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城人編
九十七期生の悲劇(幽霊)
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「何言ってんだよ、教官」
「君達には身寄りがいない」
クレオ教官は唐突に言った。
「そしてスイド君。君は名誉にあまり興味がない。表に出るのを嫌がる。それなのに優秀。ソー君は自分以外が洗脳されたのに一人だけ正常を貫いた。並大抵の精神力じゃないと思う」
「何が言いたいんだよ」
「君達には間諜になって貰います」
「スパイって事ですか? 」
ミトスが冷静に口にした。
「そういう事」
「けど四ヵ国条約でそれは禁止に」
ルバが困惑しながら、抵抗する。
「なっているわよ。ヤー君。けど最近他国が怪しい動きをしていてね。危ないのよ」
「危ないって」
クレオ教官は倒れた九十七期生を見渡した。
「この子達、アルガーと同じ考えの人間がいるってことよ。それがどこの国の誰かさんなのかはまだはっきりしない」
「そのどこの国の誰かさんをはっきりさせろと? 」
「正解よ。スイド君」
クレオ教官は一度部屋の奥に消えると布をさした瓶を数本持ってきた。瓶の中に液体が入っている。その布の先に火を付けると壁に向かって投げた。瓶は割れ、液体に火がついた。クレオ教官はルバに紙を渡した。
「これ以上は麓に下りて聞いて。その地図の印の付いている所に行って。一局の人間が待っているわ。あと誤解のないように言っておくけど、これは私の独断だから」
クレオ教官はまた火をつけた瓶を壁に投げつけた。だんだん火が広がってくる。
「外の山賊を仕留めてからトイサキレウは死んだわ。山賊は死んでなかったけど私が殺した。顔を石で潰したわ。髪の色もちょうどオレンジと黒。手を回すの大変だったわ。背丈も、まあごまかせるでしょう」
クレオ教官はルバらを見据えた。部屋は熱く赤くなっていく。
「あの二つが君達の死体です。君達は今日この日悲運にも死にました。もう君達は幽霊です。行きなさい」
「俺達が素直にスパイになるって思うんですか?このまま逃げるかもしれませんよ」
ミトスの言う通りだった。クレオ教官は微笑んだ。
「そうかもね。けど少なくともスイド君は行くでしょう」
「……なぜ? 」
「間諜にするんだからね。色々調べたわ。君が調べたい事は間諜になれば一番スムーズに行く気がする。安心して、君が調べたい事は誰にも言ってないから」
炎で部屋が満たされていく。スフェン達にも火が近づく。ミトスがルバの腕を掴む。
「行こう。クレオ教官」
クレオ教官は優しい眼差しでこっちを見た。
「あなたがしたことは間違っている」
ミトスが言った。
「そうね」
クレオ教官は最後まで落ち着いていた。あんなに人を殺したのに。
「けど、今日の事は誰にも言いません。ただの悲劇です」
ミトスは約束した。
「そうしてくれると助かるわ」
「俺はスパイになります」
ルバはミトスを見た。ミトスの目は本気だった。
「スパイを作るためにこれだけの人を殺したんだ。無駄死にはしない」
「それだけ? 」
クレオ教官は意地悪を言うような口調でミトスに投げかけた。
「俺の残りの人生のために。さよなら。クレオ教官」
「さようなら。ミトス君。ソー君」
クレオ教官の頬に涙が流れた。ルバたちは走って山を下った。途中振り返ると合宿小屋は赤く高く燃えていた。クレオ教官が燃やした。自分もその炎の煙になるつもりだ。その事をルバもミトスも分かっていた。分かっていたから口にはしなかった。
「ルバは、どうする? 幽霊になるか? 」
ミトスは上る炎を見ながら、ルバに聞いた。ルバは俯いた。ミトスはルバの手からクレオ教官の手から預かった地図を取った。
「いやならここで逃げろ、ルバ。けど俺はちゃんと死んだ事にしといてくれ」
「けど、ミトス」
「俺はスパイになりたい。それが一番、俺を知るための近道になる。俺にはもう時間がない」
十八までしか生きられない。ミトスは自分を捜している。
「お前は自分の何を知りたいんだ? 」
ミトスの答えは少し遅れて返ってきた。
「自分の、運命かな」
「運命? 」
「うん。その理由が知りたいそれを知ればどうにかなる気がする」
「どうにかって」
もっと聞き出そうとしたが、その時のミトスの微笑みを見ると、ルバはそれ以上聞けなかった。聞くなと言われた気がした。
「俺も死んだことにしといてくれ。行きたい所がある」
「アルガーの所か? 」
「ああ」
「殺すのか? 」
ルバは返事に躊躇った。
「まだ、分からない」
「そう」
ミトスは止めなかった。
「気を付けて」
「ミトスも」
二人は背中を向けて別々の方へと走って行った。
