」
「私の隣だな」
「色々奇遇だな」
シズは二〇一号室のドアを開ける。するとベッドの上に老婆が座っていた。トムソンの祖母だと。シズはすぐに分かった。インデッセの王の雪色の髪とは違う年月が色を溶かしたと分かる白髪だった。白髪は顎のラインで切りそろえられて、前髪は顔におちてこないようにピンで留めていた。
「トムソン? 」
おばあさんは布団をのけるとベッドから出ようとした。
「動かなくていい、ばあさん。悪いが椅子に座らせてくれ」
壁際にあった椅子に、シズはトムソンを座らせた。
「どうしたんだい? 」
おばあさんは心配そうにベッドから身を乗り出して心配そうにトムソンを見やった。
「溝に落ちて捻ったんだ。それをたまたま近くにいたルーさんが助けてくれた。」
おやじ狩りにあったとは言えないのだろう。シズも黙っておいた。
「それは大変お世話になりました」
おばあさんが丁寧に礼を言ってきて、シズは慌てて礼を言い返した。
「私はトムソンの祖母でアンと言います。一年ほど前に病気をしてあまり身体が動かないんです。申し訳ない」
「気にしなくていいです」
シズがそう言ってもアンは申し訳なさそうな顔を崩さなかった。
「トムソン包帯を巻いてやるから。すまない、ルーさん」
「え? 」
あ、ルーは私の名前だ。シズは慌てる。
「あ、はい」
「悪いですけど、そこの棚の一番上にある薬箱を取ってくれませんか?」
アンが指さした方に木箱があった。それを取るとシズはアンに渡す。アンは薬箱から包帯を取る。
「ほらトムソン。足をこっちに出しな」
トムソンは顔を顰めた。なぜか気まずそうだった。けれど素直に椅子をベッドに近づけて、ベッドの上に足を上げた。病人の手は頼りなさそうに見えて安心感があった。手際よく幹部に包帯を巻いていく。
「上手ですね」
シズは自然と口から零れた。アンは照れくさそうに笑い包帯を結び終えた。トムソンはすぐに足をベッドから下す。
「年の功です。それにずっと旅をして生きてきたんでこれくらいは慣れているんです」
「そうなんですか」
感心すればトムソンの横顔がさらに曇った。シズはこの二人に距離を少し感じた。
「旅とか遠回しに言わずに遊び人だったって言えばいいじゃないか」
アンさんは包帯を片す手を止めた。トムソンさんは俯くと急に立ち上がった。
「あ」
シズが止める間もなかった。トムソンは右足を床に着けた。
「いっ! 」
歯を食いしばって痛がった。当たり前だ。けれどすぐに持ち直してケンケンで部屋を出て行こうする。
「どこいくんだい」
「ドクターの所で松葉杖貰ってくる」
背を向けたままぶっきらぼうに言ってトムソンは出ていった。それなら最初から医者に連れて行った方がよかったな、とシズは思った。
「付いていってきますよ。あの足じゃ大変だろうから」
「いいんです。ドクターの病院はすぐ隣です。馴染みなのでついでに冷やしてくれるでしょう。それに一人でいたいと思うので」
アンはベッドの脇から杖を取るとベッドから下りようとした。
「どうかお茶でも飲んでいってください。客人なんて久しぶりなので」
「あ、おかまいなく」
アンは首を振る。
「かまわせてください。ずっとベッドにいるのも身体に悪いんです。まったく歩けないってわけでもないので。さあ、遠慮せずに椅子に」
言われるがままシズはトムソンが座っていた椅子に腰かけた。
男ははトムソン・モライトと名乗った。寝癖が付けば針金のように言う事を聞きそうにない黒髪。肌は良く焼けている。パズートの街の人は褐色な肌をした人が多かった。太陽トムソンの目尻は頼りなさそうに垂れている。年齢は三十代ぐらいだろうかとシズは見当をつけた。
「あんた、金がないのか? 」
トムソンは自分の仲間を見つけたような笑みを浮かべた。ここで金があると言おうものなら、唾を吐きかけられても仕方ない。
「そんなとこ」
なのでシズは穏便に嘘を吐いた。
「俺もだよ」
「そう。おっさん家族は? 」
「あの汚いアパートにばあちゃんと暮らしている。嫁も子どももいないよ」
「ふーん」
「結婚なんて嫌いだ。家族ってのは面倒だ」
「そうか」
「あんたは? あ、名前聞いてないな」
「シ、」
シズ・カンダ。そう言いかけて、シズは飲み込んだ。新しい名前を胸の中で二回唱えた。
