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城人編
月夜の魔の手
しおりを挟むデザートのアイスクリームも食べ終え、シズはバルコニーのベンチに座っていた。暑い。身体が火照る。それになんか気持ち悪い。昼間も結構食べたし、食べ過ぎかとシズはお腹を撫ぜる。少し吐きそうだ。
「どうした? 」
顔を上げると、アザムがいた。
「なんか暑い」
「ほらみな。ベスト着た方が良かったんじゃないの? 」
シズはぐうの音もでなかった。ジャケット脱ぎたい。けどベストを着ていないのにジャケットを脱ぐのはマナー違反だ。まあ、着てきていない時点でもうマナー違反だけど。シズの思考はぐだぐだになる。
「あと、なんか気持ち悪い」
「え? 」
アザムが焦る。
「どうかしたのか? 」
ラリマもやってきた。
「なんか気持ち悪いらしいよ」
「ああ。カンダ、それ食べ過ぎだよ。君昼の時も僕らの倍食べていただろう。さっきも皿いっぱいに盛って。食い意地はり過ぎだ」
シズはもう本当にぐうの音がでない。
「あ、シラーさん」
ラリマが近くに来たシラーを呼んだ。
「どうした? 」
「カンダが食べ過ぎで気持ち悪いみたいで」
ラリマの口調が半笑いだった。
「え、大丈夫かい? カンダ」
シラーはそう言って背中を撫ぜてくれた。優しいのはあなただけだとシズはガチで泣きそうになった。
「まだもう少し晩餐会終わらないけど我慢できるか? 」
「ちょっと厳しい。吐きそうです……。すいません」
シズは視界が少し霞んでいる気がする。
「仕方ない先に宿に帰りなさい。一緒に帰ってあげたいけど、これは私達のための晩餐会だからね……」
賓客が二人も抜けるのは抜けにくいということをシラーはにおわせた。
「大丈夫です。宿すぐそこなんで。一人で戻れます」
「カンダなら大丈夫ですよ」
ラリマが言った。
「くれぐれも気を付けてね。セドニ副局長には私が伝えておくから」
「マジですいません」
口を押えながらバルコニーから、シズは大広間を抜けるとそのまま晩餐会を後にした。
あつい。あつい。やばい。
城を出ると、シズはすぐジャケットを脱いだ。ジャケットを右手に持って、左手を塀につく。さっきよりシズの視界がぼやけてきた。足元がおぼつかない。食べ過ぎでここまでなるか? もしかして酔った? さっき飲んだ奴もしかしてお酒だったのか。けどあんなジュースみたいなのでこんなになるか。そうだとしたら私どんだけ弱いんだよ。シズはぐるぐる考える。立ち止まり塀に背中を預け、シャツのボタンを二つ外した。そしてズボンからシャツの裾を出す。すぐ近くの宿なのにこんなに遠い。
「ああ、しんどい」
早くベッドで寝よう。シズがそう願い、塀から背中を離した瞬間、背後に人の気配がした。振り向くより先に首に腕を回された。手からジャケットが落ちる。そのまま引きずられ路地裏へと連れ込まれた。咄嗟に顎を引いた。頭の中ではセッシサン教官の授業が瞬時に蘇った。
(背後から首に手を回された時。まず初めに俯いて気道を確保しろ)
引きずられながら、シズは左手で相手の腕を掴む。
(そして、利き手じゃない方の手で首に回された腕を振りほどこうとしろ)
右手を握りしめる。
(けどそれはフェイクだ。空いている腕で、)
シズは相手の脇腹に肘打ちをする。相手が怯んだ隙にしゃがみ、シズは拘束から逃げる。本当は掴んだ腕を捻り相手を押さえつけたかったが身体が思い通りに動かない。
「くそっ」
シズは悔しさを吐き捨て、壁を頼りに立ち上がると相手と対峙する。月明かりは十分だった。けれど相手の顔が見えない。どんなに明るくても分からない。相手は薄気味悪い白い仮面をつけていた。また、視界が歪む。シズは口元を押さえる。ああ、気持ち悪い。冷たい汗が流れるのが分かった。それでも相手から目をそらさないようにと唇を噛み締める。
背丈とガタイの良さから男だと判断した。仮面の男は言葉を発しない。すると懐から出したのか右手にナイフが握られていた。いつ出したのか見えなかった。銀色の歯が月光を浴びる。仮面の男が一歩こっちへ踏み出したかと思えば一気に距離をつめて仮面の男は左手で私の首を掴んだ。速い。こいつはやばい、敵わない。頭の中でシズは危機を巡らせるが、自慢の身体が動かない。そして裾の下からナイフが入ってきたかと思うとブチブチッとちぎれる音が聞こえた。シャツのボタンが全て外された。
「傷物になりたくないだろう?」
仮面のせいかくぐもった声だった。仮面の男はナイフをシズの頬にあてる。シズは意識がとびそうだ。息もあがっている。口端をやっとのことで釣り上げて押し出すように笑声を出した。
「さすが、きめぇ奴は、女の趣味悪いな」
シズはナイフの刃を左手で掴み。痛さで意識をギリギリ繋ぎとめる。ナイフを掴んだせいで相手が少し狼狽した。右手でシズは、仮面の男の顎を殴ってやろうとしたが、男が後ろへさがり空振りした。そこから無理矢理、シズは仮面の男の右腕を掴んだ。考えはない。掴めばどうにかなると思った。けれどそれも上手くいかず、シズが掴めたのは袖の布だけだった。そのままシズが地面に倒れると仮面の男の袖が肩から破れた。肌が見えた仮面の男の腕を見上げる。
月明かりで薄らとしか見えなかった。けれどシズは見えた。仮面の男の二の腕に十字の傷があった。十字の傷。どこかで聞いた。シズは思い出そうとはしてみるが頭が回らない。血だらけの左手を握りしめる。立ち上がろうとするが身体はもう動かない。限界だ。仮面の男が私に手を伸ばす。
「カンダ!! 」
仮面の男の動きが止まった。
「誰だ、貴様! 」
セドニが怒鳴る。仮面の男は路地裏の奥へと逃げ去る。シズはくやしかったが、助かった。
「おい! 待て! 」
待てと叫んだがセドニは仮面の男を追いかけなかった。シズに駆け寄ると上体を起こさせた。シズの視界にセドニの焦った顔が、ぼんやりあった。
「おい、カンダ! しっかりしろ! カンダ! 」
耳元でうるせぇ。聞こえてる。助かりましたよ。すいません。どれかひとつでも、シズは口にしようとした。けれど口から出るのは熱を帯びた吐息だけだ。セドニはシズの左手首を握った。
「お前、血が」
それは自分でやったんです。それもシズは言葉に出来なかった。ああ、もう無理。寝る。シズはそう思った瞬間、意識がブラックアウトした。
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