月明かりに照らされたルバの白くなった横顔をカザンは黙って見つめた。
「俺はアルガー塾に行ったがもぬけの殻だった。それからアルガーの居場所を捜すため用心棒になった。最初はベグテクタの国境付近で仕事をしていた。そしたら噂で聞いたんだ。インデッセにまだ神がいる可能性があるとほざいた知識人の城人がいたって。相手にされなかったらしいが。結局、国内にはいれなくなって、アベンチュレに来たんだろう」
「それが、アルガー? 」
「たぶんな。九十七期生の悲劇でアベンチュレにも、もう入れないとなるときっと本星のインデッセにいるんだと推測してる。だからインデッセに行く」
「それだけで見つけられるの? 」
「髪はもちろん、顔も少しは変えているだろう。けど耳の形は変えられない。毎日見てあいつの耳の形を覚えた。あと、」
「あと? 」
「右の二の腕に十字の傷がある」
カザンは動揺しそうになるのを押さえた。右の二の腕に十字の傷。カルセドニーを唆したユオ・オーピメンと同じだった。
「サルファー」
「なに? 」
カザンは少し声が動揺した気がした。
「恨むか? 」
「え? 」
「スフェンを結局見殺しにした。俺を恨むか」
カザンは目を伏せた。
「分からない」
それがカザンの正直な気持ちだった。もちろん生きていて欲しかった。けど、人を殺すのに躊躇いがなくなった兄を受け入れる自信はない。
「俺は、スフェンは死ぬべきじゃなかったと思っている」
ルバは立ちあがり、ベランダに向かって歩く。
「俺はもっとどうにかできたと思う」
「ルバ」
「ああ、あとクレオ教官がした事は秘密にしろよ。絶対だ」
カザンが鈍く頷いた。そして聞いた。
「アルガーを見つけたら、どうするんだ? 」
ルバはベランダの窓を開ける。カーテンが舞い上がりルバの姿を一瞬消した。そして再び見せた。ルバはカザンを見た。そのルバの顔はカザンが見たことのない顔だった。狂気。憎しみ。怒り。
「殺すよ」
澄んだ声だった。カザンは口を開く。止めなければ。カーテンが再びルバを隠す。
「ルバ待って! 」
カーテンはルバを消した。カザンは慌ててベランダに出て下を見下ろしたが人の影もなかった。上を見上げたが月が雲に隠れただけだった。
ルバの復讐は間違っているか? 間違っているとは断言出来ない。これがやむをえない正当か。カザンは膝を付いた。
「人を保つ、か」
ウェルネルに言った言葉がこんな風に自分に返ってくるとはカザンは思いもしなかった。
「君達には身寄りがいない」
クレオ教官は唐突に言った。
「そしてスイド君。君は名誉にあまり興味がない。表に出るのを嫌がる。それなのに優秀。ソー君は自分以外が洗脳されたのに一人だけ正常を貫いた。並大抵の精神力じゃないと思う」
「何が言いたいんだよ」
「君達には間諜になって貰います」
「スパイって事ですか? 」
ミトスが冷静に口にした。
「そういう事」
「けど四ヵ国条約でそれは禁止に」
ルバが困惑しながら、抵抗する。
「なっているわよ。ヤー君。けど最近他国が怪しい動きをしていてね。危ないのよ」
「危ないって」
クレオ教官は倒れた九十七期生を見渡した。
「この子達、アルガーと同じ考えの人間がいるってことよ。それがどこの国の誰かさんなのかはまだはっきりしない」
「そのどこの国の誰かさんをはっきりさせろと? 」
「正解よ。スイド君」
クレオ教官は一度部屋の奥に消えると布をさした瓶を数本持ってきた。瓶の中に液体が入っている。その布の先に火を付けると壁に向かって投げた。瓶は割れ、液体に火がついた。クレオ教官はルバに紙を渡した。
「これ以上は麓に下りて聞いて。その地図の印の付いている所に行って。一局の人間が待っているわ。あと誤解のないように言っておくけど、これは私の独断だから」
クレオ教官はまた火をつけた瓶を壁に投げつけた。だんだん火が広がってくる。
「外の山賊を仕留めてからトイサキレウは死んだわ。山賊は死んでなかったけど私が殺した。顔を石で潰したわ。髪の色もちょうどオレンジと黒。手を回すの大変だったわ。背丈も、まあごまかせるでしょう」
クレオ教官はルバらを見据えた。部屋は熱く赤くなっていく。
「あの二つが君達の死体です。君達は今日この日悲運にも死にました。もう君達は幽霊です。行きなさい」
「俺達が素直にスパイになるって思うんですか?このまま逃げるかもしれませんよ」
ミトスの言う通りだった。クレオ教官は微笑んだ。
「そうかもね。けど少なくともスイド君は行くでしょう」
「……なぜ? 」
「間諜にするんだからね。色々調べたわ。君が調べたい事は間諜になれば一番スムーズに行く気がする。安心して、君が調べたい事は誰にも言ってないから」
炎で部屋が満たされていく。スフェン達にも火が近づく。ミトスがルバの腕を掴む。