「ミメ・ルー」
自分の口から出た名前は、耳にしっくりこなかった。ぺらぺらだった。
「家族は私もいないよ。オードにも今朝着いたばかりだ」
「そうか。この街は太陽のせいか陽気だよ。悪い事するのも陽気だ。い、てててて……」
トムソンは捻った右足を間違って地面についたのか、呻いた。
「おぶってやろうか? 」
「いや、いい。もう着いた」
汚いと貶し続けたグレーアパートの外壁がもう見えていた。
「まじまじ見るとさらにひどく見えるだろう? 」
同情気味に、シズは言われた。
「グレーは好きな色だから」
シズの返事にトムソンは笑った。階段を上るにもトムソンは背負われることを頑なに拒んだ。やっとの思いで二階まで上る。
「おっさん、何号室? 」
「二〇一」
「私の隣だな」
「色々奇遇だな」
シズは二〇一号室のドアを開ける。するとベッドの上に老婆が座っていた。トムソンの祖母だと。シズはすぐに分かった。インデッセの王の雪色の髪とは違う年月が色を溶かしたと分かる白髪だった。白髪は顎のラインで切りそろえられて、前髪は顔におちてこないようにピンで留めていた。
「トムソン? 」
おばあさんは布団をのけるとベッドから出ようとした。
「動かなくていい、ばあさん。悪いが椅子に座らせてくれ」
壁際にあった椅子に、シズはトムソンを座らせた。
「どうしたんだい? 」
おばあさんは心配そうにベッドから身を乗り出して心配そうにトムソンを見やった。
「溝に落ちて捻ったんだ。それをたまたま近くにいたルーさんが助けてくれた。」
おやじ狩りにあったとは言えないのだろう。シズも黙っておいた。
「それは大変お世話になりました」
おばあさんが丁寧に礼を言ってきて、シズは慌てて礼を言い返した。
「私はトムソンの祖母でアンと言います。一年ほど前に病気をしてあまり身体が動かないんです。申し訳ない」
「気にしなくていいです」
シズがそう言ってもアンは申し訳なさそうな顔を崩さなかった。
「トムソン包帯を巻いてやるから。すまない、ルーさん」
「え? 」
あ、ルーは私の名前だ。シズは慌てる。
「あ、はい」
「悪いですけど、そこの棚の一番上にある薬箱を取ってくれませんか?」
アンが指さした方に木箱があった。それを取るとシズはアンに渡す。アンは薬箱から包帯を取る。
「ほらトムソン。足をこっちに出しな」
トムソンは顔を顰めた。なぜか気まずそうだった。けれど素直に椅子をベッドに近づけて、ベッドの上に足を上げた。病人の手は頼りなさそうに見えて安心感があった。手際よく幹部に包帯を巻いていく。
「上手ですね」
シズは自然と口から零れた。アンは照れくさそうに笑い包帯を結び終えた。トムソンはすぐに足をベッドから下す。
「年の功です。それにずっと旅をして生きてきたんでこれくらいは慣れているんです」
「そうなんですか」
感心すればトムソンの横顔がさらに曇った。シズはこの二人に距離を少し感じた。
「旅とか遠回しに言わずに遊び人だったって言えばいいじゃないか」
アンさんは包帯を片す手を止めた。トムソンさんは俯くと急に立ち上がった。
「あ」
シズが止める間もなかった。トムソンは右足を床に着けた。
「いっ! 」
歯を食いしばって痛がった。当たり前だ。けれどすぐに持ち直してケンケンで部屋を出て行こうする。
「どこいくんだい」
「ドクターの所で松葉杖貰ってくる」
背を向けたままぶっきらぼうに言ってトムソンは出ていった。それなら最初から医者に連れて行った方がよかったな、とシズは思った。
「付いていってきますよ。あの足じゃ大変だろうから」
「いいんです。ドクターの病院はすぐ隣です。馴染みなのでついでに冷やしてくれるでしょう。それに一人でいたいと思うので」
アンはベッドの脇から杖を取るとベッドから下りようとした。
「どうかお茶でも飲んでいってください。客人なんて久しぶりなので」
「あ、おかまいなく」
アンは首を振る。
「かまわせてください。ずっとベッドにいるのも身体に悪いんです。まったく歩けないってわけでもないので。さあ、遠慮せずに椅子に」
言われるがままシズはトムソンが座っていた椅子に腰かけた。
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