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城人編

やっかいな上司

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「ようするに頭でっかちと体力馬鹿ってことだね」
 シズもカザンもカチンときた。
「ちょっとふざけた奴だが頼りになるから」
 ハクエン局長が苦笑いしながらフォローする。上司に気を遣われるってなんだこいつとシズは初対面から軽蔑した。シズがカザンの横顔を見れば、分かりやすく嫌な顔をしていた。
「そいつのことがムカついたらムカつくって言ってやれ。誰も咎めねぇからよー」
 釣り目で黒髪を後ろで小さなお団子にしている男がそう言いながらムカつく先輩の足を蹴った。
「いだっ!ちょっとオドーいきなり何すんだよ! 」
「お前の態度が悪いからおしおきしに来たんだよ。こいつ、八局の女局長に有罪にしたいランキング一位って言われてるからムカつくのは当たり前だ」
「なにそれひどい! 俺知らないよ! 毎日真面目に働いてるだけなのに! 」
「罪状は存在だとよ」
「本当にひどい! 」
 シズふたりのやりとりを見ているとリョークが隣に来た。
「あの人が俺とアシスの教育係。カルコ・オドーさん」
「へぇ」
 まともな人でシズは羨ましかった。
「あっと、自己紹介が遅れたね。俺はミソーナ・カラミン。ちなみに城人で一番カッコイイです。だから女の子達に騒がれちゃうことは多々あるけど気にしないでね。これからよろしく、カザンにカンダ」
 嫌だと言う訳にもいかず、シズはよろしくお願いしますと礼儀正しく頭を下げた。



 国民局八階。九局フロアにある資料室にバライト局長に呼ばれてアザムはいた。
「スファレ・アザム。入局おめでとう! 」
 アザムはめでたいと思えなかったため口先だけで簡単な礼を言った。
「相変わらずクールだね。九十六期以来の新人だからうちの局結構盛り上がってるんだぞ」
「そうですか」
「そっけないねー」
 バライトはからかうように笑った。アザムはその態度が馬鹿にされているようで少しむっとした。
「そんな顔するな。頼りにしてるんだからな! 」
「それでここに呼んだご用件は? 人目を避けてわざわざこんな所に呼んだんでしょう? 」
「おっ、仕事熱心でいいね」
 アザムは苛立ちを隠す事なく眉間に皺を寄せた。
「悪い悪い。からかい過ぎた。お前に初日早々任せたいことがある」
「……なんでしょうか? 」
「九十七期生の悲劇を知っているな? 」
「それはもちろん」
 当時新聞で毎日のように取り沙汰された。アザムもその記事を読んでいた。
「あの事件には何かある。その何かを調べて欲しい」
「ざっくり過ぎるでしょう」
 アザムは顔を顰める。
「ざっくりとしか言いようがない。証拠が集まっていないんだ」
「はあ」
「俺らはあの九十七期生の悲劇に何かが隠されていると疑っている。ほぼ確信だ」
「それはなぜ? 」
 バライトは壁に背を預けると腕を組んだ。
「カサヌ青少年学校の入学者名簿は手続きを取れば、見ることができる。けれど九十七期生のはできない」
「できない? 」
「ああ。九十七期生の保護者の申し出らしい。大事件だったから記者達が知りたがってな。悲しいことに城人に賄賂を渡してまで知ろうとした輩がいたらしい。まあ未然に防げたが。保護者達はもうそっとしておいて欲しいと言ったそうだ」
「真っ当な理由ですね」
「そうだな。けどどんなに手を施そうと俺達にも見られない。それなら自力で調べて名簿を作り直そうとすればどうやっても邪魔が入る。おかしいだろう? 」
「信用されてないんでしょう」
「正直過ぎるね! 」
 バライトは豪快に笑う。資料室の外で仕事している九局員達がバライトのあのうるさい笑い声どうにかならないかなんて雑談のネタにされていることを本人は知らない。
「当時出た死体でな、二人だけ顔が潰れたものがあった。そんなむごいことされているのはその二人だけだった。何か意図的なものを感じた」
「はあ」
「その片方の死体はルバ・ソーという人物の者だということが分かった。これが分かっただけでも運が良かったね。身元確認をした人間とたまたま会えたんだ。けどもう片方の奴のは名前も分からない」
「引き取り手はなかったんですか? 」
「あったかもな。こっちが身元を割る前にどっか行っちまった。そして、九十七期生の悲劇の後不穏な動きを感じるようになった」
「不穏な動き? 」
「アザム、四ヵ国条約言ってみろ」
 唐突なことにアザムは面を喰らった。
「なぜ? 」
「いいから」
 アザムは言われるがまま四ヵ国条約を唱えた。
「神を創らない。戦機・武器・兵力を持たない。信頼を持ち合う」
「ご名答! この条約を我々城人は『三ない』条約と呼ばれているのを知っているかい? 」
「いいえ」
 バライトは一本指を立てる。
「神を創ら、ない」
 バライトは二本指を立てる。
「戦機・武器・兵力を持た、ない」
 そして三本指を立てる。
「お互いのことをさぐら、ないだ。信頼しろって言葉でオブラートに包んである」
「さぐらないってことはようするに、」
「スパイなんか絶対寄越すんじゃねぇぞ。それやったら終わりだからなってことだ」
 バライトは腕を下す。
「けど、どうやらうちはその三つめを破っているようだ」
 さすがのアザムも目を見開いた。
「それはスパイを、」
「どっかに派遣している。そしてここで九十七期生の悲劇に出た顔が潰れた遺体のことを思い出しましょう」
 ここまで言われれば答えは簡単だった。
「まさか、その身元不明の死体はダミーで、本物は生きている」
「またまたご名答。そしてスパイをやっている。だから名簿は今も隠されている。スパイの素性がばれちまうからな。九十七期生の生徒、教官共は死人に口なし。保護者への同情を利用してその後も自然に調べさせないようにしている。スパイを見繕うにはいいところだな。頭いいぜ」
「けど、なぜ学校の渡り廊下に飾ってある写真はそのままに? 」
「あそこだけ写真を外すと浮くだろ?外しても事件のせいだって納得する奴らがほとんどだろうが、やっぱり違和感にはなる。あえて一部をはっきり見せることによってあの事件に隠し事なんてないよっていう『証明』があると錯覚させられる。あ、お前これ聞いたからって見に行くなよ。もう学生じゃないんだから教官でもないのにそんな所行けば、調べてるのが相手に勘付かれる」
「その相手分かってるんですか? 」
バライトはためらわずその名前を口にした。
「アンドラ王子」
 アザムは一瞬言葉を失った。
「王子が?」
「ああ。けど実際動いてるのは城人だ。まあ、王子の秘書のパイロー副局長も普通に考えて協力しているだろうな。それ以外にこの国民局に王子の息がかかった奴がいる。それでお前に命令だ」
 バライトはアザムを指さす。
「王子がスパイを使っている理由を捜せ。できたらスパイの素性も。心配するな。カルカも手伝わせる」
「……なぜそんなでかい山を新人の俺に? 」
「お前は九十七期生以降に城人になった人間だからな。この事件に関わっていない可能性が高い」
 バライトは壁から背を離すとアザムと向き合った。
「それに君は人間の恐ろしさを知っている。その分人間に対して、慎重になれるだろう」
 アザムは何のことを言われているがすぐに理解したがそれをあえて口にすることはしなかった。
「神も兵器も人間がつくったんだ。人間の敵は人間なんだよ。平和な時代でもな」
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