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逃亡編
それいけ九局
しおりを挟む十月十三日の午後。九局フロア。
シズが逃亡のため、午前中はこれまでになく九局は慌ただしかったが、午後は皆通常運転に戻った。シズはまだ見つかってはいない。それなのにいつも通り過ぎる午後にアザムは戸惑いを感じた。周りと違う自分にどことなく落ち着かないアザムは、席を立つと九局専用の資料室に向かった。
九局になってすぐにアザムは、アンドラ王子がスパイを使っている理由、スパイの素性を調査するように命令された。スパイの名前は分かった。ミトス・スイド。シズ・カンダと同じ顔をし、九十七期生の生き残り。詳しい素性はまだ確認できていないが、スパイの名前と顔が特定できた事は大きな前進だ。だが、それは全てバライト達がシズを尋問して導き出した手柄だ。アザム自身は何もしていない。アザムは自分がふがいなかった。そのためもうひとつの、「スパイを使った理由」は自分でつきとめると心に決めていた。アザムはアンドラ王子がスパイを送り込んだ国はインデッセだと確信していた。シズがインデッセで襲撃されたのが確信の大きな理由だった。ヨール王はミトス・スイドの顔を知っていたのではないか。そのためにシズは襲われた。そしてシズと関係しているとされる機密手配人、コーネス・カーネス。カーネスの機密手配書を出したのはインデッセだ。これもアザムには無関係だとは思えなかった。アザムは棚からインデッセに関する資料を取った。資料室の入り口にカルカが立っていた。アザムは資料を開く手を止めた。
「副局長、お疲れ様です」
「お疲れ。調べものか?」
カルカがドアを閉めると中に入ってきた。
「少し。あのカンダの事聞いてもいいですか? 」
「どうした? 」
「カンダを捜索しないでんすか?フェナに身を隠すというのもありえるのでは? 」
「しないよ」
行くわけないとも聞こえる言い方だった。
「バライト局長がカンダの行き先はもう分かっているって」
アザムは素直に驚きを表情に出した。
「それは、どこですか? 」
「オード。ほら、カンダの友人のコイズ。王女の秘書で今日王女と共にオード留学に出発しただろう? それに二日前にコイズからカンダに差し入れがあったらしい。それに逃亡への手引きに関するメッセージがあった可能性が高い」
それだけの根拠ではアザムは釈然としなかった。
「いくら王女の秘書だとしても、コイズはまだ城人一年目のペーペーじゃないですか。そんな力があいつにあるとは思えませんけど」
「王女ならそれなりに力があるだろう? 」
アザムは眉間に納得出来ない皺を作った。
「王女が味方なんて都合が良過ぎませんか? 」
カルカはひとつ微笑みを作ると、テーブルに軽く座った。
「前にバライト局長が王女と話す機会があってね」
「王女と? 」
「あの人怖いもの知らずだから」
カルカは真顔で言った。バライトが怖いもの知らずという事が笑い話にもならないレベルだというのをこの数か月で、アザムも理解をしていた。
「そこで王女は兄である王子がスパイを使っている事を知っているとバライト局長は勘付いたらしいよ。その王女がカンダの事を知ったら兄の為にカンダをアベンチュレから遠ざけようとしてもおかしくない」
「王子の悪事が露見しないようにですか? 」
「それか王子の悪事を止めるためか。何にしてもうちはカンダは今の所、アベンチュレ国外に居た方がいいと考えている。アンドラ王子がカンダと接触したらまた面倒だからな」
「ではカンダの事は今の所放置ですか? 」
「いや。そこは一応考えがある。それで、アザムはなんでインデッセの事を? 」
カルカの目線がアザムの持っている資料へ行く。アザムは資料をテーブルに置いた。
「カンダを王女が逃がしたとして、それが王子のスパイ行為が露見しないためというのも考えのひとつだと思います。けど俺は、カンダをインデッセから遠ざけたかったというのもありえると考えています」
「まあ、陸から考えればオードはインデッセから一番遠い」
「カルカさんに報告できるような確実な根拠はまだありませんが……」
「カンダはヨール王から狙われている」
それはアザムが前に話した憶測だった。アザムは少し気まずそうな顔をしたが訂正はしなかった。カルカはアザムの肩を叩く。
「答えが出るまできちんとやれ。正解だったら正さの先がある。間違いでも間違いだったという答えが出る。ただ、焦るなよ」
アザムはしっかりと頷いた。
「あと、アザムに伝えたい事があった」
「なんですか? 」
「たぶん近いうちに蝋燭に局長がふっかけると思う」
アザムは黙ったままカルカを見た。
「なんか複雑そうだな」
「……俺、命令されましたけど二つとも役に立たなかったですね。蝋燭と話が出来ればマッチを使った理由も分かりますよね」
アザムはインデッセの資料を情けなく見下ろした。自分が何もしないうちに蝋燭に火が付く。
「城人一年目のペーペーにしては、アザムはよくやっているよ」
「嫌味にしか聞こえません」
カルカは声を出して笑った。
「悪い、意地悪言った。カンダの存在が想定外だったからな。カンダがひっかきまわしてくれたからこそ、九局が動けるチャンスが出来た」
カルカはインデッセの資料を手に取るとアザムの胸元に持っていく。
「インデッセに繋がるか繋がらないかはまだ答えが出てない。アザムも正しい答えを出す。正しい答えがあればあるだけ正は太くなる。アザムのやる気をそぐつもりはない。期待はしているつもりだ」
アザムはインデッセの資料を受け取る。
「俺昼食べ損ねたんだ。少し出る」
カルカは資料室を出る。ドアから中を見るとアザムが資料を開いて読み始めた。それを見て満足そうに微笑むとエレベーターへと向かう。
「副局長!バライト局長どこにいるか知りませんか?」
途中、九局員の女がカルカを呼び止めた。
「いや。用事か? 」
「はい。判が欲しくて……」
近くを通った他の女局員が二人の話が聞こえ足を止めた。
「あそこじゃない? ほら先週オープンしたカフェ。ずっとチラシと睨めっこしてたし。カルカさんがいない間にサボり行ったんじゃない? 」
「あそこか! 私もまだ行ってないのにぃ」
「昼行くついでに連れ戻して来る」
カルカはそう引き受けてエレベーターに乗った。エレベーターは五階で止まる。扉が開くとそこにセドニが居た。セドニはカルカを一瞥したが、相変わらず気に留めずエレベーターに乗り込んだ。扉は閉まり再び下降する。
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