「行こう。クレオ教官」
クレオ教官は優しい眼差しでこっちを見た。
「あなたがしたことは間違っている」
ミトスが言った。
「そうね」
クレオ教官は最後まで落ち着いていた。あんなに人を殺したのに。
「けど、今日の事は誰にも言いません。ただの悲劇です」
ミトスは約束した。
「そうしてくれると助かるわ」
「俺はスパイになります」
ルバはミトスを見た。ミトスの目は本気だった。
「スパイを作るためにこれだけの人を殺したんだ。無駄死にはしない」
「それだけ? 」
クレオ教官は意地悪を言うような口調でミトスに投げかけた。
「俺の残りの人生のために。さよなら。クレオ教官」
「さようなら。ミトス君。ソー君」
クレオ教官の頬に涙が流れた。ルバたちは走って山を下った。途中振り返ると合宿小屋は赤く高く燃えていた。クレオ教官が燃やした。自分もその炎の煙になるつもりだ。その事をルバもミトスも分かっていた。分かっていたから口にはしなかった。
「ルバは、どうする? 幽霊になるか? 」
ミトスは上る炎を見ながら、ルバに聞いた。ルバは俯いた。ミトスはルバの手からクレオ教官の手から預かった地図を取った。
「いやならここで逃げろ、ルバ。けど俺はちゃんと死んだ事にしといてくれ」
「けど、ミトス」
「俺はスパイになりたい。それが一番、俺を知るための近道になる。俺にはもう時間がない」
十八までしか生きられない。ミトスは自分を捜している。
「お前は自分の何を知りたいんだ? 」
ミトスの答えは少し遅れて返ってきた。
「自分の、運命かな」
「運命? 」
「うん。その理由が知りたいそれを知ればどうにかなる気がする」
「どうにかって」
もっと聞き出そうとしたが、その時のミトスの微笑みを見ると、ルバはそれ以上聞けなかった。聞くなと言われた気がした。
「俺も死んだことにしといてくれ。行きたい所がある」
「アルガーの所か? 」
「ああ」
「殺すのか? 」
ルバは返事に躊躇った。
「まだ、分からない」
「そう」
ミトスは止めなかった。
「気を付けて」
「ミトスも」
二人は背中を向けて別々の方へと走って行った。
月明かりに照らされたルバの白くなった横顔をカザンは黙って見つめた。
「俺はアルガー塾に行ったがもぬけの殻だった。それからアルガーの居場所を捜すため用心棒になった。最初はベグテクタの国境付近で仕事をしていた。そしたら噂で聞いたんだ。インデッセにまだ神がいる可能性があるとほざいた知識人の城人がいたって。相手にされなかったらしいが。結局、国内にはいれなくなって、アベンチュレに来たんだろう」
「それが、アルガー? 」
「たぶんな。九十七期生の悲劇でアベンチュレにも、もう入れないとなるときっと本星のインデッセにいるんだと推測してる。だからインデッセに行く」
「それだけで見つけられるの? 」
「髪はもちろん、顔も少しは変えているだろう。けど耳の形は変えられない。毎日見てあいつの耳の形を覚えた。あと、」
「あと? 」
「右の二の腕に十字の傷がある」
カザンは動揺しそうになるのを押さえた。右の二の腕に十字の傷。カルセドニーを唆したユオ・オーピメンと同じだった。
「サルファー」
「なに? 」
カザンは少し声が動揺した気がした。
「恨むか? 」
「え? 」
「スフェンを結局見殺しにした。俺を恨むか」
カザンは目を伏せた。
「分からない」
それがカザンの正直な気持ちだった。もちろん生きていて欲しかった。けど、人を殺すのに躊躇いがなくなった兄を受け入れる自信はない。
「俺は、スフェンは死ぬべきじゃなかったと思っている」
ルバは立ちあがり、ベランダに向かって歩く。
「俺はもっとどうにかできたと思う」
「ルバ」
「ああ、あとクレオ教官がした事は秘密にしろよ。絶対だ」
カザンが鈍く頷いた。そして聞いた。
「アルガーを見つけたら、どうするんだ? 」
ルバはベランダの窓を開ける。カーテンが舞い上がりルバの姿を一瞬消した。そして再び見せた。ルバはカザンを見た。そのルバの顔はカザンが見たことのない顔だった。狂気。憎しみ。怒り。
「殺すよ」
澄んだ声だった。カザンは口を開く。止めなければ。カーテンが再びルバを隠す。
「ルバ待って! 」
カーテンはルバを消した。カザンは慌ててベランダに出て下を見下ろしたが人の影もなかった。上を見上げたが月が雲に隠れただけだった。
ルバの復讐は間違っているか? 間違っているとは断言出来ない。これがやむをえない正当か。カザンは膝を付いた。
「人を保つ、か」
ウェルネルに言った言葉がこんな風に自分に返ってくるとはカザンは思いもしなかった。
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