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逃亡編
赤いりんご
しおりを挟む十月十一日の夕方。扉がノックされた。ジャモンは扉の前で声をかけた。
「どちら様で? 」
「バリミアよ、ジャモン」
ジャモンは鍵を開けた。そこには神妙な顔したバリミアが立っていた。
「やあ、バリミア。仕事はもう終わったのかい? 」
「ええ。明後日オードに出発だから準備もあるだろうって早く帰らして貰っているの」
「そうかい。じゃあ晩御飯食べて行ってくれないかい?シズがあんな事してからずっとひとりなんだよ」
ジャモンは悲しげに微笑んだ。バリミアは黙った。
「シズは元気かい? 」
「アシスの話じゃ、何も話さないみたい。このままだとジャモンにも話を聞く事になるかもって……」
「そうかい」
そうなるかもしれないとジャモンは考えていた。そして今回シズがした事にカーネスが関わっている事も察しがついていた。けれどシズの中で何があったかまでは、ジャモンも分かるはずがなかった。
「とりあえず入って」
「うん」
バリミアは部屋に入った。そして鍵を閉める。
「ご飯何が食べたい? 」
ジャモンはフライパンをコンロの上に乗せた。
「ジャモン」
バリミアはジャモンを呼ぶと唇を噛んだ。いつもと違う張りつめた雰囲気のバリミアにジャモンは不思議に思った。
「どうしたんだい? 」
「ジャモン。これから話すことを聞いて欲しいの」
バリミアはジャモンの傍にいった。その瞳は真剣だった。
「なんだい? 」
「私は正直よく分からない。分からないけど、メト様から話を聞かされたの」
「王女から? 」
バリミアは頷いた。
「メト様はシズにそっくりの男を知っているって。名前はミトス・スイド」
ジャモンは目を見開いた。
「ジャモン、知っているのね」
「名前だけだけどね……。けどどうして王女が」
「それは分からない。けどメト様が言うにはシズはこのまま、ペタにいては危ないらしいの」
バリミアは話を進める度に切羽詰まっていく。ジャモンも話に追いつくのがやっとだった。
「危ないって」
「大きな悪事に利用されるって。その鍵が、シズらしいの」
「大きな悪事って……」
「メト様もそこまでは分からない。けどこのままだったら確実にシズは危ない目に遭う。だから国外に逃がそうと思う」
「まさか、オードへ? 」
「そう。この事はアシス達には内緒で。ジャモンにはシズの荷物まとめて欲しいの」
ジャモンは茫然と立っていた。バリミアは黙ってジャモンの言葉を待った。
「このままシズとはお別れって事か……」
バリミアは俯いた。慰めをできるほどにバリミアは事態を把握していなかった。
「バリミアがここに帰ってきたら、全部俺に話してくれるかい?」
「もちろんよ」
バリミアの目には涙が浮かんでいた。
「荷物はどのくらいまで? 」
「トランク二つ分まで。けど四局と九局が、シズが消えたあとシズの部屋を捜索するかもしれないからあまり多くは持ち出さない方がいいと思う」
「そうだね。トランクも新調した方がよさそうだ」
「それなら準備している。メイドのアイドさんが調達してくれた。私の部屋にあるわ」
「服とかは向こうで調達した方が良さそうだ。トランクにはお金とお金になりそうなものを入れておく」
「それがいいかもしれない」
ジャモンはふとテーブルの上にあった底の深いスープ皿を見た。
「バリミア、頼み事してもいいかな?」
拘束室の窓から月が見えた。こんな落ち着いてシズが空を見たのは、拘束室に入れられて初めてだ。部屋が変わったせいだろうか。昨日までいた拘束室から、シズは移動させられた。同じような間取りの部屋だった。小さな変化が起きても身体に時間が染み込んで来ない。自分が時間と切り離されている気分だった。浮遊しているのか、沈殿しているのか。そんな事はどうでもいい。この部屋に入れられているって事は犯罪者って事だ。それもどうでもいい。帰れないんだから全てどうでもいい。扉をノックが聞こえた。シラーが入ってくる。
「お前今日も夕食食べなかったのか」
手を付けていない食事をシラーが下げる。食事を見るとジャモンを思い出す。ジャモンが今何を思っているかと想像するとごめんと思った。それでもこの絶望に振り回された感情を自分でどう止めたらいいか分からなかった。
「これ、差し入れだ。君の友人から。特別に届けに来た」
小さいテーブルの上に果物カゴが置かれた。赤いリンゴが盛られている。
「誰から……」
「バリミア・コイズからだよ。また死人が出たら困るからね。果物なら喉を通るだろう?明日も尋問だ。黙っているのも体力がいる。食べなさいね」
シラーはそう言い残して出て行った。シズはリンゴに手を伸ばし、一口齧った。美味しい。カゴを見ると、取った中の方に青いリンゴが見えた。齧ったリンゴをテーブルに置くと、シズは赤いリンゴをテーブルに並べた。そして青いリンゴを手に取る。するとリンゴの底に紙が張り付けられていた。それをはがし広げた。
【はしめまして。私はメトと申します】
メト。王女の名前だとシズが静かに驚いた。
【私はミトス・スイドを知っています。あなたは彼をご存知でしょうか?】
シズは一気に手紙を飛んだ。
【私はミトスと別れた日、シズ・カンダという自分にそっくりな女性がもし城と関わっていたらオードかベグテクタに逃がして欲しいと頼まれました。そして今、あなたが八局棟に拘束されている事を知りました。私はあなたをオードへ逃がしたいです。そしてミトスの事を知っている限り、あなたにお話したいです。けれど、あなたの意思を尊重したいとも思います。もし、そこから脱出して明日の夜、私と共にオードへ逃げてくれるのならば、窓辺に赤いリンゴを並べてください。窓の外からあなたのお返事をお待ちしております。この紙は水に溶かして流してください】
シズはもう一通り読むと部屋に取り付けてある洗面台の蛇口を捻った。手紙を濡らせば見る見る溶けて排水溝に流れて行った。蛇口を閉めると、シズは窓に近づく。逃げられるなら逃げたい。ここにはいたくなかった。シズはどこかへ消えてしまいたかった。テーブルにある赤いリンゴを迷わず窓辺に並べた。ここから逃げてもどうにもならない。けれど尋問からは逃げられる。そう思えば楽になった。シズはもうあの時間は嫌だった。
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