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城人編

カザンの休暇(待ち焦がれた再会)

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 カザンはチャロの宿の一室にいた。ベランダの鍵を開けて外に出る。山に太陽が沈みかけていて涼風がカザンの頬を撫ぜる。宿の部屋は結局セイジがとってくれた。三階の角部屋だ。ベランダから下の道を眺める。幼い兄弟が歩いていて兄が泣く弟の手を引いて歩いていた。カザンは部屋に戻る。ベランダの鍵は開けたままだ。ベランダの鍵は開けておくようにと別れ際アポギに言われた。
来るか、来ないか。
花占いをするようにそれがカザンの頭を巡る。オレンジ色に変わる部屋でカザンは長い間佇んでいた。

 カザンはベッドに座りベランダを眺め待ちわびていた。時計を見る。もう十一時半だった。深夜になってからくるのだろうか。カザンは重くなった瞼に逆らわずベッドに倒れた。慣れない旅行に身体は疲れていた。カザンはそのまま睡魔に身を任せ眠った。
 風は吹いた。そう思い目が覚めた。定まらない視界に何度か瞬きをする。カーテンが揺れている。風に揺れている。ベランダの窓が開いていた。
「サルファー」
 優しい声で名前を呼ばれた。目線を上にやる。人がいた。名前を呼んだ男はゆっくりとフードをとった。カザンは目を見開き、口を開けた。そして飛び起きる。優しく微笑んだ男はしゃがむとベッドに座るカザンを見上げた。
「でかくなったな。今年で十六歳になるんだったよな? 」
「ルバ……」
 暗がりで髪の色はよく分からない。それでもカザンはその声と微笑みで再会を望んだ人物だと分かった。
「ルバ」
 カザンはまた名前を呼んだ。呼ばれた男は笑い、カザンの頭を撫ぜた。
「久しぶり。悪いな、お前の名前勝手に使って。アポギから手紙貰ってめちゃくちゃ驚いた。まさかお前が俺を見つけだすとはな」
 カザンはもう一度ルバの名前を呼ぼうとした。けれど代わりに涙が零れた。だんだんと嗚咽に息がつまる。カザンはルバに抱き付いた。
「うおっ」
「ルバ」
 カザンは嗚咽を吐き出しながらルバをきつく抱きしめた。
「生きてたんだ……」
「……ああ」
「よかった」
「え? 」
「生きててよかった。会えてよかった」
 ルバはカザンを抱き返し、頭を撫ぜた。
「そう言ってくれて嬉しいよ、サルファー」
 カザンが泣き止むまでルバは宥め続けた。しばらくするとカザンも落ち着いてきて涙を拭いた。
「お前泣き虫なの変わらないな」
「違う! 今日は、仕方ない」
 カザンがふてる。ルバはおかしそうに微笑みながらルバの隣に腰を掛けた。
「悪い。意地悪言ったな」
「別に、いいけど」
 二人は黙る。カーテンが揺れる音が部屋に響いた。
「……サルファーは城人になったのか?」
 ルバが尋ねるとカザンは気まずそうに頷いた。
「ヨンキョクになった」
「四局に?ってことはアカクラスに行ったのか。お前は兄貴と同じアオクラスに行くと思っていたよ」
「ヨンキョクになって九十七期生の悲劇を調べたかったんだ」
 ルバは驚きカザンを見る。カザンもルバ方へと向き直る。
「九十七期生の悲劇っていったい何があったんだ? なんで全員死んだことになってるんだ? なんでルバは名前を変えてまでして隠れているんだ?なんで、兄貴は死んだんだ? 」
 カザンの矢継ぎ早の問いにルバは目をそらした。
「ルバ。僕は知りたい。なんで兄貴が死んだのか。なんでルバが死んだことになってるのか」
「俺が死んだことになっているのは、俺の希望だ」
 カザンはそんな答えでは納得しない。
「なぜ? 」
 問い詰められルバはまた口をつぐんだ。カザンは鞄から四つ折りの紙を出しルバに突き付けた。
「見て」
 ルバは紙を受け取ると言われるがまま広げた。そして目を見開いた。
「これ、ミトス」
「ミトス? 」
「お前こいつ知っているのか? 」
 カザンの渡した紙は絵描きのじいさんが描いたシズの似顔絵だった。
「それは僕の同期の似顔絵だ。シズ・カンダ。女だよ」
「女……」
 ルバはシズの似顔絵をまじまじと見つめる。
「カンダさんは自分とそっくりな人間が九十七期生にいる、もしかしたら双子の片割れかもしれないって」
「そのカンダって奴何歳だ?」
「十九」
「ミトスと同じだな」
 ルバは頭を掻いた。
「しかもカンダさんはそのそっくりを実際見たことがあるって。城人の制服着ていたって。学生の時死んでいる人間が城人の制服着ているっておかしいだろう。だから、」
「生かされたんだよ」
 ルバが言った。似顔絵をベッドの上に置く。
「俺とミトスは生かされた。クレオ教官に」
「クレオ教官? 」
「マカラ・クレオ。アオクラスの教官だった。一局の副局長だった」
「そのクレオ教官が九十七期生の事件を起こしたのか?」
 ルバは首を傾げた。
「そうとは言い切れない」
 唸り、説明する言葉をルバは捜した。
「偶然重なったんだ。計画が」
「計画? 」
「クレオ教官の計画とアルガーの計画があの山籠もり合宿で」
「アルガー……」
「あの山籠もり合宿で俺は、アルガーの計画で殺されるはずだった。それがクレオ教官の計画で助けられたんだ。皮肉だけどね」
 ルバは長い息を吐いた。部屋の時計は十二時になった。ルバは立ちあがりベランダの窓を閉めた。カーテンは揺れるのをやめた。
「自分の兄貴が死んでるんだもんな。そりゃあ知りたいよな」
 カザンは月に照らされたルバを黙って見つめた。
「全部話す。けど城には俺の存在を報告するな。城の方でも俺が生きていることはミトスしか知らない」
「そのミトスって人は、」
「そいつのことも話すよ。カンダって奴にだけはミトスのこと教えてやってもいい。けど口外しそうなら、やめとけ。あいつは幽霊で影だからな」
「幽霊で、影? 」
「それが俺の知っている最後のミトスだ。最後の最後だよ。最初は俺らがアルガー塾に入ってからだ。それが全ての間違いだった。あいつがいなければ誰も、死ななかったんだ」
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