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城人編

カザンの休暇(運が良い人づて)

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「あんたか。城人さんの服着てないから一瞬分からんかったわい」
 私服姿のカザンを絵描きのじいさんは筆片手に、じろじろ見た。
「今日はどうしたんだい? 」
「プライベートです。あれからカルセドニー工場はどうですか? 」
「ちゃんとやっとる。あそこがなくなったらここら一帯の奴らは食えなくなるのがぎょうさんおるんじゃ。どうにかこうにかやっとるみたいじゃ。元々技術で売っとるからな。けどそれでも名前に傷は付いたから大変だと思うぞ」
「そうですか」
 カルセドニー工場の方をカザンは見た。ウェルネルの顔が浮かび必死に働いているのだろうと思った。
「あと聞きたいことがあるんです」
「なんじゃ」
「この間の時用心棒がここによく来るって言いましたよね? 今来てたりしてるか知っていますか?」
 絵描きは掌を向けた。
「知りたいならもう分かっとるじゃろう」
 カザンはため息をついて金をその掌に置くとひっくり返した木箱の上に座った。絵描きは筆を走らせる。しばらくして絵描きは口を開いた。
「一人来てる。馴染みの用心棒がな。昨日も世間話をしたよ。今日の昼過ぎには発つようじゃ」
 カザンは腕時計を見る。十一時を過ぎていた。
「あいつは『アヒル』って食堂の炒めフーメンを必ず食べる。そこに行けば会えると思うぞ」
 カザンは立ち上がる。
「ありがとうございます」
「まだ絵ができてない」
「あとは想像で描いてください」
「あとその用心棒髪の色はオレンジではないぞ」
 カザンは絵描きを振り返った。
「最近ヨンキョクさんが捜しとるんじゃろ?」
 ロドの証言の裏付けのためだ。それを現地の四局に任せるとハクエン局長が言っていたのをカザンは覚えていた。もちろん現地の四局には銃のことは伝えていない。
「用心棒の名前はアポギだ。髪の色はお前さんと似とる。あとで絵をとりにきなさい。それまでには完成させておくから」
 カザンは頭を下げて用心棒がいるというレストランに急いで向かった。


「いらっしゃい!空いている席にどうぞ!」
 食堂『アヒル』に入ると威勢のいい声で出迎えられた。カザンは自分と同じキャメル色の髪の男を捜す。すると、店の一番奥にいた。傍らに槍のように長い棒かテーブルに立てかけられてあった。その男のテーブルへとカザンは足を向ける。
「同席よろしいですか? 」
 男はフーメンから顔を上げた。
「……構わないが」
 男は周りにあるいくつかの空席を見て不思議そうにした。カザンは男の向かいに座ると、男が食べているのと同じフーメンを店員に頼んだ。
「アポギさんですよね?」
 男は食べる手を止めて、カザンの顔をじっと見た。
「絵描きのおじいさんに名前を聞いてきました」
「ああ、あのじじいか。そうだ、俺がアポギだ。仕事の依頼なら悪いが無理だ。先約がある」
「依頼ではなく、聞きたいことがありまして」
「聞きたいこと? 」
「サルファーという用心棒兼何でも屋という男について」
 アポギは眉間に皺を寄せてカザンを怪しんだ。
「お前、四局か? 」
「違います」
 カザンは嘘をついた。絵描きにもあとで口止めしとおかなければならないと思った。
「じゃあなんで? 」
「僕がずっと捜している知り合いだと思うんです。たぶん」
「たぶんって」
 アポギは苦笑した。そして少し考えるとカザンに質問した。
「……サルファーの親知っているか?」
「知りません。ル、サルファーは孤児院育ちなので」
「嫌いな食べ物は? 」
「生魚」
「好きな公園の遊具」
「ブランコ。絶対に立ち漕ぎ」
「昔の親友の名前は? 」
 カザンは一呼吸置いた。
「スフェンです」
 アポギの矢継ぎ早の質問にカザンはすべて答えた。
「お前はスフェンか? 」
「いいえ。スフェンは兄です」
「ああ、あの弟か」
「サルファーは僕のこと何か? 」
「自分の弟のように可愛がっていた名前のカッコイイ奴がいたって話してた。それだけだ。ここ四年ぐらいあいつと付き合いがあるけれど、故郷の話はそれだけしか聞いてない」
 カザンは自然に笑みが浮かんだ。ウェスが生きている。そう確信した。
「お前を信じよう。ちょっと顔寄せろ」
 カザンはテーブルに肘を置いてアポギの方に身を乗り出した。
「カルセドニーの事件にサルファーの馬鹿関わっちまったんだよ。それで四局が捜してる。だからサルファーはマッカには来ない。頼まれたことをしただけで説明すれば四局も理解してくれるだろうって俺言ったんだけどな。あいつも訳ありで四局に会いたくないらしい」
 死んでいる人間だからか。なぜウェスは生きていることを隠しているのかという疑問がカザンの頭の中にめぐった。
「サルファーのお得意さんで雑技団がいてよ。そこの団長さんが事情を察して雇うついでにかくまってくれてるらしい」
 アポギは身体をテーブルから離す。
「どうやらインデッセの方に行くらしい。半年ぐらいアベンチュレには帰ってこないとよ」
「インデッセに? 」
 カザンは長期休暇の間に捜し出せるか不安になった。
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